第33話
それは嫌だと思った。たとえ二度と会えなくなっても、姉弟として過ごした日々を失いたくはなかった。
そう思うと悲しくなってきた。泣きそうになるのを必死に耐えながら考える。
「そうだ! 引っ越ししよう!」
それが名案のように思えた。とりあえずどこか遠くへ行けばこの気持ちも落ち着くはずだ。
問題はどこに引っ越すかということなのだが……。
そこまで考えたところで、部屋の扉が開いた。智樹は驚いてそちらを振り返る。そこには姉の姿が有った。
姉はパジャマ姿のまま部屋に入って来ると、ベッドの縁に腰掛けた。
そしてじっとこちらの顔を見つめてくる。
智樹は緊張しながら尋ねた。
「ど、どうしたの? 姉さん」
「それはこっちのセリフよ。どうしたの、朝から騒いで。わたしの部屋まで聞こえてきたわよ」
姉は少し心配そうな顔をしていた。その顔を見て胸の奥がきゅっと痛くなる。
そんな表情を浮かべて欲しくなかった。だからつい言ってしまう。
本当は言うつもりは無かったのだけれど……気がついたら口を開いていた。
「姉さんのことが好きだ」
姉の表情に変化は無い。
「わたしもあなたのことが好きよ」
(ちがう、そう言うことじゃないんだ)
「姉さん、薄々気づかれてると思ってるんだけど、おれは姉弟としてじゃなく、姉さんのことが好きなんだ」
姉の顔が赤らんだ。視線が泳ぐ。彼女は動揺しているようだった。
「な、何を言ってるの?」
「本当のことを言っただけだよ」
「そ、そういう冗談はやめてよね。ちょっとびっくりするじゃない……」
姉は困ったような笑みを浮かべた。その心中は、
(違うんだよ。こんな風に誤魔化すために言いたいわけじゃないの。でも何と言えばいいのかわからない。
しばらく沈黙が続いたあとで、姉はぽつりと言った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられない」
予想通りの答えだった。しかし実際に言われると弟にとってショックは大きく、心臓が激しく脈打つ。息苦しさを感じた。
「ショックだわ」
それはそうだろうけれども。
「あなたは、わたしのことをお姉ちゃんとは思えないってことなの?」
声が少し涙ぐんでいた、
「わたし、寂しい」
「いや、決してそんなつもりじゃ」
それは唐突な告白に対する忌避感ではなかった。
「智樹にとってわたしは姉と思えないっての!?」
少し怒りを孕んだ声でもあった。
「そんなことないって!」
「じゃあ、どんなつもりなのよ?」
なんと説明したものか。もちろん、優奈を姉として敬っていることには変わりない。
「おれの中には二人の姉さんがいるんだよ」
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