第2話



その日の昼のことだった。

エレオノーラは台所のメイドたちが噂しているのをこっそり聞いてしまったのだ。

そばかすのある若いメイドがニヤニヤと話し始める。


「旦那様、今日も夜はお出かけかな」

「そりゃそうでしょう~、最近頻繁だもんね~」


赤毛の年かさのメイドもくすくすと笑いながら答えた。


「今度はどんな女かな?」


「どうも、高級娼婦らしいよ。こないだ下男のハンスが見たって。

すっごい美人だったたらしいよ」


「へえ~、旦那様やるじゃん。まあさー、奥様がアレじゃあね」


「違いない」




二人は下品な笑い声をあげて笑いあう。




台所には、昼食を探しに行くところだった。。

エレオノーラのもとにメイドはこない。朝夕の支度はもとより、食事も出されない。

毎日広い屋敷の中で、エレオノーラは自分の部屋と図書室を行き来するだけ。


エレオノーラがこの屋敷に来ることになったのは、


爵位を売るしかないところまで困窮していたベルティエ家に資金援助をシュンドラー家が申し出たところから始まる。


当時ベルティエ家を継いだシルビオは18歳になったばかり。

隣国の叔父夫妻のもとへ身を寄せ留学をしていたそうだ。



由緒正しい公爵家のベルティエ家だったが、シルビオの父であった公爵が投資という名の怪しいビジネスに騙され、大きな借金を作ることになった。


借金を作ると、怪しい商人たちが出入りするようになり、そのうち、賭博場にも出入りするようになる。




シルビオが気づいたころには、両親とも行方不明になり、家財道具はほとんど売り払われている状態だったという。




留学を終えたシルビオは、親しかった友人や、親戚を一軒一軒周り、頭を下げてお金を工面しようとした。しかし、だれも、助けてくれるものはいなかった。




隣国の叔父夫妻も、あまりにも多額の借金に頭を抱え、手助けできない状態だった。



そんななか、あることを条件に、

借金を肩代わりするという申し出があった。シュンドラー男爵家だ。




藁をもつかむ思いで訪ねてみると、そこには、派手に着飾った黒髪の女性と、小さな女の子が待っていた。




今でこそ注目される家柄ではないが、一時期は商売で成功しかなりの資産を持っているという。他国の事業や鉱山にも投資していて、寝ていても財産が増えるだろうと噂されている家だ。




決して大きい作りではないが、一目でいい材料を使っているとわかる屋敷だった。


調度品は高価なものが多く、職人がこだわって作った跡が見える。


ため息がでるような、調度品に目を奪われていると、女がにっこりと笑い、おもむろに話し始めた。




女性のほうは、ここの女主人だという。大きな宝石を身に着け、ドレスも最新の流行りのものだ。仕立てもよさそうだ。




一方、、娘だという少女のほうは、10歳くらいだろうか。くすんだ金色の髪はボサボサで、前髪も長く、どんな顔をしているのかさっぱりわからない。ドレスも流行遅れで、見たこともないような、おかしな服だった。




靴は小さいのかかかとを踏んでおり、腕には兎の人形をぎゅっと抱えている。


前髪の隙間から、透き通った紫色の瞳がぎょろりとこちらを見ているようだった。




服装を差し引いても、二人はまったく似ていない。


異様な様子に、警戒をしたシルビオだが、そんなことは言っていられない。




ふふ、と微笑み女は答えた。




「もちろんですわ。条件を飲んでいただけたら、

きっとあなたの望むようになりますよ」


ゆったりと、しかし怪しげに女は微笑んだ。




シルビオは、いぶかし気に尋ねた。


「条件、とは?」




「娘との結婚です。この子には遺産があります。先祖代々の莫大な資産がね。でも、結婚後にしかその遺産は継承できないことになっているのです。」




(このへんな少女と結婚だって?!冗談じゃない!)


シルビオはカッと顔に熱が集まるのを感じた。




絶望的な気分だ。


理由はわからないが、この娘は世話をされている様子がない。




(使用人の世話すら受け付けないような暴れん坊なのか?


いや、もしかしたらしゃべれないのかも?それならそれで、我が家にさえいてもらえば・・・いや、家を建て直して社交の場へ連れていけないだろう・・・しかし・・・)




シルビオの心の中で、天使と悪魔がささやきあう。




(どちらにせよ、すぐには決められない)




この話は、保留に・・・と言いかけたところで、女主人が口を開いた。




「私はこの子の義理の母なのですけれど、どうも娘と気が合わなくて。


それならば早くに自立してもらおうと考えているのです。


シルビオ様も娘もまだ年若いですから、結婚したものの、やはり考え方が合わないということもありましょう。




その時は離縁していただければよいのです。」




シルビオは思わず目を見開いた。




(離縁だって?!最初から別れること前提なのか?…義理の母と言ったな。厄介払いをしたいというところか。)




「それから、遺産が相続され次第、鉱山の権利はわたくしに譲ると一筆書いていただければ、残りの資産はすべて差し上げますわ。」




こちらが資産一覧です、と女主人がだした目録を見ると、鉱山を抜いても現金だけでめまいのしそうな金額だ。それに加えて、農地や牧場など領地の権利が丸ごとある。






女は意味ありげに微笑んで、


「もし、お心が決まったなら、今すぐこの子をお連れになって結構ですのよ。」




いや・・・といいかけたところで、


「こんなに資産のある娘ですもの、明日には、他の方にもらわれているかもしれませんけどね。」


そういうと、女はニヤッとわらった。




(今日、今、決めるしかないということか・・・)




その時、使用人が女主人を呼びに来た。




「ちょっと、失礼しますね。」


愛想笑いを残して、女主人はいそいそと席を立つ。




玄関ホールで女主人を呼ぶ若い男の声がした。


(愛人か・・・いよいよ娘は厄介なはずだ)


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