第22話 遷都

 ジナイーダを追い返すことに成功した反ネグローニ連合軍は、その勝利に沸き、飲み明かした。

味方の卑劣な工作を受けてから落ち着かない日々をすごしていたドワーフの将軍アレスも、その日ばかりは枕を高くして寝ることができた。

しかし、深夜になり、彼の天幕の戸を叩くものがいる。

年嵩の副官、ガイウスだった。


「アレス様、面会を求めて来たものがいます。宰相ネグローニの使者です」


アレスが使者を通させる。

ネグローニの使者は二人のマスコット族で、ハリネズミのようなやつがバクシー、ヒヨコのようなやつがルコックと名乗った。

アレスは問う。


「ふん、宰相ネグローニの使者だと?何の用だ」


バクシーがまず口を開く。


「ネグローニ様は、宰相よりさらに位を進んで、尊厳公セヴァスクラトルになられたんだ。尊厳公はアルカディウス帝三傑のひとりメルキセデクが就いて以来ずっと空位だったんだよ」


ルコックが続く。


「すごいよね!だからだから、ネグローニ様のことは、ネグローニ尊厳公って呼んでね」


アレスは椅子から立ち上がって、一喝した。


「どうでもいい!さっさと本題に入れ」


バクシーはにやにや笑う。


「ぼくたち、アレス将軍がいじめられてるの、知ってるよー」


ルコックがそれに続く。


「アレス将軍がドワーフだからって、ひどいやつらだよね!でも、ネグローニ尊厳公はそんなことしないよ」


二人は声を合わせる。


「だからだから、ネグローニ様の味方になってよ。今ならネグローニ様のお嬢様と結婚できるオマケつきだよ!」


アレスは目を怒らせる。


「見損なうなよ。このアレスは民草のため、逆臣ネグローニを討つべく立ち上がったのだ。火神カタンガに誓ってそのような姑息な寝返りはせん。疾く失せろ。いや、この場で斬り捨ててくれるわ」


アレスは寝台に立てかけていた戦斧を手に取ると、一閃した。

しかし、バクシーは伏せ、ルコックは飛び上がってその一撃を避けた。

アレスはぎょっとした。

今のは本気の一撃だったのだが……。

2体のマスコット族の目が赤く光る。


「ははははずした。のののののろま」


「ばいばいばいばいばーいばい」


調子外れの声で笑いながら、二体のマスコット族は闇夜に消えた。


 帰来したバクシーとルコックの報告を聞いて、宰相ネグローニはおもむろに呟いた。


「ふん、いっそ都を棄てるか。このアムルタよりも、エイレーネのほうが守るに固い」


ネグローニのいる朝議は朝議とは名ばかりで、ネグローニの言った事を追認する場でしかなかったが、この時ばかりは場がざわめいた。

第一に、帝も身を乗り出して聞き返した。


「それは、遷都をするということか?」


ネグローニは不遜にも頷くことでそれに応対した。

今の都アムルタは後アルカディアの祖であるレオン大帝の開いた都であり、若い頃は行商人なども経験したレオン大帝らしく水利に優れた商都であった。

対するエイレーネは前アルカディア王朝のアルカディウス帝が立てた、高い城壁に囲まれた軍都である。

これはアルカディウス帝が覇王プテルクスと戦う最中に造られはじめた都であり、守るに固い反面、度重なる拡張により歪で商用の便が悪い都市であった。

廷臣の一人がにわかに立ち上がる。


「レオン大帝以来のこの都アムルタを棄てて、エイレーネに遷都すると申されるか。王府をこの地から引き払えば、商人は店を失い、工人は職を失い、百姓は田畑を失って流離してしまいます。尊厳公よ、どうか民草を憐れんで、今一度お考え直し……」


その廷臣が言い終わる前に、ネグローニは五指剣チンクエデアを抜き放ち、一刀のもとに斬って捨てた。


 遷都は極めて強引に進められた。

二百年の歴史を持つアムルタを棄てるとあって、はじめは民の反応も鈍かった。

しかし、日中に都大路でネグローニの馬車に取りすがり遷都の中止を訴える忠諫の士がそのまま馬車に轢き潰されて肉塊と化すのを目の当たりにすると、恐怖から遷都の準備に邁進するようになった。

それでも、財産のある富貴の者は親戚の伝手などを頼ってエイレーネではなく郷里に帰ろうと画策したが、ネグローニはそれも許さなかった。

ネグローニの放ったオーク兵は、富豪の家を取り囲んで乱入するや、中の富豪を殺し、財貨を奪い、女を犯した。

こうして、憐れな羊の群れのごとき民草は、狼のような兵に追い立てられながら、都を棄てて出発した。

ネグローニはこともあろうに、この都アムルタに火を放っていった。

エイレーネへの道中も、行軍についていけない老人や病人は斬殺され、女性は公然とさらわれていった。

人々の怨嗟の声は大地に満ち、天も曇らんばかりであった。

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