初登校

 入学式の朝、裕太は制服に着替え姿見の前に立っていた。髪を女の子らしくカットしたこともあり、ぱっと見女の子には見える程度にはなったと思う。

 買い物に行って以来、時々浩ちゃんが裕太の家に遊びに来るようになり、そのたびにスカートを履かされ女の子らしい仕草の教えられた。再三スカートでの外出も勧められたがその勇気はまだなく、今日がスカートでの初外出になってしまった。


 7時半になったところでチャイムが鳴った。

「裕太、有川さんが迎えに来たよ。」

 覚悟を決め玄関に行き、ドアを開けた。

「浩ちゃん、おはよう。」

「裕ちゃん、おはよう。かわいい、制服似合ってるよ。」

 浩ちゃんは褒めてくれたが、当たり前であるがあきらかに浩ちゃんの方がかわいい。憧れの浩ちゃんと一緒に学校に行けることは本来嬉しいことであるはずだが、自分もスカートであることがその嬉しさを打ち消している。

「今日からスカートじゃないとダメかな?」

「女の子になりたかったんでしょ。今日からスカートにしていないと、タイミング逃して、2年生になるまでスカート履けなくなるよ。」

 2年になるまで履けなくなっても構わないのだが、思いを寄せている浩ちゃんに反論することははばかられて、スカートでの登校が決まってしまった。


 マンションから駅まで歩いて10分ちょっと。その距離が今日は果てしなく遠く感じる。すれ違う人、後ろを歩いている人、みんなが自分を見ているような錯覚に感じる。風が吹くと朝のまだ冷たい外気が直接太ももにあたり、スカートの頼りなさが心配になる。

「恥ずかしがって猫背にしている方が目立つよ。教えた通り、歩いていれば大丈夫だから。」

 浩ちゃんは励ましてくれるが、それでも恥ずかしい。やっと思いで駅にたどり着き、電車に乗り込んだ。


 一瞬すれ違うだけの街中と違い、電車の中だとじっくり見られているようで余計に落ち着かない。窓際の方を向いて、早く電車が着くことを祈るしかない。

「大丈夫よ。みんなスマホ見てるだけだから、気づかれないよ。」

 裕太の心中を察した浩ちゃんが励ましてくれた。今まで浩ちゃんは憧れの存在だったが、次第に頼れるお姉さんのように感じてきた。


 学校の最寄り駅についてしまえば、同じ白石高校の生徒に混じってしまうので、家を出てからの緊張感は少し和らいだ。駅から数分歩いて学校に着いた。

 学校の入り口に貼ってあるクラス割をみて、自分のクラスを確認した。

「残念、浩ちゃんと違うクラスだ。」

 8クラスもあるから同じクラスである確率が低いのはわかるが、頼りがいを感じていた裕ちゃんと離れるのは不安でしかない。

「じゃ、帰りも一緒に帰ろうね。」

 浩ちゃんは2組の教室に入っていき、裕太も自分の5組の教室へとドキドキしながら入った。


 裕太は五十音順に決められた席を確認すると、制服のスカートがしわにならないように抑えながら座った。

「男子なのに、スカートなの。」

 裕太はいきなり左隣の席の女子から、敵意のあるトーンで話しかけられた。名簿で確認すると、吉川日奈という名前みたいで、一見おとなしそうな外見とちがい、攻撃的な姿勢におどろいた。

「校則で男子もスカートだから・・・」

 吉川さんの勢いに押されて、裕太は口ごもりながら小声で反論した。

「制服がスカートなのは2年生からでしょ。なんで1年のうちから、スカートなの?女装趣味?キモい。」

 いままで浩ちゃんを初めて、買い物であった店員さんや美容師さんもみんな好意的な人だったが、裕太がスカート履いていることに嫌悪感を抱く人に初めて出会いショックを受けた。


「そんな言い方ないんじゃない!」

 裕太と吉川さんの話を聞いていた、裕太の右隣の女の子が会話に加わってきた。名簿で確認すると橋本佳那という名前で、ショートカットで活発そうな感じをうける。

「だいたい、スカート履いた男子が嫌なら、なんでこの学校にきてるのよ。」

「家から通える範囲に女子高がなかったから、一番女子比率の多いこの学校にしただけよ。」

 裕太の席を挟んで二人の女子が言い合っている。争いごとの嫌いな平和主義な裕太にとって、いがみ合う姿をみるのはつらい。


「おはようございます。」

 担任と思われる長身の女性が教室に入ってきたこともあり、吉川さんと橋本さんの争いも休戦となった。グレーのジャケットに黒のロングスカートを着た先生は、黒板に名前を書いて自己紹介を始めた。

「1年5組の担任の本田圭佑です。」

 見た感じ女性、しかも美人とすら思っていた先生が、名前からして男性であることに教室の生徒みんな驚きを隠せない。

「私もこの学校出身で、名前から見てわかるように男性です。教科は数学を担当します。1年間よろしくお願いします。」

 男であることに恥じらう様子のなく自己紹介を続ける先生と、朝から男とばれないかばかりを心配していた自分とを比べてしまう。


「先生はなんで男性なのにスカート履いてるんですか?」

 隣の吉川さんが、先ほど裕太に絡んできたのと同じ調子で先生にも絡んでいった。

「吉川さんは、スカートは女性だけのものと思ってるの?」

「そうだと思いますけど。トランスジェンダーで、心が女性でスカート履いているならまだ理解できますが、先生はそうじゃないみたいですし、男性のままでスカート履くのは変だと思います。」

 初対面の、しかも担任の先生相手に真っ向から敵意むき出しで話す吉川さんに対して、本田先生は子供に話しかけるように優しい口調で語りかけた。

「吉川さん、女装して女性更衣室に侵入して盗撮する人もいるから、女性の世界に男性が入ってきて平和な世界が壊れることを警戒する気持ちはわかります。でも、男性がスカート履いて女性の滑降すること自体は法には触れません。なので、吉川さんにそれを止める権利はないことだけはわかっておいてください。」


 吉川さんはまだ納得いかない表情だったが、入学式の時間も迫っていたので、しぶしぶ席に座った。そして本田先生も何事もなかったように、この後のスケジュールについて事務連絡を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る