第14話 ネグローニ暗殺計画

 宮殿の中庭にしつらえられた巨大な裁断機に官吏が縛りつけられている。

処刑人が刃を下ろすと、官吏は絶叫とともに腰から上下に両断された。

ネグローニの牛耳った宮廷では、諫言をした者や過失のあった者は次々と処刑されていく。

ひとしきり処刑を終えると、今度は軍を引き連れて市中や市外の農村を視察に出る。

視察とは名ばかりで、目についた市民に難癖をつけてその場で処刑したり、美女を攫ったり、財貨を没収したりと、宰相自らが侵略者のように振る舞うものだから、民衆は震え上がるばかりであった。

その日、宰相ネグローニは大将軍ジナイーダや将軍ゼノンを引き連れて市外の農村を視察に出た。

農民の若い男女達は着飾り、手を取り合って踊っていた。

ゼノンは豪奢な馬車の中から、艶やかな着物を着た一人の若い女を指差して言った。


「ゼノンよ。こいつらは何をちゃらちゃらと遊んでいるのだ」


「は、今日は聖霊ヨグソトスに五穀豊穣を祈る祭日でございますから、このように踊っているのでございましょう」


ネグローニはかっと目を見開いて唸るように言った。


「このような晴れ日に耕作もせずに遊んでいるなど、農奴の分際で不届千万である。斬れ」


「ははっ」


ゼノンは剣を手に進み出ると、素早く女に剣を振るった。

一太刀で女の帯が断ち切られ、続く一太刀で女の裸身が露わになった。

女は悲鳴をあげ、胸を押さえて隠しながら逃げていった。


「手が滑ってしまいました、ふふふ」


ネグローニも女の痴態を指さしてげらげらと笑っていた。

しかし、ゼノンに対して、大将軍ジナイーダが拳をぼきぼき鳴らして近づいていく。


「ネグローニ様は斬れと言った。言うことを聞かないやつはあたしが殺す」


「ははは、よいよい。ゼノン、なかなか面白い余興だったぞ」


ネグローニは酒をあおって宮殿に戻ると言い出した。

帰路につく間、ジナイーダはゼノンを睨んでいた。


 司法長官クリテースのオーウェンは仲間の廷臣達を屋敷に集め、協議を開いていた。


「このままでは、我々は一人残らず殺されてしまう。やられる前にやるしかない」


そう言う仲間にオーウェンは苦々しげに言う。


「しかし、あの怪物女が横にいる時は暗殺など不可能だぞ」


廷臣達はあれやこれやと議論を交わすが、結論は出ない。

しまいには近い将来の破滅を想像して、泣き始める者まで出た。

一人が泣くと、悲嘆は伝染するように一同に伝わり、みな愁面となった。


「ふふふふ。これはおかしいですね」


オーウェンが笑い声のした庭を見ると、ゼノン将軍が立っていた。


「いつ忍び込んだ!それに、何がおかしい。返答次第ではただではおかんぞ」


「宮廷の大人物たちが集まってめそめそと泣いているばかり、こんなことだから民も泣きくらす他にないのです。奪りに行く勇気を持たなくては、奪われるばかりだ」


「何を偉そうに。貴公こそ、帝室の寵を受けて成り上がった一族であるのに、ネグローニの腰巾着などしていて恥ずかしくはないのか」


つかつかとゼノンは近づいてくる。


「オーウェン殿。私はネグローニを討つために敢えて媚びへつらい、油断させてきたのです。昨日、敢えてネグローニの命令を曲げて行いませんでしたが、許されました。機は熟したと見ます」


「それが本当ならば、しかし、策はあるのか」


ゼノンはオーウェンの背後を指差した。

背後の壁には、見事なエッチングの施された五指剣チンクエデアが飾られている。


「貴公はご先祖が逆臣マカリアスから没収したという宝剣をお持ちであると聞き及びました。それをお貸しくだされば、逆賊ネグローニを討ってみせましょう」

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