第35話 裏切者

「ふう……疲れた……」


「俺もだ。あれほど長い報告会は経験したことがない」


 報告会が終わり、俺達は死神協会本部にある須波さんの執務室に来ていた。部屋には俺と須波さん、茜さん、雪城さん、榎本さんがいた。この部屋に呼んだのは須波さんだ。


「榎本、お茶を頼む」


「わかりました」


 俺達は高そうなソファに座る。


「そういえば榎本さんは報告会に参加されていませんでしたよね?」


「はい。書類の仕事が溜っていたので片付けていました」


 榎本さんは須波さんの補佐官だ。


「それは……お疲れ様です」


「いえいえ、報告会に参加される方が大変でしょう」


「私は何もしてません。本当に見ているだけでした」


「というか私達なんで呼ばれたんだろうね?」


「……確かにそうですね……」


 結局報告会で茜さんと雪城さんは話すことはなかった。


「誰から声がかかったんですか?」


「木本さんだよ」


「…………」


 木本さんは襲撃してきた2人について説明させるときも俺と須波さんしか呼ばなかった。わざわざ呼んだのに説明させないとはどういうことなのだろうか。


「ああ……それは俺が仕組んだんだ」


「「「えっ……」」」


 俺と茜さん、雪城さんが同時に驚く。


「俺は木本さんに火村と雪城も呼んだ方がいいと言っておいたんだ。本当はたかむらも呼びたかったんだが……」


「何でですか?」


「秘密裏に話したいことがあってな」


「そういうことですか……」


「お待たせしました」


 榎本さんがお茶を配ってくれる」


「ありがとうございます」


「榎本、鍵は締めたな?」


「はい」


「……よし、始めるか」


 須波さんはお茶を一口飲んで話始める。


「巻貝の亡霊ゴーストが出現して「色付き」を招集することになった時、俺は当初招集されなかったんだ。最初に招集される予定だったのは「だいだい」「藤」「緋」だ。俺はそのメンバーだと指揮能力が十分なやつがいないといちゃもんをつけて「橙」と俺を交代させたんだ」


「そういう理由があったんですね……」


 須波さんが来るのは珍しいと思っていたが、こういう理由があったのかと納得できた。


「わざわざ参加したのにはどんな理由があったんですか?」


 茜さんが須波さんに問いかける。俺も理由は気になった。


「そう焦るな。全部話す。前回のステージ4の亡霊ゴーストの討伐戦のことだ。討伐戦で「梔」と「杏」が行方不明になった。行方不明になったタイミングはステージ4の亡霊ゴーストを討伐した後だ」


「っ……!!まさか……!!」


「そうだ。今回襲撃されたタイミングと全く同じだ」


「2人も今回襲撃してきた2人にやられたんですか?」


「わからない。戦闘があった場所が山の奥ということもあってカメラはなく確認は取れていない。そもそも2人の死体は発見されていないんだ。レーダーの反応は本当に消えた反応だったため行方不明としか言えないんだ」


「……あの女が消したってことは考えられませんか?」


「十分に考えられる。だが証拠がない。俺が今回討伐作戦に参加したのは同じことが起こる可能性があったからだ。「色付き」がやられるのを防ぐと共に何が起こったのかを知りたかったんだ」


「だから巻貝の亡霊ゴーストを倒した後に私達を集めたんですね」


「そうだ。一か所に集まれば、対処しようがあると思ったからな。俺が巻貝の亡霊ゴースト討伐戦で究極形成アルティメットクラフトしなかったのはこのためだ」


「俺に究極形成アルティメットクラフトを使うなと言ったのそういう理由があったんですね……」


「そうだ。俺とお前でなら大概の敵に対応できるからな」


「……さすがですね」


 茜さんは心から感心したという声を出す。


「こうならないことが一番だったが、備えておいて損はないからな。おかげで「色付き」が狙われていることがわかった。狙われている理由は不明だが、狙われていることがわかった以上対策が取れる。ただ、大きな問題がある」


「大きな問題?」


「ああ、それは死神側に情報を流している奴がいることだ」


「「「!!」」」


「ステージ4の亡霊ゴーストの討伐日時が一般人には知りようがないことだ。襲撃されたタイミングから作戦内容まで漏れている可能性が高い」


「……確かに……。じゃあ、討伐作戦を聞いていた人の中に裏切者がいるってことですか?」


「いや、そうとも言えない。作戦は本部に共有されるからな」


「あっ、そっか……」


 今回の討伐作戦を聞いていたものから探すのであれば何とかなる可能性もあったが、本部まで作戦が伝わっている以上探すのは困難だ。


「悔しいが尻尾を出すのを見つけるしかないな……」


「ですね……」


「話というのは組織の中に裏切者がいるということを話しておきたかったというだけだ」


「わかりました」


「……この前に仁君と天馬西基地で話したことだけど、少し気になったことがあるんだ」


「えっ……」


「何だ?」


「情報を流している奴に関係しているかは微妙な話ですが……」


「言ってみろ」


「3カ月前に天馬西地区で発生した鬼型の亡霊ゴーストのことです。こいつの進化速度が異常だったんです。出現した時は……」


 茜さんは3カ月前に天馬西地区で起こったことを話した。


「なるほど……。亡霊ゴースト心力マナを与えるか……」


「……須波さん、確か先月に似たような事例がありましたよね?」


 榎本さんが棚から厚めの冊子を取り出しパラパラとめくる。


「ああ、俺も同じことを思った。しかも、数件だ」


「本当ですか?」


「これです」


 机の上に冊子が置かれる。


「……これは……」


 報告書を読むと確かに天馬西地区で起こった事例と共通している部分がいくつかあった。


「……似てるね」


「はい。急速にステージが上がったりするところとか変に賢いところとか特にそうですね……」


「それでさっき言ってた気になったことって言うのが……これ」


 そして報告書の隣に並べる。それは一枚の写真だった。熊に似た亡霊ゴーストが縛られて箱の中に入れられている写真だ。


「これは…………亡霊ゴースト……ですよね……?」


「…………これは……」


「まさか……」


 皆がそれぞれ思いを口にする。


「これをどこで?」


亡霊ゴースト特殊研究所に運び込まれたところを撮った写真です」


 研究所に亡霊ゴーストが運ばれることは珍しくない。俺達が驚いているのは映っている亡霊ゴーストが明らかにステージ3だったのだ。研究所に運び込むのが許されているのはステージ2までだ。理由は危険性が高いからだ。


影山かげやま博士のところか……」


「はい。影山かげやま博士が亡霊ゴーストの研究をしていることはご存知だと思いますが、最近は亡霊ゴーストの進化について研究しているのをご存知ですか?」


「いや、知らないな。俺は影山博士が苦手でな……」


 影山博士は亡霊ゴースト研究のスペシャリストで、天才だ。俺達が普段使っているコートの素材や亡霊ゴーストを映すカメラ、レーダーの開発など今の戦いの基礎を作ったと言ってもいい存在だ。ただ、少し……かなりの変人なのだ。須波さんが苦手とする理由も理解できる。


「半年ぐらい前に研究所を訪れた時にその話を聞きました」


「茜さんは影山博士が亡霊ゴースト心力マナを与えた犯人だと思っているんですか?」


「今のところは何とも言えないかな……。ただ、何か知っていても不思議じゃないとは思ってる」


「この写真いつのだ?」


「2週間前です。一応、研究所へ運び込まれた亡霊ゴーストを1カ月遡って調べましたが、この亡霊ゴーストが運び込まれた記録はもちろん、戦闘記録もありませんでした」


「……この写真は茜さんが撮ったものなんですか?」


 茜さんの詳しい行動は知らないが、毎日研究所に通って張り込むことはできないだろう。


「ううん。違うよ」


「誰だ?研究所の職員か?」


「すみません。それはこの写真をくれた人との約束で言えません」


「………………」


 須波さんは気になるといった表情を浮かべている。俺も気になっているが、教えてもらうのは難しいだろう。


「まあ、いいだろう。とりあえず一度研究所に行ってみた方がいいな。天馬西地区で起こった事例と似た事例が多いことを話してみると案外ボロを出すかもしれん」


「……どうですかね……?」


「明日……いや、明後日に行ってみるか。お前たちも行くか?」


「俺も行きたいです」


「雪城もどうだ?」


「えっ……私もいいんですか?」


 雪城さんは須波さんに問いかける。


「ああ。ここまで聞いてしまったんだ。行かないのも気持ち悪いだろう」


「ありがとうございます。行きたいです」


「よし。これで決まりだ。俺もできるだけ当日までにこの件について調べておく。あと、この話はくれぐれも内密にな」


「「「了解です」」」


 こうして俺達のやるべきことは決まった。


(……須波さんはもしかして……いや、もしかしなくても戦闘を想定している……?)


 須波さんの気持ちからすれば今すぐにでも行きたいだろう。明日と一度言って明後日に言い直したのはまだ心力マナが回復しきっていないからだろう。


(…………万が一、あいつらがいたら……再び戦うことになったとしたら……俺は勝てるだろうか?)


 不安な気持ちが心の中で広がった。

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