第18話 ドワーフの将軍アレス

 「報告!敵将アレス率いるドワーフの軍勢が砦の前面から消えました」


「そんな馬鹿な話があるか。もっとよく見ろ」


ネグローニ軍の守る小城でそんな会話が交わされていた。

しかし、物見の兵の言っていることは正しかった。


「報告!敵、城内に侵入!城の内部、地中からドワーフ兵出現!」


ドワーフ達の跨る猪は、地中を掘削するために造られた、いわば生体重機であった。

猪たちが、城の防壁の外側から、驚くべき速度で間道を掘ったのである。

その手には戦斧や戦鎚を持ち、ネグローニ軍に襲いかかる。


「我らドワーフの座乗獣ヴァーハナカリュドーンの力を思い知ったか。貴様らには安全なところなどない」


アレスも陣頭に立ち、自ら戦斧を振るって次々と敵の首を刎ねていく。


「アレス様、この城はもう落とせます。残りの敵に降伏をよびかけますか」


「ならん。皆殺しにせよ。一兵残らずな」


「しかし……」


アレスは年嵩の部下をキッと睨む。


「ガイウスよ、これは考えあってのことだ。我の言うことがきけぬか」


「は、しかと心得ました」


アレスは捕縛した敵兵の首を全て斬り落とさせた。

アレスは落とした城に翻る火神カタンガの旗を見やりながら、部下達に演説する。


「ドワーフ族は人間族の仕事を肩代わりするために作られた種族だと嘲る者がいる。しかし、それはドワーフ族が人間よりも実務において優れていることを意味する。我について来い。ともにドワーフの強さを中原の者どもに示すのだ」


アレスは破竹の勢いで進撃し、次々とネグローニ軍の小城を落とした。

カタンガ郡から来たこのドワーフの勇将の名はすぐに内外に知れ渡った。


 アレス率いる南方ドワーフは、遂にティンダロスの関に到達した。

巨大な岩石を削った関には二体の猟犬の彫刻が施されていた。

関所の前でドワーフ達が目の当たりにしたのは、口が耳まで裂けた恐ろしげな敵兵と、手が四本生えた敵将カリニコスであった。


「キキキッ、ネグローニ様に頂いたこのカッコいい身体でぐちゃぐちゃにしてやるぜ」


カリニコスの背中から生える手は毛むくじゃらで猿のもののようであり、彼の顔も人間と狒々ひひが混じったような面妖な顔であった。


「ネグローニは外法に通じているとは聞いていたが、あの化け物はなんだ。兵士もまるで、伝承に聞くオークのようだ。今までの弱兵たちは全て前座ということか。しかし、怪物に臆する私ではない。打ち砕いてくれようぞ、のお、皆の衆!」


アレスがそう言って振り向くと、ガイウスはじめ部下達は皆蒼ざめた顔をしている。


「どうした、お前たち!」


ガイウスが苦しげに返す。


「皆腹を下しております。ガブリエル将軍から送られた追加の兵糧が傷んでいたようでして……」


アレスはガブリエルの嫌味な態度を思い出した。

ガブリエルは兵站を一手に担うと言っていたアンゲロプロス家の将軍で、総大将ミハエルの従兄弟である。


「あの青瓢箪あおびょうたんめ。さては、我らが活躍するのを妬んで、わざと腐った兵糧を送りおったな」


体調を崩したドワーフ達は、カリニコス将軍率いるオークに抗することができず、力戦虚しく撤退を余儀なくされた。

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