第8話 騎士ゼノン

 「私はクロエ・アルカディウス。ペルシカ村より出でて、賊徒の討伐に加わった者です。助太刀いただきありがとうございました。馬上の騎士殿のご尊名を伺いたい」


とりわけ大きな羽飾りを兜につけ、金色の外套を風に靡かせていた騎士が馬を進めて来た。

歳の頃はクロエと同じくらい、十八、九といったところか。

細身で色白、背はそれほど高くはない。

口元には微笑を湛えているが、細い糸のような目からは本心が読み取れない。


「私はハスティア州ロイガの生まれ、ゼノン・ゲオルギアデスと申す者。先の寝室長官ゲオルゲの孫にして、国庫長官ゼノビオスの嫡子たる騎士。朝命を奉じ、郎党を引き連れて逆賊討伐に馳せ参じましたが、先ほど貴公のおかげで最初の功をあげることが出来ました。貴公を先頭に騎士ダモクレス殿の元に戻り、共に戦勝を報告しましょう」


「私だけでは敵の将を討ち漏らすところでした。どうぞ、ゼノン殿が先頭をおゆきください」


騎士ゼノンは言う。


「先ほどの勝利は殆どがクロエ殿の計略によるもの。どうしてもと言うのであれば、共に並んで参りましょう」


二人は仲良く馬を並べて帰還することにした。

夜道であまり急ぐことも出来ないので、道中で二人は会話を交わす。

騎士ゼノンは教養豊かで、政治軍事のみならず、詩文にも造詣が深いようだ。

クロエは話の内容の全部がわかるわけではないものの、話していて楽しかった。

ゼノンも次第に饒舌になり、こんな事を言った。


「しかし、世の乱れたのも見方によれば、好機です。かのマカリアスのように、草莽から身を起こし一代の英雄となる者は、平和な時にはありえぬことですからな」


今まで楽しくお喋りしていたクロエの心にさっと影が差した。


「そのひとは謀反人だと聞きましたが、そのようになりたいと仰られますか。それに、民草がこんなに苦しんでいるのに、好機ですって?」


「ふふふ、いささか口が滑りましたな。戦で名を上げたことの例えに出しただけで、謀反を評価しているわけではありません。民百姓の苦しみについても忘れたわけではないが、まあ、物事は多面的だということですよ」


微妙な空気の漂う中、クロエ達は騎士ダモクレスの待つ本陣に帰り着いた。


 騎士ダモクレスはクロエを労ったが、それ以上にゼノンをもてなすのに忙しい様子だった。

ゲインはそんなダモクレスに不満を感じているようだ。


「なんでぇ、骨折りして戦った姐御をないがしろにして、良いとこだけ持ってった貴族のボンボンを持ち上げてやがる」


ユスフは触覚を触っている。


「ゼノン殿は、寝室長官パラコイモメノスの孫だと言ったのですか」


「そうだけど、それが何かあるの」


「寝室長官は確かに高官中の高官ですが、長人族、エルフしかなれない官職のはずです。エルフは子供を残せない」


ゲインも身を乗り出す。


「え、じゃあアイツ、フカシこいてるのかな。ぶっちめてやろうぞ」


「ふふふ、私の父は養子です。先帝のホノリウス帝が帝位に登る時に我が養祖父は大きな働きを成した。その功績をもって、エルフながら特別に養子を取って家門を残すことを認められたのです」


気がつくと、三人の背後にゼノンが立っていた。

クロエは青ざめる。


「これはとんだ失礼を!ゲインも、謝りなさい」


クロエはゲインの頭を押し下げる。


「謝罪は無用です。それよりもクロエ殿も私たちの卓に来ませんか?勝利の美酒は、貴女のように美しいひととこそ楽しみたい」


 ネグローニ将軍が包囲されているというフルリオ砦の前まで到達すると、既に賊軍と交戦中の友軍があった。

ダモクレスが馬を寄せて友軍の将に接触を図る。

友軍の指揮官は、ヤフー族の初老の男性で、クロエのよく知る人物でもあった。


「ルシウス先生!お久しぶりです。先生は官軍に入られていたのですね」


「おお、クロエかあ。お前も軍に身を投じていたとはな。ご母堂は息災かな」


ルシウスはペルシカ村にやってきては、子供達に文字や歴史を教えていた教師であり、クロエの恩師であった。

首都アムルタで学問を修め官途についたが、上司の不正を暴こうとして逆に陥れられ職を辞し、教職に生きがいを見出したという人物である。

クロエは母の死と義勇兵になった経緯を手短に話した。


「ひどい話だ。早くこの戦乱を終わらせて、君やホーソンのような若者が戦わなくともいい世界を作らねばならんのう」


「ホーソンですって?」


「おお、そうなのだ。君の学友のホーソンも、一足早く義勇兵として戦っているということなのだ。かなりの人を集めて、一軍の将のように遇されているそうだぞ」


「あいつの家、金持ちですもんね」


旧交を温めている彼らの横に、敵の矢が降ってきた。


「先生、とりあえず敵の包囲を攻撃して、ネグローニ将軍をお助けしましょう」


「ほっほっ、そうであったな」


ルシウスは白の混じった顎髭をしごいて笑った。

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