かえる
林雷巣
第1話
蛙が泣いている。
これから起こる不吉なことを暗示するかのように。
「げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ……。」
どうしてにげてくれないんですか?と責めるように、「げこげこ、げこげこ、と。」
あぁ、もう時間がない。
早くしなければ、あいつがやってくる。
「げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ。」
自分はもう手遅れなのだろうか?
「げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ、にげろ、にげろ、げこげこ、げこげこ。」
どうすればいい?「 げこげこ、げこげこ。」
ああもう、げこげこうるさいな。
泣きたいのは自分だって同じなのに。
早く行かなきゃ、逃げなきゃいけないのに! その瞬間、カエルが一斉に泣き止んだ。
猛獣の目の前にいるウサギのように、息を殺して.....どうか、見つかりませんように....とでもいうように。
そういえば、さっきからずっと視線を感じていたような気がする。
思えば、足音が一つ多くないか?違和感を一つ覚えると全てに違和感を覚えてしまう。
だけど、田舎なので、後ろを歩く人がいればわかるはずだ。気のせいであってほしい。お願いだから、誰かそうだと言ってくれよ。
ホラー漫画で、背後を振り向いたら顔だけの何かがいたシーンをふと思い出した。
まさかそんなことあるわけないよな?きっと何か別のものだろう、反響しているだけだ。そうだ、そうだとも。そうに違いない! だが、振り向くのには相当の勇気がいるものだ。怖いけれど確認しなければならないという矛盾した感情。恐怖
心を少しでも紛らわせるために、深呼吸をする。
よしっ! 振り向いた先にいたものは…………. *******
真夏だというのに空気はひんやりとしはじめ、木々の葉っぱもカサコソとは言わずカサカサッと音を立てて動く。
風もないというのにだ。そして次第に、鳥たちが、鳴き、一斉に飛び立った。
だというのに、自分の足は意志に反して動いてはくれなかった。まるで地面に根っこでも生えたみたいに動かないのだ。
ただ目だけがしっかりと、その景色を捉えている。今この瞬間にも、それはどんどん近づいてくる気がする。
認識はできても理解ができない。
なぜ?
どうしてここにいるのか? なんのために来た?何しに来たんだ? どうして、どうして…………. ぐるぐると頭の中が掻き乱される感覚に襲われる。思考がまとまらないうちにそれはやってきた。
そいつがすぐそばに、迫る。
一瞬の出来事だったがわかった。わかってしまった。見てはいけないものを、知ってはいけないことを知ってしまったのだと悟った。
そして次の瞬間、そいつらは自分に覆いかぶさるようにして襲ってきた。
必死になって抵抗するものの身体の自由がきかないどころか意識すら遠くなるばかり。
薄れゆく記憶の中、最後の力を振り絞って、。
「もう朝よ!怜!早く起きなさい!!」
母の声が聞こえてくる。
次第に意識が覚醒し、体をむくりと起こす。
とても恐ろしい夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。
まぁ夢なんてそんなもんだ。
しかし今日は平日のはず。なのになぜスマホのアラームではなく母の声で起きるのだろうか? 疑問に思いながらも目を擦り、寝癖のついたボサボサ頭を掻く。
カーテンから光が差し込み、部屋全体を照らす。
ふわぁ。良い朝だ。
手元にあるスマホをつける。
スマホが示す時間は8:15。
アラームはどうやら無意識に解除していたようだ。
今日は平日、つまり学校がある。
友人との待ち合わせ時間は8:30。
そう、寝坊だ。一気に目が覚めた。
俺は布団を思い切り剥ぎ取り立ち上がる。
寝巻きのまま、階段をかけ降りリビングへと走る。母の急かす声を背にして座り、俺も急いでパンを口に頬張る。もそもそしていて波こめないので、コーヒー牛乳でそれを流し込む。
そして洗面所に行き歯磨きをして髪を整髪剤で軽く整える。そして顔を洗いリビングに戻ると同時にカバンを持って玄関まで走り靴を履いてドアを開ける。
いつもより焦っているためか鍵を上手く閉めることができなかった。
ひたすら走る。
田舎なので、信号も車通りもないので安心だ。
このまま走り続ければなんとか間に合う!!
集合場所には既に人影があったのでさらに加速する!!!
息も絶え絶えになり、膝に手をつき休んでいると頭上から声がする。
「ふん。ちょうど8:30ね。間に合ったじゃない。」
この少し生意気なガキンチョは立花優衣、同じ学校の生徒だ。
ライトノベルなどに出てくる田舎のように、学校にクラスが一つしかないので、クラスメイトなのに同級生じゃないという都会じゃ見かけない肩書きだ。
「俺の家からここまでは地味に遠いんだよ!」
ここは地蔵があるということで集合場所になっている。
その地蔵というのも体が蛙で顔が何もないという不気味なものだ.....
なんでも昔は顔の部分は鏡だったらしい....
「ちょっと!?きいてる!?」
意識を優衣に戻すと顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
どこか妹みたいで可愛い。
いや、妹というよりは猫だろうか......
「何かふしだらなこと考えてない!?」
「いやいや.....そんなまさか考えるはずがないだろ!自分のことをよく考えるんだな!」
慌てて妄想をかき消す。
「そういえば、さっき言った......」
「そ、そういや、麗華はまだ来ねぇのか?」
何も聞いていなかったので話題の転換を試みる。
「あら、一緒にしないでくれるかい?」
後ろから、風鈴のように軽やかで涼やかな声がした。
「うおっ、いたなら存在感を出してくれよ......」
「怜ちゃんが気づかないのが悪いんですぅ!!べーだっ」
年上なはずなのにどこか幼さを残す、そんな不思議(笑)な少女、それが神宮寺麗華。
「ちょっと、二人とも!時間気をつけてる?もう遅刻ですけど!?」
麗華と顔を見合わせ、先に逃げるように学校に向かった優衣を追いかける。
かえる 林雷巣 @habitaemochi
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