第9話 将軍ネグローニ
フルリオ砦を包囲している角帽教徒達は、今までに遭遇した者とは異なる雰囲気を持っていた。
隊列の統制が取れており、こちらの弓矢での攻撃に対し的確な応射をしてくる。
「これは、それなりの人物が率いているのかもしれないな」
そう騎士ゼノンが呟いた時、前線を駆け巡って信者達を鼓舞する敵将の姿が見えた。
「この砦に立てこもっている者は、賢者エナン様より、特に討ち取るように仰せつかっている大敵である。賢者様への報恩のためにも、必ずや攻略するのだ。援軍が来たとても、我らの魔法の力があれば、恐るるに足らず。城ごとこいつらも屠ってしまえ!王冠から角帽に!」
信者達が一斉に呼応する。
「王冠から角帽に!王冠から角帽に!」
魔道士の帽子には目が二つ描かれている。
大魔道、と呼ばれる階級の者だ。
官軍は騎士ダモクレスの指揮のもと、角帽教徒に向かって突撃していく。
両軍の槍先が交わらんとするその時、大魔道の帽子に描かれた瞳が妖しく光った。
「教えに従わぬ愚者たちよ。大魔道ハザーンの術を受けるがよい。闇夜を照らす鬼火よ、眠りを妨げし者どもを焼き尽くせ、ウィルオウィスプ!」
大魔道ハザーンの杖から火炎の球がいくつも飛び出し、前衛の兵士達を襲った。
全身に火が回った兵士がのたうちまわり、隊列を乱す。
今だとばかりに魔卒達が突撃し、味方の隊列をその綻びから突き崩していく。
「ゼノン殿、あの厄介な魔道士を先に仕留めなければ、被害は甚大なものとなります」
「ふむ、しかし魔法を放った後は護衛が周りを固めている。中々難しいのではないかな」
確かに大魔道ハザーンは魔卒達にがっちりと周囲を覆われて、巨大な帽子だけが見えている。
「あれが見えていれば充分です。あいつらはアレが本体みたいなものです」
「どういう意味かね」
「目がついている帽子の者は、戦いの最中に帽子を落とすとひどく狼狽していました。彼らの魔力の源は、あの帽子なのではないでしょうか」
ゼノンはぽんと手を打った。
「角帽教徒の幹部連中が急に魔法を使えるようになったのは、あの帽子のためか。教祖の魔力をあれに封じて、ばら撒いた、と。よし、カリラオスよ」
ゼノンの郎党の内から、大弓を構えた戦士カリラオスが進み出た。
「クロエ殿、これは私の従兄弟で、飛ぶ鳥を射させると四羽のうち三羽は墜とす。どうだ、カリラオス。あれを射抜けるか」
「わけもない」
カリラオスは馬上で弓を構えて、二本の矢をつがえると一気に放った。
矢は見事に帽子の二つの目を射抜いた。
帽子の目から不気味にも鮮血が迸り、老人の悲鳴が戦場にこだました。
大魔道ハザーンは、撃ち落とされた帽子を拾い上げて喚いた。
「あ、あ、エナン様!エナン様!申し訳ありませぬ!」
指揮官の動揺はすぐに兵士達にも伝わる。
魔卒達の隊列は乱れ始めた。
「今よ!ユスフ、ゲイン、やっておしまい!」
ユスフはグレイブで雑兵達を斬り伏せ、海を割る預言者のように道を拓いていく。
そこにゲインが突入し、ついに大魔道ハザーンへ肉薄した。
ハザーンは振り下ろされるパルチザンに杖を掲げて持ち堪えようとしたが、無情にもゲインの刃は杖ごとハザーンを頭から真っ二つに割ってしまった。
脳漿が飛び散り、腸が舞い、角帽教徒達は恐怖のあまり絶叫した。
形勢は官軍に傾き、砦を包囲していた角帽教徒達は散り散りに逃げ去った。
◇
フルリオ砦を解放すると、砦の中には思ったよりも多くの兵がひしめいていた。
また、中庭には軍馬も繋がれており、とりわけ肌の赤みがかった立派な馬が目を引いた。
こんなに戦力が充実しているなら、さっきの戦闘で打って出ていてくれればもっと楽に勝てたのにと、クロエは憤慨した。
砦の中にいた兵士達はみな黒い布で口元を覆っており、目つきが尖っているのが、少し不気味といえば不気味であった。
砦の最上階に行くと、豪奢な衣を纏った男が、椅子に座って酒杯を傾けていた。
美男子と言ってもいい顔立ちだが、目の下の隈が不健康な印象だ。
傍には二人のマスコット族が笑いながら転がっている。
「ん、おお。助かったよ。私が北部軍管区“テマ・ニグラス"長官、
ネグローニ将軍の傍にいたハリネズミ風のマスコット族が、酒をこぼしながら持ってくる。
「お酒どーぞー」
シマリス風のマスコット族が皿に乗せた木の実を持ってくる。
「おつまみもどーぞー」
この態度に怒りを露わにしたのは、クロエでもゼノンでも、ダモクレスでもなく、ルシウス先生だった。
「若者達が命を賭して、あなたを救いに来たというのに、当のあなたは酒を飲んだくれていたというのか!」
ネグローニは睨め付けるようにルシウス先生を見やった。
「そう騒ぐなよ、じじい。青筋立てると、残り少ない寿命が余計に縮まるぞ」
「じじい、だまれー」
「じじい、ひっこめー」
お付きのマスコット族がからからと笑い転げる。
「こんなこと、あまりにも、あまりにも……」
顔を覆うルシウス先生の身体をクロエが支える。
「ふん、どうせ恩賞目当てのくせに恩着せがましいことだな。中央へは良いように報告してやるから、わめくな。酔った頭に響くんだよ」
これ以上喋っても仕方がない、とクロエ達は退出した。
「あれが、北方の雄、ですって?」
クロエが吐き捨てるように言うと、ダモクレスが振り返った。
「あの人には黒い噂がある。国境を荒らす魔族を度々撃退しているというのは偽りで、戦ったふりをしては奴隷や食糧を魔族に引き渡して帰らせている、という噂がな」
ゼノンがクロエの耳元に顔を寄せる。
「引きずっても仕方がないことです。そんなことよりも、我々は官軍全体に益のある知見を得た。このことを全軍に知らせるのが、最優先事項と思うが、いかがかな」
ゼノンの手には、大魔道ハザーンの被っていた血まみれの角帽があった。
“目のついた角帽こそが魔力の根源であり、これを破却すれば魔道士たちは魔法が使えなくなる”
書状を持って各地に伝えられたこの事実は戦況に多大な影響を与え、角帽教徒達は次々と撃破されるところとなった。
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