第35話

 難しい質問だ。


「どっちが多いの?」


「どっちって?」


「男としての女としてのわたしの比率よ」


 これは智樹自身もよく考えていたことだ。


「姉さんの90%は姉さんだけど……」


「それなら安心よ。 何も家を出て行くことなんてないじゃない。わたしだってあなたのこと10%ぐらいは男の子だと思ってるわよ。だからって、あなたを襲おうなんて考えないわ」


「全然安心できないよ。もう90%は1人の女性だから」


「もう90%って何よ? それじゃあ合計して180%になっちゃうじゃないの?」


「だから、2人の姉さんがいるって言っただろ」


 優奈は智樹にとっての姉である。だが、その前に一人の女でもあるのだ。 そして、1人の女性として愛そうとすると姉弟の禁忌が無いわけでもないのだ。姉と優奈という二人の女性の間で揺れ動く心が今の智樹なのだから。


「でも、お姉ちゃんとしては、弟にはしっかりしていてほしいけどね」


 そう言って微笑む姿も、智樹にとっては姉のものだった。


「ごめん。 だから、おれはこの家を出るしかないと思うんだ」


 姉は目を閉じた。立ったまま、何か考え事をしているように見えた。


「仕方ないわ」


「え?」


 弟にはすぐに姉の言葉の意味が理解できなかった。


「とにかく、あなたがこの家を出るのはダメだから」


 目を閉じたまま姉は言葉を続ける。


「でも、それじゃあ、姉さんが危険に」


「だから、仕方ないと言ったのよ」


 ようやく、智樹にも姉の言いたいことがわかってきた。姉は弟を守るためなら自分の身を犠牲にすることも辞さないと言っているのだ。しかし、それはあまりにも無謀なことのように思える。姉一人の力で何とかなるとは思えない。


「おれがしっかりしてればいいんだろうけど、もう無理なんだよ。このままじゃ、姉さんを傷つけてしまうって」


 今度の姉の返事には少し間があった。


 やがて、ゆっくりと目を開けると、彼女は弟の方に視線を向けた。そして、静かな声でこう言った。


「それでも、あなたが出て行かなければいけない理由にはならないわ」


「離れ離れになってしまった家族が、もう一度元に戻れて、わたしは幸せだったのよ。その幸せを失いたくないわ」


「おれが姉さんを邪な目で見ていてもか?」


 姉の表情が変わった。怒ったような顔になった。だが、それも一瞬のことだった。すぐにまた元の穏やかな笑顔に戻る。そして、優しく諭すように言う。


「たとえ、あなたにHなことをされたとしても、それであなたを嫌いにはならないわ」


 それはいつもの彼女の声だったが、智樹の心に強く響いた。まるで、それが魔法の呪文であるかのように……

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