第27話 討伐本部

「お疲れ様です」


 俺と雪城さんが部屋に入ると視線が集まる。部屋の中には10人ほどの人がいた。


「お疲れ様。今回はよろしく」


「よろしくお願いします」


 俺達は中にいる死神に挨拶をする。少しピリついていた。ここは双園市と獄羊市の境界付近にある建物だ。今回出現したステージ4の討伐本部として使われることになった。この部屋が作戦室として使われるらしい。


「山村さんは……いませんね?」


「本当だ。先に行っているとは聞いたんだけど……どこかに行ってるのかもね」


 今回双園基地からは山村さん、雪城さん、俺の3人が招集された。清水さんは意識が回復したが、ステージ4との戦闘は厳しそうなことと双園市をがら空きにするわけにはいかないのということで双園基地で待機ということになった。


(火村さんも篁さんもいないな……。「色付き」は……まだ来ていないな……)


 俺達はステージ4の亡霊ゴーストとの接触の後、双園基地に帰った。そこで睡眠をとって今に至る。俺が寝ている間に討伐本部は動き出していたみたいだ。生田所長もすでにこの建物に来ているらしい。


「集合は17時……もう少しですね」


「うん」


 腕時計を見ると集合時間の10分前だった。


「ひとまず席に座ろうか」


「はい」


 俺と雪城さんは空いている席に座った。その時、ちょうど山村さんが作戦室に入ってきた。


「おう、お疲れ」


 山村さんは俺の隣に座る。


「お疲れ様です。作戦の立案に参加していたんですか?」


「ああ。一応、作戦は決まったぞ。だけどな……」


 山村さんは口ごもる。


「何かあったんですか?」


「……いや、今は話すべきじゃない」


「そうですか……。「色付き」は誰が来ているんですか?」


「今回は「あお」と「ふじ」と「あかが招集された」


「……「あお」って……」


須波すなみさんだよ」


「え……珍しいですね」


 須波さんは死神協会本部に在中していることが多く、他の地区に出てくるのは珍しかった。


「人が足りていないらしい。まあ、実力は折り紙つきだろ」


「確かにそうですが……」


「お前なー、昔のこといつまでも引きずんなよ……」


「…………引きずるっていうか……。避けてるっていうか……」


「それを引きずるっていうんだ」


「……何かあったんですか?」


 雪城さんは恐る恐る質問する。


「まあな。仁は昔、死神協会の上層部と少し揉めてな……」


「………………」


「そんな顔すんなよ。隠してるわけでもないだろ?」


「……まあ……」


「話自体はすごくシンプルさ。昔、仁は「色付き」にスカウトされたんだ。けど、双園市にいれなくなるかもしれないから断ったんだ」


「え……じゃあ、銀崎さんって実質「色付き」ってことですよね?」


「そういうこと。新しく「色付き」になるためには現役の「色付き」の推薦がいるんだ。須波さんはその推薦した「色付き」の1人なんだ」


「あー……そういうこと……ですか……」


 雪城さんは何となく察したようだ。俺は身勝手な理由で須波さんの顔に泥をぬってしまったのだ。一応謝罪はしたが、なんとなく気まずいままなのだ。


「……俺が「色付き」になるのを拒んだのは俺には力不足だと思ったからですよ。俺の心力マナ量で「色付き」になるなんて笑いものですよ」


「そんなことはないさ。須波さんだってそれくらいわかってたはずだ。お、噂をすれば……」


 作戦室の前の扉から須波さん、生田所長と獄羊基地の木本所長が入ってくる。そして、後ろの扉から火村さんと篁さんと数人が入ってきた。


「待たせたな。では、これより獄羊市に出現したステージ4の亡霊ゴースト討伐作戦を説明する。以後、ステージ4の亡霊ゴーストは巻貝の亡霊ゴーストと呼称する」


 どうやら須波さんが仕切るらしい。


「現場では俺が指揮を執る。メインの作戦は木本さんが、サブの作戦は生田さんがそれぞれ指揮を執る。今回の討伐作戦では2つのチームに別れる。メインのチームが巻貝の亡霊ゴーストを倒す役目。サブのチームが巻貝の亡霊ゴーストに群がる亡霊ゴーストを引き離す役目だ。まずはチームを分ける」


 ここまではステージ4の亡霊ゴーストを討伐する定番の作戦だった。サブのチームが多いことが普通だ。


「数が少ないメインのチームのメンバーからだ。火村、篁、不二山姉妹、伊織、榎本えのもと、俺……そして、雪城。以上8名だ。他の13名はサブのチームだ」


「…………!!」


 雪城さんは討伐チームに選ばれていた。雪城さんを見ると何で?みたいな顔をしていた。他の人は誰?みたいな顔をしていた。


「巻貝の亡霊ゴースト心器しんきによる攻撃を通しにくい特殊な粘液をまとっている。火村達が接触を行った結果、熱による攻撃が有効なことが判明した。これを元に作戦を立てた。まず、火村が巻貝の亡霊ゴーストの粘液を焼く、そして他の者が切り刻み、コアを露出させる。そして、不二山姉妹がコアを狙撃する作戦で巻貝の亡霊ゴーストの討伐を行う」


 作戦事態はものすごくシンプルなものであったし、仮に俺が作戦を立てる場にあっても異議を唱えない。ここにいる他のものも同様だった。


「この作戦は巻貝の亡霊ゴーストに群がる亡霊ゴーストを引き離すことが前提となっている。引き離すチームは2方向から亡霊ゴーストを引き寄せてもらう」


 モニターに地図が映し出される。巻貝の亡霊ゴーストが真っ直ぐ東に進んでいることがわかりやすく映されていた。


「引き離すチームをさらに北と南の2チームに別れてもらう。北チームは山村、銀崎。南チームはそれ以外の11名だ」


 部屋の中がざわつく。引き離すチームはよほど群がる亡霊ゴーストが偏っているわけでもない限り同じ戦力で引き離すことがセオリーだ。


「……………」


 山村さんは申し訳なさそうな顔をしていた。先程言葉に詰まっていた理由に納得がいった。


「意見があるなら発言しろ」


 少し時間をおいて一人の手が上がる。獄羊基地の死神のリーダー格の柳本やなぎもとさんだ。


「引き離すチームをここまで極端な人数に分けたのはなぜですか?これだと山村さんと銀崎君のチームが危険すぎます」


「それは承知のうえだ。そもそも今回の作戦の人数は通常のステージ4の亡霊ゴーストに比べて格段に少ない」


 ステージ4の亡霊ゴーストを討伐する作戦で参加する死神は「色付き」とその補佐官を除くと20~30人だ。しかし、今回の作戦では13人だ。これは獄羊基地の死神が怪我などで参加できないことと死神協会からの応援が少ないことが原因だろう。


「13人を半分の人数に分けるではダメなのですか?」


「ダメだ。銀崎の心力マナ亡霊ゴーストを引き寄せる特殊な性質を持っている。半分の人数に分けるより、銀崎が単身で引き寄せた方が効率的に引き離すことができると考えた。その上、こちらのほうが負傷者は少なくなる」


「えっ、それは初耳です。……しかし……」


「できるな、銀崎?」


 須波さんは俺の顔を見た。


「……はい。やってみせます」


「決まりだ。他に作戦に意見のある者はあるか?」


 手は上がらなかった。


「作戦は明日の深夜1時に決行する。細かい指示などは追って連絡する。それまでは巻貝の亡霊ゴーストは放置し、それ以外の亡霊ゴースト討伐に当たれ。ただし、あまり無理はするな。以上だ」


 それだけ言うと須波さんは作戦室を出ていった。会場からは話声が聞こえ始める。


「……すまない。こんな作戦になってしまって……」


 山村さんは俺に頭を下げる。


「気にしてませんよ。須波さんがこの作戦を言った時って、北側は俺だけだったんじゃないですか?」


「……ああ。無理やり北側にねじ込んでもらった」


「やっぱり」


 須波さんが立てる作戦ならより効率的に人員を配置するだろう。だからこそ俺はこの作戦を聞いた時に少し違和感を覚えたのだ。


「心強いですよ。山村さんがいるだけで俺の取れる手段は増えますから」


「厳しい戦いになると思うけど、頑張ろう」


「はい。そういえば……」


 さっきから隣にいる雪城さんが一切口を開いていないことに気づいた。


「大丈夫?」


「…………何で……私……メインのチームに選ばれたんですか……?実力も……経験も全然な私が……」


「火村さんが熱望したんだ。理由は火村さんに聞いた方がいい」


 雪城さんの質問に山村さんが答える。


「茜さんが……?」


「そりゃそうだ。ちょうど後ろにいるし、聞いてきたら?」


「……はい」


 雪城さんは席を立ち、茜さんの座っている席に向かって歩いて行った。


「……俺、飲み物買ってきます」


「えっ、ああ……。仁は行かなくていいのか?」


「大丈夫です。茜さんのことだから理由は必ずあります。聞く必要もありません」


「……そうか」


 俺は作戦室から出て、自動販売機を探す。


「…………ブラックしかねぇな……」


 すぐに自動販売機は見つかったが、俺が飲みたいミルクが多めに入っているコーヒーはなかった。


(……確か、1階の裏口にあったような……)


 俺は以前にこの建物に来たことがある。その時の記憶を辿って自動販売機を探す。


「え……」


 目的の自動販売機に到着すると自動販売機の前には須波さんが立っていた。


「これだろ?」


 そう言って須波さんは缶コーヒーを投げる。


「おっと……っと」


 俺は缶コーヒーをキャッチする。


「なんでここに……」


「お前に一つだけ言っておきたいことがあってな」


「……はぁ……」


「巻貝の亡霊ゴースト討伐作戦でお前は究極形成アルティメットクラフトは使うな。絶対にだ」


「……何でですか?」


「なんでもだ。あと、俺と会ったことも誰にも言うな。当然さっきの内容もな。それだけだ」


 それだけ言うと須波さんは俺に背中を向け歩き始める。


「ちょっ……」


 色々聞きたいことはあったが、きっと答えてくれないだろうという確信はあった。


「…………」


 追いかけようと歩き出した足は止まる。


「……ホント変わんないな……。言葉足らずなこと」


 俺は受け取った缶コーヒーを見る。


「……俺はブラックは苦手って言ったじゃないですか……」


 缶コーヒーは思いっきりブラックだった。

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