男子生徒
裕太は昨日普通に登校できたことで余裕が生まれ、二日目の朝は初日ほど憂鬱な気持ちにはならず、スカートの制服に着替えることができた。
昨日と同じように迎えに来てくれた浩ちゃんと、一緒に駅に向かい始めた。スカートの頼りなさは相変わらずだが、これもそのうち慣れるだろうと思える余裕も出てきた。
隣を歩いている浩ちゃんが、思い出した様子で話しかけてきた。
「裕ちゃんは、部活何するか決めた?」
男子生徒が1学年20名程度しかいない白石高校は、男子の部活動はあまり活発ではない。運動系は個人競技の陸上や卓球ぐらいだし、文化系も写真部や吹奏楽部に数名いる程度みたいだ。
「いやまだ考えてなかったけど、浩ちゃんはバレー続けるの?」
「そうだよ。うちの学校、割と強いみたいよ。」
裕ちゃんは中学校でもやっていたバレーボールを続けるみたいだ。
「そうだ、裕ちゃんもバレー部入りなよ。」
「えっ、男子もあるの?」
昨日配られた部活動紹介の資料には男子バレー部はなかったはずだ。
「ないけど、マネージャとしてよ。」
意外な提案だったが、クラスが違う浩ちゃんと会う時間を増やすためには同じ部活に入った方がいいのも確かだ。
「男子でも大丈夫かな?」
「わかんないけど、今日見学に行ってみよ。」
「松下さん、おはよ。」
教室に入ると、篠原亮太から挨拶された。彼の制服もスカートで、同じハクジョ男子同士で親近感を持っているようで、昨日からよく話しかけてくれる。
「斎藤さんも、おはよ。」
このクラスのもう一人の男子生徒である斎藤卓也も教室に入ってきた。彼は昨日とおなじようにネクタイにスラックスと普通の男子制服だった。
「篠原さんは今日もスカートなんだね。」
「この制服にずっと憧れてたからね。やっと着られるようになって嬉しい。」
裕太の問いかけに、篠原さんは嬉しそうにスカートのつまんでプリーツを広げている。
「篠原さんは、女の子になりたかったの?」
「うん、まだはっきりと診断受けたわけじゃないけど、男子の方が好きだし、ズボンよりもスカートの方が好きだから多分そうなんだと思う。」
篠原さんは、トランスジェンダーのようだ。
「この学校なら、スカート履いてもオカマとか呼ばれていじめられることないし、合格できて良かった。」
嬉しそうに話す篠原さんは、本当の女子のように仕草も女の子っぽい。
「松下さんは?見た感じ、心は男だけどスカート履きたい男の娘っぽいけど、合ってる?」
「まぁ、そんな感じかな。斎藤さんは、スカート履かないの?」
実際は好きでスカート履いているのは訳ではないのだが、好きな子のためにスカートを履いているとは言えないので話を合わせつつ、ボロが出ないうちに他の人に話題を移すことにした。
「別にスカート履きたい訳ではないから、2年生になるまで履かないと思う。」
「じゃ、なんでこの学校きたの?」
「進学実績がいいからだよ。制服がスカートでも、2年生の一年間だけ我慢すればいいだけから。」
斎藤さんのスタンスは、進学実績と好きな子と一緒の学校に行きたいの差はあるが、スカートを一年間の我慢と考えるのは、入学前の裕太と一緒だった。
本来、裕太もおなじように2年生の一年間のみ我慢する予定だったが、浩ちゃんのおせっかいで3年間の我慢になってしまった。でも、おかげで二人の距離が縮まったこともあり、悪いことばかりではないので複雑な心境だ。
帰りのホームルームが終わり、鞄に教科書などをしまっていると、浩ちゃんが遠慮がちに教室に入ってきた。
「裕ちゃん、部活見学に行こう。」
浩ちゃんが裕太の手を引っ張った。思いがけず、手がつながったことにドキッとした。とはいえ喜びに浸っている暇はなく、浩ちゃんに引きずられるように教室を出た。
体育館に入ると、バレー部の部員がネットを張るなど準備をしていた。楽しそうに話しながら準備をしている雰囲気に、あまり厳しそうな部活でないみたいで安心した。
「すみません、1年生なんですが見学させてもらっていいですか?」
浩ちゃんは物怖じせずにバレー部の先輩たちに声をかけた。
「いいよ。経験者?」
「中学の頃は、ウイングスパイカーやってました。あっ、この子はマネージャ志望です。」
浩ちゃんは、裕太の背中を押しながら言った。
「男子だから、ダメですよね。」
初日に堂々と男であることを話した本田先生と違い、男子であることを伝えるだけで恥ずかしくなってくる。
「マネージャなら、別に気にしないよ。」
あっさり受け入れられた。
「よかったね、裕ちゃん。」
浩ちゃんは喜んでいるが、よく考えてみると20人以上いるバレー部で男子一人でやっていくと思うとちょっと不安になってしまう。
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