夏祭り
8月下旬、夏期講習のあと部活を終えた帰り道、裕太はいつもように浩ちゃんと学校から帰っていた。
「裕ちゃん、明日の夜って何か予定ある?」
「夏休みの宿題やる以外、特に何もないけど」
「まだ、宿題終わってないの?夏祭り行こうと思ったけど、宿題残ってるならやめておいた方が良いみたいね」
浩ちゃんはあきれた表情で言った。浩ちゃんと夏祭り。想像しただけでも胸の鼓動が速くなる。
「宿題、今日中に終わらせるから、一緒に行こうよ」
「それだったらいいけど。浴衣買ってもらったから、着てみたかったんだ」
浩ちゃんも無邪気によろこんでいる。浩ちゃんの浴衣姿。想像しただけでも下半身の血流が良くなるが、浩ちゃんの前で興奮するわけにはいかないので、想像するのは家に帰ってからにしよう。
「裕ちゃん、おはよ。体調悪そうだけど、大丈夫?夏祭り行くのやめておく?」
翌日部活に行く途中、浩ちゃんから心配された。
「寝不足だけだから大丈夫だよ。祭りは絶対に行くよ」
夏休みの宿題を終わらせようと頑張っていたら、日付変わって午前3時過ぎまでかかってしまい、睡眠時間は3時間を切っていた。
睡眠不足で体調がいまいちな状態で、蒸し風呂のような体育館での練習はつらいものがあったが、浩ちゃんとの夏祭りをエネルギーににして乗り切った。
部活を終え昼頃帰ったきた裕太は、昼ご飯を食べたあとに、いったん仮眠をとることにした。
目が覚めると時計を見てみると、時計の針は4時をさしていた。浩ちゃんとは5時の約束だったので、裕太は慌てて準備を始めた。
ボーダーのカットソーに水色のスカートをきて、夕方になって伸びてきた髭を剃った。
「じゃ、お母さん、夏祭りに行ってくるね」
「気を付けてね。」
母に見送られて玄関を出た。エレベータで1階のエントランスに降りると、浴衣姿の浩ちゃんがすでに待っていた。
「ごめん、待った?」
「私も今きたところ。じゃ、行こうか」
浩ちゃんは紺地に花火柄の浴衣を着ていた。いつもの制服姿もかわいいが、浴衣だと一層かわいい。思わず見とれてしまう。
「ちょっと、あんまり見ないでよ」
照れている浩ちゃんもまたかわいい。
バスで夏祭りの会場に着くと、神社の参道に多くの屋台が立ち並らんでいた。いつもはあまり人のいない神社だが、今日はたくさんの人でにぎわっていた。
「御朱印もらいに行こうか?」
浩ちゃんが御朱印帳を見せながら言った。夏祭り限定の御朱印があるみたいで、夏祭りに来たのもそれが目当てのようだ。
下駄になれない浩ちゃんに合わせてゆっくり歩いて、周りの屋台を横目に見ながら神社の本殿へと向かった。
射的の屋台の前に通った時、裕太は興味をもってそちらに視線をむけた。
「浩ちゃん、射的やってみる?」
振り返って浩ちゃんに声をかけたつもりだったが、浩ちゃんの姿はなかった。人が多いので、一瞬目を離した間に浩ちゃんを見失ってしまった。
一瞬だけだったのでそんなに遠くには行っていないはずと思い、紺地の浴衣を目印に浩ちゃんを探すが浴衣姿の人もおおく探すのに苦労する。
しばらく周りをキョロキョロと見渡し、必死に浩ちゃんを探す。それでも見つからず、電話してみようとスマホを取り出そうとしたとき、肩をたたかれた。
「裕ちゃん、どこ行ってたの?」
振り返ってみると浩ちゃんだった。
「ごめん、よそ見してたら見失ってしまった」
「ちゃんとしてよね」
そう言って、浩ちゃんは裕太の手を握った。
手をつなぎながら参道を歩きはじめた。浩ちゃんの手は、細くて滑らかでそれでいて頼もしさを感じる。
少しでもこの幸せな時間を長くしたいと思い、歩く速度がゆっくりになって浩ちゃんよりも遅くなり、自然と浩ちゃんに引っ張られるように歩いている。その引っ張られる感覚が心地いい。
そんな夢心地の気分に浸っていたところ、突然見知らぬ男性二人組に声をかけられた。
「こんばんは、浴衣かわいいね。タコ焼き奢ってあげようか?」
「結構です!」
浩ちゃんがきっぱり断ったにも関わらず、その二人組は「たこ焼きがだめなら、かき氷はどう?」などと食い下がってきている。
声を出せば男とばれる裕太に代わって浩ちゃんが対応しているが、明らかに困った表情となっている。
「つべこべ言わずに、一緒に行こうよ」
しびれを切らしたのか、二人組のうち背の高い方が浩ちゃんの手を引っ張り始めた。浩ちゃんを守らなくてはと思ったが、裕太は怖くて一歩も動けずにいた。
「あんたたち、何やってるの!その子嫌がってるじゃない!」
長身の浴衣姿の女性が、突然裕太たちの間に割って入ってきた。
「あんたには関係ないだろ。それとも、あんたが俺たちを楽しませてくれるのかよ!」
そういって浩ちゃんの手を引っ張っていた男が、その女性の胸倉をつかもうと手を伸ばし始めた。女性は手をよけると、男の足を払った。男は前のめりに倒れてしまった。
「やるのか!」
逆上したもう一人の男が女性の顔を殴ろうと襲い掛かった。女性はすばやく男に近づくと腕をとって、前のめりに倒れていた男の上に一本背負いで投げ飛ばた。
あっという間の出来事にあっけにとられていたが、いつの間にか野次馬に囲まれていた。
「あなたたちは、今のうち逃げて。もうすぐ警備員とか警察とかきて、面倒になるから。デート楽しんでおいで」
女性からそう言われ、お礼もそこそこにその場を離れた。
「あの女の人、カッコよかったね」
神社の本殿までたどり着いたところで、ようやく一息ついた。
「浩ちゃん、ごめん。男だから、本当は私が守らないといけないのに、何もできなかった」
情けない自分が嫌になってしまう。
「いいのよ。男に守ってもらおうと思ってないから。だから裕ちゃんは今のままでいいよ」
「ありがとう。御朱印もらいに行こう」
そう言って裕太は浩ちゃんの手を握り締めた。
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