第15話 果断の人

 ゼノンはごく幼い頃から文武に才を発揮し、周囲に認められてきた。

しかし、叔父だけはその才覚を愛さなかった。


「あの子には邪なところがある。ろくな大人にはならん」


叔父ゼクターがゼノンの父ゼノビオスに語ってきかせることには、ゼノンが子ども連中の内で信頼を勝ち得る過程で、邪魔だった者は不思議と消えていったのだという。

それは怪我であったり、親の不正が明るみに出て投獄されるというようなことであったり、理由は色々である。

子供達だけでなく、彼と折り合いの悪かった教会の教父も、厳しすぎる家庭教師も、何らかの問題を起こしていなくなる。


「偶然だろう。うちの子に限ってそんなことは……」


「私だって、一度や二度のことであればそんなこともあるさ、と受け流す。しかし、それ以上となると、そこにはなんらかの必然を感じずにはいられない」


ゼノンの父と叔父とが仲違いをし、絶縁状態になったのはそれから間も無くのことであった。

成人してセイレムで県尉の職についたゼノンは、果断の人であるとして大いに評価され、劇的に治安を改善して「郡中に鬼神あり」とまで謳われた。

しかし、その周囲では櫛の歯が抜けるようにぽろぽろと行方知れずや怪我人が出るのであった。

ある時、ゼノンはセイレムの教会を訪れた。

その教会には曰く付きの馬車が安置されていて、これを包むように七色の紐が七つの結び目を作っていた。

教父は厳かにその由来を語って聞かせた。


「これは神君レオン帝がこの街を攻略されたとき奉納したもので、レオン帝はその時こう言われたのです。世が再び乱れる時、この結び目を再び解く者が現れる。その者こそ世を救う英雄と成るであろう、と。多くの者が挑戦しましたが、解けた者はおりません」


ゼノンはしばらくその結び目を眺めていたが、やおら剣を抜くと、その結び目を切りつけた。

紐は切れ、地に落ちた。


「さて、教父殿。私は英雄に成れるかな」


細い目をさらに細めて笑うゼノンを前にして、教父は激昂した。


「こんなのは解いた内に入らんわ!お前など、成れて世を乱す奸雄だろう」


ゼノンは言った。


「ふふふ、奸雄か。それもいい」


 ゼノンが逆臣マカリアスの名剣を携えてネグローニに拝謁したとき、既に午後の一時を過ぎていた。

昼間から自室の寝椅子トリクリニウムに転がって酒を飲んでいたネグローニは、既にうとうとして午睡に入ろうとしていた。

取り巻きのマスコット族二人は既に満腹でスヤスヤと寝息を立てている。

傍にはハルバードを握ったジナイーダが侍立している。


「ゼノンか。随分と出仕が遅かったではないか」


「私の痩せ馬が調子を崩しまして」


「良い馬をもたぬのか」


「フイヌム自体が希少ですからな。なにぶん私めの給金では」


ネグローニはあくびをしながら、ジナイーダの方を向いた。


「ジナイーダ、私の厩から手頃な馬を一頭くれてやれ」


ジナイーダはゼノンを訝しそうに睨みつけながら、厩に向かって退出した。

ゼノンはそれからも二言三言ネグローニと会話していたが、ついにネグローニは目をつむった。

ゼノンはゆっくりと五指剣を抜いた。

その時、陽炎のような光芒が室内に満ちた。

五指剣の輝きが、ネグローニの背後に飾られた魔鏡に反射したらしい。


「む、今の光はなんだ」


ネグローニはいきなり立ち上がる。

ゼノンは平然と返す。


「私めが手に入れましたこの名剣の光が鏡に跳ね返ったものでございましょう。ご献上する前に拭っておこうと思いましたが、いやはやお眠りを妨げることになろうとは、申し訳もございません」


「ほう、名刀とな」


五指剣の刀身に施された見事な象眼をネグローニはねぶるように見る。


「これは、聖者ナイの受難を描いたものか」


「表面は磔刑に処されるナイと嘆く聖母プレラッティ、裏面にはナイの復活にかけつける聖妹ミノグラが描かれております。……鞘はこちらです」


宝飾の施された鞘にネグローニは剣を納める。

ちょうどその時、ジナイーダが馬を連れて中庭に戻ってきた。


「これは見事な馬ですね。願わくば、宰相閣下の御前で、試し乗りをさせていただきたく存じます」


ネグローニが頷くと、ゼノンは馬に跨り走り出した。

そして、時が過ぎても一向に戻ってこない。


「試し乗りにしてはいやに遅いな」


「ネグローニ様、あいつはもう戻ってこないのでは。あたしは、今日のあいつの様子がどこかおかしいと思ったんだ」


ジナイーダの言葉に、ハッとしてネグローニも目をいからせる。


「そう言われれば、寝ている時に剣を抜いて近づくのは如何にもおかしい。不埒にも私を暗殺するつもりだったか……触れをだせ!ゼノンを捕らえた者には百万ドラクマを払う!生死は問わん!」

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