第6話 義勇軍

 クロエ達はまず装備を整えた。

鍛冶屋に入り、鎧兜一式と、ユスフとゲインの武器を注文する。

ドワーフの鍛冶屋は注文を聞いて、疑いの目を向けてきた。


「あんたら、こんな物騒なものばかり注文して、例の帽子の連中に加わる腹じゃあねえだろうな」


「その逆よ。帽子の連中をやっつけるためなの」


鍛冶屋はにやりと笑う。


「そういう事なら、俺も仕事に精が出るってもんさね」


クロエは既に立派な剣を持っているので、武器は二人のものを買う。

ユスフは幅広のグレイブを、そしてゲインは波刃のパルチザンを注文する。

兵を募りながら気長に仕上がりを待ち、ついに受け取りの日が来た。


「俺の技の全てを注ぎ込んで鍛えた自信作だぜ」


鍛冶屋の自負するとおり、仕上がりは確かに見事なものであった。

ユスフのグレイブは、刃を厳めしい甲虫の頭から突きでた角のように見立てた細工となっており、幅広の刀身は触るだけで指が落ちてしまいそうな冷たい輝きを放っている。

ゲインのパルチザンは、柄に彫られた蛇の口から舌が伸びているような意匠となっており、こちらは波打つ刃が炎のようにぎらついている。


「ありがとう、でもこれひょっとして赤字なんじゃ……」


「気にしなさんな。世の中のために存分に使ってくれや」


その時、店の奥から女性が顔を出した。

可愛らしくあどけない少女のような顔と、不釣り合いなほど発達した胸が印象的なその女性は、ぺこりと頭を下げた。


「あ、こら、お前は出てこなくていい」


女性は奥にそそくさと引っ込んでいった。

三人は鍛冶屋を後にする。


「ドワーフの女のひと、初めて見た。あの人すごく可愛かったね」


ユスフは静かに返す。


「ドワーフの女性はみんな、ああなんだ。ドワーフの男がみな頑健であるのと同様にな」


「えっ、すごいけど……なんか理由あるのかな」


「designed human for work and relaxation」


ユスフが聞きなれない単語を連発するので、ゲインは目を白黒させる。


「兄貴、それは何の呪文だよ。エナン教徒じゃあるまいし」


「古の言葉で、労働と安らぎのために設計された人種、という意味だ。それの頭文字を取ってドワー、転じてドワーフと呼ばれるようになったのだと言われている」


クロエは自分の髪をねじる。

なんだか落ち着かない。


「労働、はわかるけど安らぎってなに」


「想像でしかないが、性的な意味ではないか。実際に、ドワーフ族の女性はヤフー族から人気が高い。さらわれて娼婦にされたり、金持ちの妾とされる者も少なくないと聞く。多くのドワーフが妻や娘を人目につかないようにしているのはそのためだろう」


吐き気を催すような話だ。


「そんな、嫌な役割を押し付けるために、それ専用の人を作ったってこと?そんなの駄目じゃないかな」


「駄目だったから滅んだんだろう、古代人は」


 ペルシカ村で同志を募ると、先の戦いに参加してくれた若者の多くが合流してくれた。

また、名馬とは行かないものの三人のフイナムが確保できた。

クラッコン族とリザードマン族は本来もっと意思の疎通が可能な座乗獣ヴァーハナが存在するが、ヤフー族が多いこの地では贅沢は言えない。

ユスフはさらさらと軍紀・綱領を書き上げる。


一、忠君報国

二、命令遵守

三、略奪断首

四、虐民極刑

五、その他、騎士道不覚悟は切腹


ゲインはえー、と驚きの声をあげる。


「兄貴、略奪を禁止したらどうやって補給するんだよ」


「エナン教徒から解放すれば良民たちは進んで食物を持ってきてくれるだろう。それに、これは民衆に対しての話だ。敵の兵糧は奪って構わん」


しかし、その日を限りにユスフの連れてきていたゴロツキ達は幾人か姿を消した。


「ユスフ、探さなくていいの?」


「規律を守れん奴は、いくら腕っ節が強くても必要ありません。お互いにとって良かったくらいです」


三人はペルシカ村を後にして、村が属しているキュアノス県の中心地ブレにやってきた。

ブレの県令トルマルケスである騎士ダモクレスは近く角帽党の討伐に出陣するということで、戦力の不足を補うために広く義勇兵を募っていた。

ブレ城に兵を引き連れて目通りを願うと、会ってくれるという。


「はっはっは。亡国のプリンセスとは大きく出たな。義勇兵を募って以来、落ちぶれた騎士の家系だの、貴族の血筋だのといった与太でゴロツキを集めた山師が何人もやってきたものだが、そういう作り話の中では白眉の出来映えだ」


騎士ダモクレスは、クロエのいうズールー王家の公主だという出自を出鱈目だと判断し、まったく取り合ってくれなかった。


「ともあれ、少なくない兵を率いてきてくれたことはありがたい。歓迎しよう、お姫様。はっはっは。しかしだな、軍中でそのような与太話を吹聴するようならば、容赦なく処罰するから覚悟しろよ」


ゲインが牙を剥き出しにして今にも飛びかかりそうな勢いだ。

ユスフも目が赤く光っている。


「二人とも、ステイ!ステイ!騎士ダモクレス様、義勇軍への参陣を許して下さったこと感謝いたします。して、近く討伐に出陣されるとのことですが、どちらが目標となるのでしょうか」


騎士ダモクレスは壁にかけられた地図を剣で指し示す。


「北方の雄と称されたネグローニ将軍が、角帽党の大部隊の攻撃を受けてこのフルリオ砦に囲まれているという。私は宮廷からの命を受け、将軍の救援に向かう。貴公にもついてきてもらうとしよう」


こうして、義勇兵となったクロエ達は九頭竜騎士団を率いて、フルリオ砦へと向かうこととなった。

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