1923年1月 帝都
――1923年1月 帝都
「けしからん!」
とある出版社の一室に、落雷の如く怒声が響く。
近代風に洋装を纏っているのだが、
「まずは何だ、この低俗な題名は。『天狗先生は甘々で幸せな結婚生活を送りたいので山で美女を拾いました』……? 題名なのか⁉ 本文の間違いではないのか」
「いいえ、立派な題です。一目見て内容がわかるので、画期的だと思うんです」
「内容など、本文を見ればわかる!」
「何言ってるんですか! 今や女性の社会進出が進み、
「ならばせめて句点読点を」
「『天狗先生は、甘々で幸せな結婚生活を送りたいので、山で美女を拾いました。』? これこそ本文じゃないですか!」
「本文を題名にしたのは君だろう、大迫くん」
「じゃあ一体、どんな題名なら通してくれるんですか」
男は思案気に口を閉ざし、眼鏡を
「『天狗妻』」
「却下! いつまでそんな古風な響きにしがみ付いているんですか!」
若い女に声を荒げられ、さすがに頭に来たのだろう。斑頭は歯噛みする。ぎりぎりと、歯が擦れる音すら聞こえる。心底
「そんなにイライラしているから、斑になっちゃうんですよ」
「斑?」
「いえ、何でもありません」
さすがに人としてあるまじき発言。澄は口元を手で覆い、取り繕う。
「とにかく、私は文学界に風穴を開けたいんです」
「何が風穴か! 君のような若輩者は、まずは前人たちの築いた道を殊勝に辿るべきだ」
「そんなことしていたら、あっという間におばあちゃんになってしまいますよ」
「とにかく!」
斑頭はずり落ちかけた眼鏡を押し上げる。不潔にも唾を飛ばしつつ吐き捨てた。
「それならば、老婆になってから書けばよかろう。このような駄文、百年早い!」
「駄文? 百年ですって⁉」
あまりにも話が通じない。
「わかりました。それなら」
澄は机に腕を突き上体を乗り出して、男の鼻先に指を突き付けた。
「聞いてみましょう。百年後の皆さんに」
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