第4話 女子とふたりきりで帰るなんて……
香介は、真夜の予想外の行動に戸惑った。
知らない大人たちに囲まれて、よほど心細かったのだろうか。
記者たちは顔を見合わせる。「これはこれであり」と彼ら彼女らの顔には書いてあった。
パシャパシャと写真を撮る。結果、香介の袖を指先で握る真夜、というツーショットが撮られてしまった。
これでは本当に親しい仲だと誤解されかねない。
香介が真夜をちらりと見ると、真夜は恥ずかしそうに視線をそらした。そして、香介の袖からぱっと指を放す。
その状態で、記者たちは写真を撮ってくれた。
「二人は仲がいいんですか?」
若い女性記者が笑顔で香介に問う。香介は困った。仲が良いというのも事実に反するし、かといって「全然仲良くないです」と答えるのも角が立ちそうだ。
「同じ棋士を目指す仲間ですよ」
香介は無難な答えを返す。そこからさらに質問攻めにされそうだったので、真夜に予定があるという最初の答えを繰り返し、なんとか切り抜けた。
真夜は「えっと……」とつぶやきながら、立っていたので、香介は迷ってから、その手を握り、手を引いた。
「あっ……」
真夜が小さな声を上げる。記者たちは微笑ましいものを見るように、香介と真夜を見ていた。「やるね、少年」なんて言う女性記者もいる。
(俺だって恥ずかしいのに……)
なんでこんな目に合わないといけないのか、と香介は思った。
真夜の手は小さくて、ひんやりしていた。
自分がどきどきしていることに、香介は気づく。真夜は見た目はとても可愛い女の子だから、仕方がないと自分に言い聞かせた。
やがて将棋会館の外に出ると、もうあたりはすっかり暗くなっていた。
「あの……わたしの予定って何?」
「ああ、あれは方便だよ。一ノ瀬さんが困ってたみたいだから」
そう言うと、真夜は目を瞬かせ、可愛らしく小首をかしげた。
「そうなんだ……」
「余計なことをしたなら、ごめん」
「ううん、ありがとう」
そう言って、真夜ははにかんだような笑みを浮かべた。
その可愛い表情に香介はどきりとする。普段、遠目に見る真夜は無口で無表情なのに、今日はどうして表情豊かなのだろう。
「そういえば、三段昇段、おめでとう」
「うん。来月からは一緒に戦えるね」
真夜は弾んだ声で言い、それからはっとした表情をする。
香介がプロ入りを逃したことを思い出したらしい。無神経な発言だと気づける程度には、真夜は普通の女の子のようだった。
(普段は何を考えているかもわからないからね……)
香介は肩をすくめた。
「気にしなくていいよ」
「えっと、あの……」
「帰ろっか」
それから、二人は千駄ヶ谷の駅まで黙って歩いた。
香介の少し後ろを真夜がとてとてとついてくる。互いに共通の話題はいくらでもあるはずだ。
将棋のこともそうだし、学校だって同じなのだから。
けれど、二人は何も話さなかった。同い年の女の子と二人で並んで帰るなんて初めてだ。
何を、どういうふうに話せばよいか、香介はわからなかった。
しかも、相手は香介がもっとも恐れている「ライバル」なのだから。
真夜は孤高の少女というイメージだった。無愛想や冷たいというわけではないが、誰とも距離を置いているし、一人が平気で楽というタイプだと思っていた。
だけど、今日はずいぶん頼りなそうな印象だ。
それは香介の前だからなのだろうか。
(自意識過剰かな……)
やがて駅に着く。香介と真夜は中央線の逆方向に乗ることになるらしい。
「それじゃ」
香介が手を上げると、真夜はじっと香介を見つめた。
そんな真夜が何を考えているのか、いや、何を望んでいるのか、つい香介は考えてしまい、言葉を紡ぐ。
「また学校でもよろしく。それに……将棋もお互い頑張ろう」
「うん。二人で一緒にプロになれるといいね」
真夜はそう言って、ふわりと可憐に微笑んだ。
香介はどくんと心臓が跳ねるのを感じる。
真夜は小さく手を上げると、ホームへの階段を上がっていった。スカートが翻るのに気づき、香介は慌てて目をそらす。
ただでさえ、香介は真夜が苦手だった。
このうえ、さらに真夜を異性として意識してしまえば、どうなるか。
きっと香介は真夜に勝てないだろう。
それなのに、同い年の美少女に、笑顔を向けられたことが嬉しくて……。
香介は気持ちの整理ができないまま、家への帰路へとついた。
<あとがき>
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