第3話 蟲人ユスフ
ペルシカの村に着き、ゲインを紹介すると、クロエの母はうやうやしく応対してくれた。
万歳丹の土産も嗚咽をもらすほど喜んでくれた。
しかし、その表情はクロエの腰の剣を見た時に一変した。
「クロエ!あなた、剣の宝珠をどこにやったの!」
「薬を求めるために売ったの。でも、ほら剣は無事だから」
母はクロエの頬を引っ叩くと、万歳丹を手に玄関から飛び出した。
「こんなもの、こんなもの」
そう言って、母はクロエが購った万歳楽を近くの池に投げ捨ててしまった。
「母さん、なんてことするのよ!」
言い争う二人を横目に、ゲインが池に飛び込んだ。
しばらくすると、口に万歳丹の壺を咥えたゲインがひょっこり池から顔を出す。
「にゃんでそんなに怒っているのかほしへてもらいたいね、おれも」
◇
母は塞ぎ込んでいて、クロエにもゲインにも何も喋らなくなってしまった。
「姐ちゃんが売っちまった宝珠というのは、どんなものなんだい」
クロエの剣についていた宝珠は、蛸のような妙な模様の描かれた青い玉であった。
「俺の義兄は物識りだ。俺の村に行って、兄者に調べてもらったら、何かわかるかもしれん」
クロエはゲインの村に行ってその兄者とやらに会ってみることにした。
隣村の古ぼけた寺院に着くと、御堂の中で一人の
「せんせーできたー」
子どもが筆で大書きした文字はとても上手いとは言えない出来栄えだ。
「うん、大きくて、元気があってよろしい!こんどは丁寧に書いてみよう!」
蟲人は四本の腕で子どもの頭を撫でた。
子どもは嬉しそうに机に戻る。
「兄者、久しぶり!」
「おお、ゲインよ、戻ったか。……そちらのお嬢さんは」
「クロエ、クロエ・ペルシカといいます」
蟲人は長い触覚をゆらゆらさせる。
「私の名はユスフ。この寺で手習師匠をやっています。あなたは義弟のお友達、ということでよろしいか」
クロエはゲインと知り合った経緯、そして宝珠のことについて話し始めた。
◇
「蛸の描かれた宝珠、ふむ」
蟲人ユスフは四本の腕を組む。
ゲインは身を乗り出した。
「兄者、なんなのか解るかい」
ユスフは顎をわきわきと動かす。
「はっきりとはわからないが、恐らくそれは家紋の描かれた玉なのではないか。貴族はそういったシンボルを、剣や鎧にあしらうものだ」
「私の家が貴族だなんて、ないない」
クロエは笑うが、ユスフの表情は変わらない。
「とにかく、御母堂にとって大切なものには違いない。……そういったものの流れ着く先には多少の心当たりがある。探してみよう」
ユスフはゲインとクロエを連れて、村の外れへと進んでいく。
そこは道も家も荒れ果てていて、不気味な場所だぅた。
時折廃屋のような建物の中から視線を感じる。
ユスフは慣れた足取りで、廃屋の一つに入っていく。
建物の中では
場に不釣り合いな高額の商品は、それが盗品であることを雄弁に語っていた。
マスコット族は皆ウサギやネズミなどの小動物を直立二頭身にしたような愛らしい見た目をした種族なのだが、その外見で相手が警戒心を緩めるのにつけ込んで犯罪に手を染める者も多い。
「ゆ、ユスフの旦那、今日はどういった御用向きで?」
モルモット風のマスコット族は怯えた様子だ。
「最近、玉の出物がなかったか。蛸の描かれた、青色のやつだ」
「さ、さあ、知らねえな。良いものがあったら旦那には真っ先に伝えますよ」
ユスフは顎のはさみを鳴らしてカッカッと笑ったあと、いきなり下の腕二本でマスコット族の首を掴んだ。
「この俺に嘘をつくたぁ、偉くなったもんだなぁ、オイ」
落ち着いた印象のユスフから想像できなかった、ドスの効いた声だ。
「とんでもねえ、あんたをたばかるなんてことは」
「そうかそうか。ところで、背が低くて不便そうだな。俺が伸ばしてやるよ」
ユスフは上の腕二本でマスコット族の頭を掴み、上に引っ張った。
ぶちぶちと毛髪の抜ける音が聞こえる。
「わかったわかった!出すから勘弁してくれ、ください」
マスコット族は懐から青い宝珠を取り出した。
それはまさしくクロエが薬売りに売ったはずの、例の宝珠であった。
◇
「宝珠を取り返してくれたことには感謝しかありません。でも……あなたは、なぜありかがわかったの」
帰り道、そう問うクロエにユスフは静かに答えた。
「君が滞在していたという港町が襲われて、その後に大量の盗品が売り捌かれた、ということを聞いていた。黒い商品が集まる場所は限られている」
「兄者、たぶんお姐ちゃんが聞きたいのは、そういうことではないと思う」
ゲインが暗い声で言う。
ユスフはしばらく沈黙していたが、やがて淡々と話し始めた。
「なぜわかるか。それは、私も裏社会の住人だからだ。親が罪を得て
重苦しい沈黙が続いた。
「で、でも兄者はヤクザつってもさ、違うんだよ。弱きを助け、強きを挫く?みたいな。昔ながらのさ、
「やめろゲイン。私はくだらん犯罪者にすぎん。とりつくろうな」
寺に戻ると、クロエは二人に深々と頭を下げて別れを告げ、故郷へと戻っていった。
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