第21話 ジナイーダ

 敵将ジョエルは騎兵のみを率いて、連合の総大将ミハエルのいる本陣に接近していた。

ユスフがそれを妨害せんと横合いから割って入り、斬り結ぶ。

手練れが多く、すぐに斬り伏せられるような連中ではなかった。

速度が落ちつつも、騎兵は本陣へと距離を詰めていく。

ようやくミハエルとその軍勢が迎撃に出たが、兵士たちは動揺しており、その出足は鈍かった。

ユスフが、不味い、と思ったその時にゼノンの部隊が戻ってきて背後からジョエル率いる騎兵を襲った。

ゼノンの配下カリラオスが、冴え渡る弓の腕で敵兵の鎧の隙間に毒矢を撃ち込み、次々と倒していく。

ゼノンが呼ばわる。


「ミハエル!何をやっている!挟み撃ちできるんだから、すぐに前進させろ」


ミハエルは存外余裕のある表情で、手を振って応じた。


「はっはっは、私もそのように考えていたところだ。全速前進!」


号令に従い、総大将ミハエル麾下の部隊もようやく動き始めた。

混戦の中で、クロエの幼なじみでもあるホーソン将軍が敵将ジョエルと対峙する。


「ここから先はこのホーソン・レフコンスが、ぬおっ?!」


敵将ジョエルは問答無用とばかりにホーソンにサーベルを打ち込んだ。

その太刀捌きは鋭く、ホーソンは受けるのがやっとである。

数合打ちあった後、ホーソンはついに手にした剣を弾き飛ばされてしまった。

止めとばかりにサーベルが振り下ろされんとしたその時、波打つパルチザンの刃がそのサーベルを押し留めた。


「九頭竜騎士団で最恐の男、鰐人ゲインさま参上。百人の敵を血祭りに上げたこの丈八のパルチザンを受けてみろ!」


リザードマンのゲインの槍が、ホーソンの危機を救った。


「くっ、新手か!」


ジョエルはゲインのパルチザンにサーベルで応戦するが、次第に押され始めた。

その時、背後から掠れた女の声が響いた。


「活きのイイやつがいるじゃあないか!あたしにも遊ばせろよ」


宰相ネグローニの懐刀、大将軍ジナイーダが燃えるような紅い愛馬エリュトロンに跨ってこちらに迫ってきていた。

女将軍は手には煌めくハルバードを握り、まるで水着のような露出の激しい鎧を纏っている。

ジョエルはゲインのパルチザンを受けながら、背後のジナイーダに叫んだ。


「助太刀無用!ご覧じろ」


「あははは、なにがゴロージロだよ!あんたどう見ても負けてるよ。どきな、期待はずれくん。あたしが換わる」


急迫してくるジナイーダにそれでもジョエルは何か抗議するようなことを喚いたが、ジナイーダは笑いながら言った。


「どけってんだよ」


次の瞬間、ジナイーダのハルバードは味方であるはずのジョエル将軍の胴を貫いていた。


「こ、これが大将軍のやることか……?」


ジョエルは呻きながら落馬し、事切れた。

ジナイーダはハルバードを血振りして、ゲインの方を差した。


「さあ、ワニくん。カバンにするぞ」


「革製品を使う女はモテないらしいぜ」


ジナイーダの斬撃がゲインを襲う。

ゲインもそれを受け、パルチザンの一撃を繰り出す。

意外にもその切先はジナイーダの腹に当たった。

何か硬いものを引っ掻いたような耳障りな音が響いた。

ジナイーダの腹には傷一つついていない。


「嘘ぉっ?この二百人を血祭りに上げた俺のパルチザンが……」


「通じないのさ。鎧骨格カタフラクトを発現した、このあたしにはなァッ!」


無学なゲインには絡繰がわからないが、ジナイーダの皮膚は並の鎧よりも硬いらしい。

それならば水着のような鎧も頷ける。

防御力を身体で担保できるジナイーダにとって、秘部を隠せさえできれば、鎧は軽ければ軽いほど良いのだ。

動揺したゲインの腕を、ジナイーダのハルバードがかすめる。

鮮血が噴き出し、辺りを染める。


「ワニは唐揚げが意外と美味いって聞いたよ?」


ジナイーダが哄笑しながらハルバードを振り下ろそうとすると、その笑い顔に円盤のような物が直撃した。

また金属を引っ掻くかのような音がして、ジナイーダがのけぞる。

弾かれた投擲武器のチャクラムは明後日の方向に飛んでいった。


「義弟が世話になっているようだな。蟲人ユスフが御礼申し上げる」


「アニキッ」


ユスフがそれぞれの腕に獲物を構えてジナイーダとゲインの間に割って入る。

ユスフのグレイブが、メイスが、ジナイーダに襲いかかる。

しかし、その全ての攻撃をジナイーダはいなしていく。


「“鬼殺し"のジナイーダ。当代随一の武人と聞いていたが、これほどまでとは」


「あたしもあんたのことを聞いたことがあるよ。めっぽう腕の立つ蟲人の侠客きょうかくがいるってね」


二人は互角に打ち合い続けるが、ジナイーダの方はまだ余裕を持っているのに対し、ユスフは死力を尽くしてどうにか互角を保っている状況であった。

ジナイーダの背後からヤァっと声がして、剣が振るわれる。

そこにはジョエルの馬を奪ってかけつけたクロエの姿があった。


「姫!こいつは危険です!お下がりください」


「義弟のあなた達にばかり戦わせて、何が騎士団長よ」


しかし、ジナイーダのハルバードは即座にクロエの剣を跳ね上げた。


「貰った!」


ハルバードが再びクロエに向かう。

しかし、その一撃はクロエが抜いたもう一本の剣によって、すんでのところで弾かれた。

その反応の速さに、クロエ自身が驚いていた。

ジナイーダも首を傾げる。


「あら、今の動き……?もしかして、あんたも」


ジナイーダは唇に指を当てて少し思案したような素振りを見せた後、笑みを浮かべた。


「あんた達、中々おもしろいじゃない。今殺すのは惜しい気もするわ。決着はまたにしましょう」


ジナイーダは踵を返すと、愛馬エリュトロンに鞭を打って走り出した。

三人は追いかけるも、本当に動物かと思うような速度でエリュトロンは駆け、すぐに撒かれてしまった。


後にジナイーダ三英戦と呼ばれるこの対決の最中、本陣ではミハエルの軍が形成を逆転していた。

不和から参陣を拒否していたアレス将軍率いるドワーフ達が加勢したためだった。

こうして、戦闘は連合軍の勝利に終ったのである。

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