期末テスト

 いつも通り部活帰り、浩ちゃんと一緒に駅に向かって歩いている。6月後半で日はまだ沈んでおらず、蒸し暑さも残っている。

「浩ちゃんから教えてもらった、涼感キャミソール良いね。暑さがこもらなくて、楽だよ。」

 校則では夏は開襟シャツでもいいことになっているが、浩ちゃんに「女の子はやっぱりリボンでしょ。」といってリボンを付けるように言われた。

 夏服になってから快適な開襟シャツを着始める女子生徒も多いが、リボンにこだわりリボンを付け続けている女子生徒も少なくなく、「リボン派」と呼ばれている。 裕太にリボンを勧めた浩ちゃんも「リボン派」だ。


「女の子って大変だね。暑いのもあるけど、日焼けも気にしないといけないし。」

「冬も寒くてつらいよ。」

 裕太の愚痴にさらに追い打ちをかけるようなことを、浩ちゃんが言ってきた。

「女の子って、なんでそんなに苦労してるの?」

「もちろん、『かわいい』のためよ。でも勘違いしないでね、男子のためにしてるんじゃないからね。」

「じゃ、誰のためなの?」

「自分自身と周りの女子のためよ。」

 勝ち誇った表情で浩ちゃん言った。佳那をはじめ、浩ちゃんの仲の良い友達は、みんなかわいい。周りの女子に合わせてかわいさを維持するのも、苦労があるみたいだ。

「わかったのなら、裕ちゃんも頑張りなさい。」

「はい。わかりました。」

 裕太自身はかわいい女の子になりたいわけではないが、浩ちゃんが裕太のことを「女の子になりたい男子」とおもっているので、それを否定できずに受け入れるしかなかった。


 二人が住んでいるマンションに着き、エレベータを待っている間浩ちゃんが「言い忘れたことがあった。」と話しかけてきた。

「ところで、明日何か予定ある?空いてるなら、一緒に勉強しない?」

 明日の土曜日いつもなら部活があるが、来週に期末テストがあるため今日を最後に部活は1週間お休みとなる。篠ちゃんたちのいつもの勉強グループとは日曜日に学校に集まって勉強会をやることになっているので、土曜日は自分一人で勉強しようと思っていたところだった。

 ちょうどエレベータがきたので、二人で乗り込む。浩ちゃんの3階と裕太の部屋がある5階のボタンを押す。

「じゃ、明日昼ごはんたべて1時ごろ行くね。この前買ったワンピース着てね。」

 言い終えたところでエレベータが3階に着いてドアが開き、浩ちゃんはさわやかな笑顔で言って去っていった。


 家に戻って制服から着替える時に、この前買ったワンピースを取り出してみてみる。大きなレースの襟、スカート部分はプリーツ、共布のリボンベルトもあって、女の子100%って感じだ。

 もし浩ちゃんがこのワンピースを着てデートしてくれたら最高だと思うが、明日着るのは自分だ。試着の時に「かわいい!似合ってる。」と言われたが、裕太の男であるという自意識が躊躇させる。

 

 翌日昼ご飯を食べ終わった後、ワンピースに着替えて鏡で自分の姿を見た。似合っていないわけではないが、かと言ってもかわいいわけでもない。

 外に着ていくわけではないので、あきらめてリビングに行くことにした。

「お母さん、今日これから浩ちゃんが来て、ここで浩ちゃんと勉強するから。何かおやつ頂戴。」

「あら、そのワンピースかわいいね。そうだ、ちょっとこっちにきて。」

 裕太は母に連れらるままに父と母の寝室に連れられて行き、化粧台の前に座らされた。

「せっかくかわいい服着てるし、浩ちゃんも来るならメイクもしよう。」

 母は、そう言いながら裕太の顔にファンデーションを塗り始めた。

 十分後、「もう目をあけてもいいよ。」と母に言われ、アイラインを塗るために閉じていた目を開けると、そこにはいつもの自分のようで違う自分がいた。

「かわいい!」

 思わず叫んでしまった。見とれてしまって鏡の自分の姿にくぎ付けな裕太の様子をみて、満足げな笑みを浮かべる母が鏡越しに見えた。


 約束通りの1時ちょうど、チャイムが鳴った。玄関を開けてみると、浩ちゃんと佳那の姿もあった。

「佳那もきたの?」

 せっかく浩ちゃんと二人っきりで勉強できると思っていたのに、期待が裏切れてしまってがっくりしてしまった。

「男子と二人で同じ部屋で、勉強するわけにはいかないから呼んだの。いけなかった?勝手に呼んでごめんね。」

 浩ちゃんが申し訳なさそうに謝った。まあ常識的に考えればそうだよなと思うし、裕太のことを一応は男として見てくれていることがわかってよかった。


「裕ちゃん、メイクもしたんだ。かわいい!」

 佳那が裕太のメイクに気づきほめてくれた。

「メイクするとますます女の子っぽくなるね。」

 男である裕太に「女の子っぽい」が誉め言葉なのかはともかく、浩ちゃんからも高評価だったのを嬉しく感じた。

「それにワンピースも似合ってるね。でも、やっぱりピンクの方が良かったな。紺色だと、可愛さが半減しちゃう。」

 先週の買い物で浩ちゃんはピンクを買うように勧めてきたが、ピンクに抵抗があった裕太は必死に抵抗して紺色にしてもらった。

 残念がっている浩ちゃんの姿をみると、やっぱり勧められた通りピンクにしておけばよかったのかもと、一瞬考えてしまった。



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