夏服~篠原亮太~

 女の子になりたいと思ったのはいつからだろう。篠原亮太は夏服の制服に着替えながら、自分の記憶を思い返していた。

 5歳か6歳のころ、姉が着ているピンクのスカートが可愛くて、自分も着たいと言ったら、「男だからダメ」と母から言われたのは覚えている。その時初めて、男だとスカートが履けないことを知った。

 制服に着替え終わり、リビングに行き朝食用のパンをトースターに入れ、冷蔵庫から牛乳とヨーグルトを取り出す。共働きの両親、大学生の姉、それぞれ朝出ていく時間がバラバラなので、朝食は自分で準備するのが篠原家の習慣だ。

 今日は土曜日、仕事が休みの両親はまだ寝ている。


 牛乳をコップに注いでいると、起きてきた姉がリビングのドアをあける音がした。

「亮太おはよ。私もパン1枚焼いておいて。」

「わかった。あっ、お姉ちゃんそのスカート、私の!」

 姉は亮太の水色のギンガムチェックのスカートを履いていた。最近買ったお気に入りのスカートだ。

「いいじゃん、あんただって私のスカート履いてたでしょ。それにしても、このスカート可愛いね。亮太、センスいいね。」

 そう言われると、何も言い返せない。小学生のころスカート履きたい衝動が我慢できず、家族が留守の間に姉のスカートを履いていた。それに「センスがいい」と褒めてもらえたので、許すことにした。


 姉と一緒に朝食をとっていると、テレビに亮太が好きな男性アイドルのライブ映像が流れた。姉も好きで、姉の部屋には推しのグッズがたくさんある。

「朝から推しの顔見られて、今日は何かいいことありそう。」

 姉は推しメンを見られたことに喜んでいる。亮太の推しメンの映像は少しだけだったので、ちょっと不満。

 テレビでは続いて、今日から主演の映画が公開される女性アイドルが映っている。亮太は、その可愛さに思わず見とれてしまう。

「亮太は、男が好きなの、女の子が好きなの?」

 画面にくぎ付けになっている亮太の心を見透かし方のように、姉が聞いてきた。初恋の相手は男子だったが、中学時代女子と男子一人ずつを好きになった。今もどちらが好きなのか、自分でもわからない。


 吹奏楽部の練習のために3階の音楽室に向かっている途中で、「おはよ。」と小島さんから挨拶された。今日は市民吹奏楽団の方々が教えに来てくれる日であったことを思い出した。

「小島さん、おはようございます。」

「篠原さん、今日から夏服なんだね。」

 小島さんも涼し気な水色のワンピースを着ている。小島さんも自分と同じように男だけど、女性として生活している。その親近感もあるのか、担当の楽器は違う自分にも親しく声をかけてくれる。

「小島さん、よかったら部活終わった後、少し話してもいいですか?」

「いいよ。一緒にお昼食べながらでもいい?」

 部活の後の楽しみができた。今日も頑張れそうだ。


 部活が終わった後同級生の誘いを断り、小島さんと待ち合わせしているファミレスへと向かった。

 ファミレスに入ると小島さんはすでにきており、亮太の姿を見つけてくれて手を振ってくれた。

「片付けがあって遅れちゃって、すみません。」

「気にしなくていいよ。いろいろあるだろうし、私車できてるから、その分早く着いただけだから。お腹すいたね、とりあえず注文しようか?」

 誘っておいて待たせてしまったのに、小島さんは気にする様子もなくメニューを見るためにタブレットを操作しはじめた。


「私は日替わり和定食にするけど、篠原さんは何にする?」

「私は日替わりの洋定食でお願いします。」

 小島さんに言われ慌ててメニューを選び、タブレットで注文を終えた。

「それで、話って何?」

「私高校に入学するまでは、自分の事トランスジェンダーと思っていたんですけど、最近はそうじゃないと思えるようになって、ちょっと悩んでるです。」

 中学時代はスカート履きたい、男子が好きだから自分のことをトランスジェンダーと思っていたが、中学3年のころクラスの女子を好きになったあたりで少し迷いが生じてきた。

 高校に入って、自分のことを男とわかったうえで女性の姿で生きている担任の本田先生をみて、さらにわからなくなってきた。

 自分はただスカート履きたいだけで、女の子になりたい訳ではないのかも知れない。


 そこまで小島さんに話したところで、注文した料理が届いた。

「なるほどね。話してくれてありがとう。まあ、とりあえずご飯食べよう。」

 小島さんに促されて洋定食のハンバーグを食べることにした。

「そこまで、男と女についてきっちり分けて考えなくてもいいんじゃない?」

 半分くらい食べ終わったあと、小島さんが話しかけてきた。

「こんな格好してるけど、私も自分の事男だと思ってる。」

「そうなんですか。彼氏さんもいるし、女性らしいし、小島さんは心も女性なんだなとおもっていました。」

「ううん。彼氏が女の子の格好をしている私のことを好きだから、彼氏が望む姿をしているだけだよ。」

 小島さんは、女の子の格好をすることになった経緯を話してくれた。


「スカート履きたいから女子、男子が好きだから女子って決めつけなくてもいいんじゃない?女子でもスカート履かない人もいるし、女子でも女子の事好きな人もいるでしょ。」

 言われてみればその通りだ。

「男と女の間に境界線はないと思うし、男子だからと言ってもカッコイイじゃなくて、カワイイを目指しても良いと思うよ。」

 そう言われて、少し救われた気持ちになる。トランスジェンダーについて調べると、自分の体が嫌で傷つけたとか、体育の時間に着替えるところを同級生にみられるのが嫌など、トランスジェンダーの苦労が出てくるが、自分には当てはまらず中途半端な自分に嫌気がしていた。

 中途半端なままで良いと言われると、初めて自分を肯定できた気持ちになる。

「ありがとうございます。」

「そう、篠原さんは笑っていたほうがカワイイよ。」

 小島さんの笑顔も一層可愛く見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る