第4話 血統

 ペルシカの村へ戻る道すがら、クロエはユスフ達のことを考えていた。

彼らは、私に自分達の生業を見せたら嫌悪されるということをわかっていた。

それでいて、宝珠を取り返すために敢えてあそこに行ったのだ。

露骨に引いた態度を取ってしまったことに、今更ながら後悔の波が押し寄せてきた。

母に宝珠を見せたならば、ユスフ達にもう一度会いに行こう。

そう決意して森を抜ける。

そこには、燃え上がる故郷があった。


「王冠から角帽に!王冠から角帽に!」


逃げ惑う村人達に、凶刃が振るわれる。

村は角帽教徒の襲撃にあったのだ。

剣を手に、クロエは街の中へと走る。

右往左往する村人の中に見知った顔があった。


「ねぇ!他の若い子はどうしてるの」


クロエよりやや年下のその知人は煤けた顔に涙目だ。


「わからねぇ。突然攻め込まれて、あっちゅう間にこんな事になって」


「しっかりして、一緒に若い子を集めて。村長の倉に共用の農具があるでしょ。みんなであれを取りにいきましょう」


男は目を丸くする。


「なにするつもりなんだ」


「決まってるでしょ!戦うのよ!」


 クロエは村の若い衆をかき集めて、スキやクワで武装させた。


「老人や子どもを見つけたら村長の家に避難させる。角帽のやつを見つけたら、三人がかりで飛びかかる。とりあえず、これで行きましょう」


作戦とも言えないようなざっくりした指示だったが、若者達はなんとかこの難局に立ち向かっていった。

単独で村をうろついている間抜けな角帽教徒を何人か血祭りにあげ、助けられる範囲のひとはおおむね避難させることができた。

しかし、その中には村外れにいるクロエの母はいなかった。

その夜、無人になった家屋を物色し終えた角帽教徒達は、ついに村長の屋敷を囲み始めた。

打って出るか、それとも。

クロエと若者達が爪を噛んで逡巡しているそのとき、外から悲鳴が聞こえた。

窓からちらりと外を見ると、ガラの悪い男達が角帽教徒たちと一戦交えている。

その中には見覚えのある亜人二人の姿があった。


「ユスフさん!ゲインさん!」


クロエは、剣を持って屋敷を飛び出した。

若者達も鬨の声をあげてそれに続く。

ユスフは四本の腕を防御に攻撃にと滑らかに動かして、敵につけいる隙をまったく与えない。

ゲインは爪や牙、そして尻尾も駆使して暴風雨のように角帽教徒達を薙ぎ倒していく。

クロエの剣も何人かを屠ることに成功したが、二人の目を見張るような活躍には今ひとつ及ばなかった。

戦いは夜明けまで続いた。

しかし、ついにユスフが指揮官らしき魔道を見つけた。

帽子の目が光を放つ。


「我この者を……」


呪文の詠唱を始めた魔道へと、ユスフは一気に肉薄し、そのまま首を刎ねた。

かくて、邪教の徒はほうほうの体で逃げ出したのだった。


「やったな、クロエ殿」


「ありがとう、ユスフさん、ゲインさん。……でも、なんで」


ユスフは触覚を指で触る。


「我々の街からも、ペルシカの村から煙が立ち昇っているのが見えた。火事なのか賊の仕業によるものかはわからなかったが、とにかくただならぬ事態だと思い、仲間を連れてきたのだ。結果としてはよかったな」


「あなたたちは、本物のきょうよ」


ゲインは真っ直ぐクロエを見つめた。


「姐ちゃんこそ、すぐに衆を率いてやつらと渡り合ったのには驚いた。あんたは本当に、民を導くようなたっとい血筋のお人なのかもしれねぇな」


ひとまず敵は追い出したが、クロエはまだ安堵できる状況になかった。

母の無事が確認できていない。


 クロエは村外れの家の前で膝から崩れ落ちた。

家には矢が刺さり、扉は壊されていた。

家の中には決死の抵抗によって倒されたらしい角帽教徒の屍があった。

そして、それと折り重なるように虫の息のクロエの母が倒れていた。


「母さん、母さん!」


クロエは傷ついた母を助け起こす。


「クロエ、無事だったのね……あ、ああそれは。その宝珠は」


母は指をあげてクロエの腰の剣に戻った宝珠を指差した。


「やはり、それはあるべきところに戻ってきたのね。……あなたには話さなければならないことが」


「傷に障るわ、無理に口を開かないで」


「私はもう助からない。ねぇ、よく聞いて……あなたは私の娘ではないの」


「……なにをいっているの」


「先帝が崩御された時、帝位を狙い得る王侯が次々に暗殺された……あなたはそのひとり……ズールー王クリス・アルカディウスの娘、クロエ・アルカディウス」


クロエはじっと母の目を見つめていた。


「あなたの父上と母上は亡くなる前に……私にまだ赤子だったあなたを……女官を警護していた……この私に……木の根元……王宮の」


母はごぼっと血を吐いた。


「かあさん、もう喋らないで、ほんとうに死んじゃう」


「まだ、母さんとよんでくれるのね……わたしのかわいいクロエ」


糸が切れた人形のように母の腕がだらりと下がった。

クロエは育ての母の亡骸を、固く抱きしめた。

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