第5話 九頭竜騎士団
村外れの丘にはペルシカの名の由来となった立派な
三人はクロエの母を葬るため、木の根元を掘り始めた。
一休みしたとき、クロエは母のために手に入れた万歳丹を眺めて、ため息をついた。
墓前に供えても仕方がない、というユスフの意見を容れて、クロエは万歳丹を自分の懐にしまった。
「ねぇ、ユスフさん。なんで世の中こんな風になっちゃったのかな」
クロエの母はあまり世間のことをクロエに教えなかった。
あまり政治に興味をもって、クロエが政争に巻きこまれるようなことを避けたかったのかもしれない。
「ユスフ、でいい。なんで、というと難しいが、事実関係みたいなことならばある程度は話せるが……」
ユスフは滔々と語り始めた。
◇
前アルカディア王朝が権臣マカリアスの簒奪によって滅亡した後、レオン帝による天下統一を経て現在の王朝、すなわち後アルカディア王朝が成立した。
はじめの数代は前王朝をしのぐ繁栄を見せたが、その栄光も長くは続かなかった。
皇帝の一族は先天性の疾患を抱えており、次第に幼帝が続くようになったのである。
若い皇帝の下でまず暴走を始めたのが、帝室に仕えるエルフ達であった。
エルフ、後宮に仕えるために作られた無性別の人造人間たちは、主人の意思を唯一の物差しとして動く。
その結果、若い皇帝達を苦悩の伴う政治から遠ざけ、耳に心地よい奏上ばかり行ってひたすらに甘やかし、その人格と政治経済とを共に破綻させるに至ったのである。
害悪はエルフばかりではない。
中年や壮年の皇帝達が続いたころには粛清に怯えながら暮らしていた貴族たち、その中でも皇帝に妃を送り込んだ外戚たちは、エルフと熾烈な権力闘争を繰り広げ、退廃した中央の政治に止めを刺してしまった。
売位売官が横行し、常備軍は解散し、国境地帯では長城に穴を開けてディアボロス族、つまり魔族が侵攻する。
混沌とした世の中で、更に追い討ちをかける事態が起きた。
魔術大学校の校長たるエナンが角帽党を率いて武装蜂起をするに至ったのである。
はじめ加持祈祷で信者を得たエナンは、次に角帽教に帰依すれば長い修行を経なくとも魔法が使えるようになると触れ回った。
いかなる絡繰か、実際にかなりの数の信者が魔法を使えるようになり、エナンは信者達から現人神のように崇められた。
そして、エナンは遂には信者を糾合して角帽党を結成し、帝国に叛旗を翻した。
角帽党は民衆の不満を燃料として燎原の火のごとく全国を席巻し、さらなる国土の荒廃を招くこととなった。
帝国はまともな動員をかけることが出来ず、貴族の私兵や義勇兵をたのみとして、角帽教徒と相対している。
◇
ユスフの解説が終わる頃には、人がすっぽり隠れるまで掘り進めることができた。
そこには封をされた金属製の箱が埋まっていた。
蓋を開けると、なんと豪壮華麗な宝飾品と大量の金貨が出てくるではないか。
「クロエ殿の母上が何か言いかけていたのはこれか。この財宝を用いれば、安逸に暮らすことができるのではないか」
ユスフは静かにそう言った。
「いえ……決めた。私、このお金を世の中のために使う。こんな悲しいことが二度と起きないように、メガラニカの大地に平和を取り戻す。そのためにこのお金は使うの」
「おお、それじゃあもしかして……」
クロエは剣を抜いた。
「私はこのお金で義勇兵を集める。そして、まずは角帽教徒達を叩く」
ユスフはクロエの前にゆっくりとひざまずいた。
「それは、素晴らしい志だ。私は無頼の徒として日陰で一生を終えることに、疑問を抱いていた。君を主として仰ぎ、その壮挙に加わらせてはくれないか」
ゲインも慌てた様子でひざまずく。
「俺も兄貴がそういうなら、ついてくぜ。人助けのために暴れられるなら、ただ暴れるより気持ちがいいしな」
クロエの顔が赤らむ。
「ありがとう……でも、そんないいのかな?」
クロエは不躾ながら立ち上げに加わってくれないか、と二人を誘うつもりではいたのだが、二人から参陣を乞うてきたので面はゆい気持ちになった。
三人は財宝を掘った穴にクロエの母の亡骸を埋めると、死者に祈りを捧げた。
クロエは剣についた宝珠を撫でる。
「こんな石の話よりも、もっと話したいことがあったよ。お母さん」
ゲインが宝珠に目をやる。
「そういや、その変なタコみたいな紋様がなんなのか、おっかさんに聞けてなかったな」
ユスフは触覚に手を当てる。
「おそらくは
「おー、いいじゃん、かっこいいじゃん。じゃあさ、団体名?義勇軍の名前にやんごとなき血筋なんですぜ、というのを宣伝するのはどうだい。
「馬鹿、そんなことをしたらクロエ殿の命が狙われることになりかねんぞ。なんのためにあの人がそのことを隠してきたのか、わからなくなるではないか」
ゲインの無邪気な提案をユスフが制止する。
しかし、クロエは決然とした表情で言った。
「いいよ。宣伝に使おう。庶人が人を集めるのと、王族が集めるのとでは引きが違うよ。どうせ危険なことに足を踏み入れるんだから、怖がっていてもしょうがない」
ユスフは牙を鳴らす。
「ならば……私たち二人を
「叙任って、なに?」
「任命する、みたいなことだ。君が王家の者ならば、騎士を叙任する権能がある。手始めに我々を騎士に任ずるところから始めてみてはどうか、と思ってな」
ユスフに教えられるままに、クロエはひざまずいた二人の前で剣を抜く。
彼女は二人の頬に順に接吻をし、ついでその肩を剣の腹で軽く叩いた。
「最後に騎士の誓いだ。騎士たるもの……」
言いかけたユスフの口を、クロエが制する。
「まって、私も一緒に言うわ。私が騎士団長ですものね」
三人は騎士の誓いを唱和する。
「騎士たる者、真理を守るべし。教会、孤児と寡婦、祈りかつ働く人々すべてを守護すべし」
たった三人で始まったこの騎士団は、後にメガラニカ大陸の歴史に名を残したとある勢力の始まりとされるのだが、そのことを三人は知る由もなかった。
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