試験勉強
吉川さんもグループに加わって、勉強を始めることにした。裕太は英語のノートを取り出して、疑問に思っていたことを吉川さんに質問した。
「吉川さん、構文の第4文型と第5文型ってどうやって見分けるの?」
「目的語と補語が等しい関係かどうかで見分けたらわかりやすいよ。」
意外と優しく教えてくれる。ちょっと安心したと思ったが、吉川さんは続けて口を開いた。
「って、授業中先生が言ってたと思うけど、聞いてなかったの?」
「ごめん。」
やっぱり嫌われてるんだろうか?いまいち吉川さんのことがわからない。
篠ちゃんや橋本さんが吉川さんに質問した時は、優しく教えるだけなのに、裕太が聞いた時だけ一言多いコメントがついてくる。
「吉川さん、裕ちゃんだけに攻撃的になるのはやめなよ。」
橋本さんが注意してくれた。
「ごめん、松下さん見るとつい言葉に出ちゃう。やっぱり、一緒に勉強しない方がいいみたい。」
吉川さんの申し訳なさそうな表情からすると、心底嫌われているわけではなさそうだ。
「私なら大丈夫だから。それに教えてもらえて助かってるから、一緒に勉強しよう。」
「ありがとう。」
裕太に対する態度をみると何か事情があり気になるが、もう少し仲良くなってから聞いたほうがよさそうだ。今は勉強と切り替えて、勉強を続けた。
完全下校のチャイムが鳴ったところで、勉強道具を片付け始めた。
「明日どうする?まだ古文も数学もあるから、集まりたいけど、みんなどう?」
「私予定ないから、大丈夫。裕ちゃんは?」
明日は土曜日で学校も部活も休みだが、テストのため勉強してくる生徒のため学校は開いている。
「私も大丈夫だよ。」
裕太もいつも部活の土曜日に予定はなく、家で一人で勉強する自信もないので、学校までくる手間はあるがみんなで集まった方が助かる。
「あの~、私も来ていい?漢文苦手だから、誰か教えて。」
吉川さんが遠慮がちに話しかけてきた。
「もちろん、いいよ。」
あまり表情に出さないが、みんなと一緒に勉強してよかったと思っているみたいだ。
翌日、午前中に古文・漢文のテスト勉強終えた後、お昼ご飯を食べながら休憩をとることにした。裕太は学校に来る途中に買ってきたサンドイッチとお茶を取り出した。
お昼ご飯を食べ始めるとテスト勉強のことをしばし忘れて、会話が弾んでくる。吉川さんも少しずつ打ち解けてきたようだ。最初は反対していた橋本さんも何回か教えあっているうちに、わだかまりもなくなってきている。
「お菓子持ってきたんだった。みんな食べる?」
吉川さんがお菓子をテーブルに置いた。
「ありがとう。ひょっとして、吉川さんって良い人?」
篠ちゃんが一つお菓子をとり、口に入れた。
「入学式の時、あんなことがあって友達出来なくて、誘ってくれて嬉しかったから、そのお礼。ちょうどあの時期、いろいろあって荒れてたから。」
「何かあったの?よかったら話して。」
裕太の問いかけに一瞬間が空いたあと、吉川さんが話し始めた。
「4つ上のお兄ちゃんがいて、かっこよくて、サッカーも上手くて、成績も良くて勉強も教えてもらっていたし、みんなからも「お兄ちゃんカッコいいね」って言われて、自慢のお兄ちゃんだったの。」
「だったのって、過去形?」
微妙な言い回しを篠ちゃんが指摘した。
「去年の12月、冬休みに塾の冬期講習に行っていったんだけど、気分悪くなって途中で家に戻ったら、スカート履いた兄がいて、びっくりしちゃった。聞いたら、女装趣味があって前から家族がいないときに、こっそり女装していたんだって。」
「確かにそれはショックだね。」
橋本さんは同情した表情で相槌をうった。
「そうなの。自慢のお兄ちゃんだったのにショックで、親に言ってお兄ちゃんの女装やめさせようと思ったけど、『やめさせようとしても、隠れてやるだけだから』って認めちゃって。」
「それで、いまでも女装してるの?」
篠ちゃんの質問に、吉川さんがうんざりした表情になった。
「親が認めたことで堂々とするようになって、今日も朝から嬉しそうに女装してた。」
裕太は吉川さんが女装した男を嫌っている理由を知ったが、こんなときどんなことを言えばいいか言葉が見つからなかった。
「受験直前だったから志望校変えるわけにはいかなかったし、そのショックでここ以外不合格だったから、イライラしちゃって入学式の時あんなこと言ってしまって後悔してる。」
「話してくれてありがとう。」
押し黙った裕太と篠ちゃんに代わって、橋本さんが声をかけてくれた。こんなとき、そういえばいいのかと妙に感心してしまう。
「でも、吉川さんのお兄さんは変わらず優しいんでしょ。」
「まあ、そうだけど。昨日も勉強教えてもらったし。」
「なら、それでいいんじゃない?吉川さんが好きだったお兄さんは、『優しい兄』だったの?それとも『みんなに自慢できる兄』だったの?」
橋本さんの言葉を聞いて、吉川さんは何かに気づいたような表情になった。
「そうだね。スカート履いても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね。自分の理想をお兄ちゃんに押し付けていたことに気づいたよ。ありがとう、佳那。」
「日奈、つらいこと話してくれてありがとう。」
佳那が日奈を抱きしめていた。裕太の席を挟んでいがみ合っていた2人が、仲良くなってくれて良かった。
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