第5話 教室の二人

 翌日は月曜日。


 香介は学校へと向かう。三田にある中高一貫の私立中学だ。名門大学の併設校で、内部進学もできるから、中学受験での人気はかなり高い。


 香介も、そして真夜も、その受験をくぐり抜けてきたわけだ。幸い、学校は香介の将棋活動に理解もしてくれていて、多少欠席してもなんとかなる。そういう学校を選んだのだ。


 もっとも、今の奨励会は原則日曜に行われるから、通学への影響はほぼないけれど。


 香介が教室に入ると、窓際の席に人だかりができていた。香介は廊下側なので、前の席の友人・大木に聞くことにした。名前のとおり、体格の良い少年だ。


「なにあれ?」


「香介の方がよく知っているだろ?」


「どういうこと? ……あっ」


 人だかりの中心にいたのは、真夜だった。香介と真夜はクラスも同じなのだ。


「新聞に載ってたからって、他クラスの女子たちも来て騒いでいるんだよ」


「なるほどね」


 奨励会三段昇段のことが、ニュースになったのだ。

 真夜は大勢の女子に取り囲まれていた。昨日と違って、真夜は比較的落ち着いていた。大人を相手にするのと、同い年の少女たちを相手にするのとでは、勝手が違うのだろう。


「すごいね、一ノ瀬さん!」


「将棋のプロになるんだ!」


 口々に彼女たちは言う。

 真夜は首をかしげた。


「まだプロになっていないから、そんなにすごくはないよ」


「でも、ほら、スマホのニュースでもトップに出ているし!」


 少女の一人がスマホを真夜に向けて見せる。


 中学生の少女が奨励会三段にまでなるのは異例のことだ。それが真夜のような美少女なら、マスコミはこぞって記事にして書き立てるだろう。


 香介でもそのことは想像がついた。

 真夜は首をふるふると横に振った。


「わたしは……まだ、すごくないから、すごい人の隣に立てるように頑張らないといけないの」


 そう言って、真夜は詰将棋の問題集の本を開いてしまった。無愛想というほどではないが、真夜は友達もいないし、浮いた存在だ。


 でも、同級生の女子たちはまだ諦めていないようだった。


「ね、これ。朝宮くんでしょ? ツーショットだ!」


 あの写真が記事に載ってしまったらしい。香介は天を仰いだ。

 初めて、真夜は少し動揺したような、恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「その……それは……」


「ね、一ノ瀬さん、朝宮くんと仲良いの?」


 真夜は香介をちらりと見た。そして、初めて笑みを浮かべる。


「朝宮くんは、将棋がとても強いの。わたしよりずっと。だから、尊敬してる」


 真夜はよく通る声でそう言った。

 香介は息が止まるほど驚いた。真夜がそんなふうに思っていたとは知らなかった。


 奨励会入会試験のときに、香介は真夜に負けているのに。

 でも、香介は真夜の言葉が嬉しかった。少し、失った自信が取り戻せた気がする。


 女子たちは真夜の言葉に満足せず、「朝宮くんのこと好きだったりしないの?」なんて聞いている。

 なんでもかんでも恋愛話につなげたいらしい。


 真夜はちょっと顔を赤くして、なにか返事をしていたが、今度は小声だったので聞き取れなかった。

 きゃあっと女子たちが嬉しそうな声を上げる。いったい、真夜はなんと答えたのだろう?


 気になったが、それより、真夜が香介のことを認めてくれていたことが嬉しかった。

 真夜が注目されていたのは、朝の最初の時間だけだ。


 それ以外の休み時間は、真夜は詰将棋の問題集か、あるいは難しそうなSF小説を読んでいた。


 孤高の天才美少女という風格がある。やっぱり容姿が優れているのはずるい。


 香介は天才というかっこよい見た目はしていないのだ。

 そう大木に言うと、彼は首をかしげた。


「香介も見てくれは悪くないと思うが」


「そうかな」


「一ノ瀬さんとツーショットを取って格好がつくぐらいには、な」


 にやりと大木は笑う。

 香介は肩をすくめた。そして、スマホに目を落とす。


 そこには記者からもらった、香介と真夜の写真があった。写真のなかの真夜はやっぱり美少女で、そして照れたような表情で、香介の袖を握っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤高の天才美少女棋士は、最大のライバルの俺にだけ甘えてくる 軽井広💞諸々発売中! @karuihiroshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ