第3話


シルビオは先ほどから何も話さない少女の様子が気になっていた。


(もしかして、口がきけないのか?)


彼女はひどく痩せていた。前髪からのぞく紫色の瞳はあきらめたように伏せられている。


どうしたものか、シルビオは考えあぐねていた。


(遺産は魅力的だが、かといって、こんな幼い少女を連れ去るなんて人買いと変わらないじゃないか。しかし…)


借金のことが頭にちらついて、冷静な判断ができない。


一般的に、王宮に伺候しているような上級貴族は政略結婚が多く、幼少期から婚約者が決まっている家も少なくない。しかし、下級貴族は庶民に感覚が近く、恋愛結婚も多い。


シュンドラー家は男爵家ということで、公爵家と縁続きになれば、貴族としての格も上がり、メリットはある。


しかし、事業を手広くしている家柄で、社交界にも出入りしているわけではないため、家柄をどれくらい重視しているかは疑問だ。


一方、ヴェルティエ家は、もともと王宮へ伺候していた家柄で、親戚の中には、要職についているものも少なくない。


しかし、本家であるシルビオの実家は、慣れない投資に手を出して没落寸前だ。

もう、爵位を売るところまで追いつめられている。


公爵家を支援することで、家業にメリットがあれば、政略結婚もおかしくないが、シュンドラー家としてはメリットがあまりにも少ない。




なぜ、ヴェルティエ家を選んだのか、はなはだ疑問だ。










エレオノーラは向かいに座った青年をこっそりと盗み見た。




苦労しているらしく、着るものもくたびれていて表情もさえない。


しかし、すらっとした長身に加え、上品に通った鼻梁、きらきらと陽に透ける金髪。


前髪は少し長く、眉のあたりまでさらさらと流れている。


瞬きをするたびに、まつげは瞳にうっすらと影を落とすほど長い。


絵物語から抜け出してきた王子様のように美しく、目を引く容貌だ。






(こんな美しい青年がなぜ我が家に?)




エレオノーラは不思議で仕方なかった。継母が愛人として、お金を盾に連れてきたのかと思ったが、自分の結婚相手だなんて。




本来なら、明日にでも年配の、商売で成功しているという中年の男爵に嫁がされる予定だったのだ。一度家に来た時に見たが、でっぷりと脂ののった体格でニヤニヤと品悪く笑う気味の悪い男。噂では、少女と言われるような年齢の愛人を何人も囲っていて、今度は貴族の妻を探していた。




しかし、エレオノーラの遺産は結婚後、まったく継母に入らないことがわかり、男爵に結婚の条件として、エレオノーラの遺産を山分けすることを提案した。




男爵は遺産丸ごともらい受けることができなければ、婚姻は無効だと言い始めた。


条件面で揉め始めたため、遺産を山分けできる結婚相手を慌てて探したのだ。


ちょうど良いタイミングで現れたのがシルビオだった。


「正直に言うと、私は君の財産目当てだ。君が相続する遺産がなければ、うちの公爵家は立ち行かない。それでも、君はいいの?」


正直すぎる告白に、エレオノーラは思わず目を見開いた。


(そんなこと、私に言う??・・・でも、それだけ正直だってことかしら。)


少し考えてから、口を開いた。


「本当はね、ちょっとお年の男爵のところに、明日にでもお嫁に行かされるところだったのよ。どうやって逃げようかって、一生懸命考えていたの。」


苦々しい表情で、シルビオは口を開いた。

「うちのほうがましかどうかはわからない。資産を借り受けるのだから、君の望むようにしてあげたい、とは思っているよ。

私は留学していてね、家のことは親に任せておけばいい、もう少し遊んでいたい、と責任から逃げていたんだよ。それでこのありさまだ。情けない。」


シルビオは留学中何も知らず、それはそれは学友たちと楽しく過ごしていた。


国に帰ってもその生活が続くものと思っていたのだ。公爵家のそれも本家の跡継ぎ。将来も約束されていて、甘えた貴族子息そのものだった。しかし、19歳で留学を終え帰ってくると、実家の惨状に愕然とする。




(どちらにしろ、この子は売られるように家を出なければならないのだな。)


表情をあまり変えない少女。目の前の姿も、きっと本来の者ではないのだろう。

彼女に同情したシルビオは、なんとか助けてやりたいと思った。


「家のことが落ちついたら、いろいろなところに行って見聞を広めるといい。


・・・夫としては見られないと思うが、兄だと思って接してくれればいい。」


そうだ、彼女とは家族になると思えばいい。いささか、都合の良い解釈だが、生活に余裕が出てきたら、きっとこの少女が望むように手助けしよう、と思った。


「君の受け取る遺産も、きっといつか返す。」


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