第17話 痛み

「お待たせ」


「いえっ……。わざわざ来ていただいてありがとうございます」


「気にしないで。私もここのコーヒー飲みたかったの」


 私は緑野さんと喫茶店で待ち合わせをしていた。おすすめの場所を聞くとここの喫茶店を教えてくれた。


「ここはよく来られるんですか?」


「たまにかな……。昼は寝ていることが多いからね」


 死神の仕事は夜なので、昼は寝ていることが多いと基地の皆は言っていた。


「さ、注文しようよ。私はいつもコーヒーといちごタルトを頼んでいるんだ」


「私もそうします」


 私たちは注文をして、メニューをしまう。


「雪城さんは休みの日は何してるの?」


「読書をしていることが多いです」


「本を読むのが好きなんだ。私もだよ」


「私は推理小説が好きなんですが、緑野さんはどういうジャンルが好きなんですか?」


「私はなんでも読むよ。書店に行って面白そうなのを買ってるだけだから。何かおすすめの本ってある?」


「そうですね……。これはこの前読んだ本なんですけど……」


 読書という共通の趣味仲間を見つけた私は少しテンション高めにおしゃべりを続けた。


「お待たせしました」


 10分もしないうちにコーヒーといちごタルトが運ばれてくる。


「わっ、美味しそう」


「でしょ。フルーツをふんだんに使ってるんだ。さ、食べよ」


「はい。いただきます」


「いただきます」


 私たちはいちごタルトを食べる。


「ん~~!!美味しい」


「ふふっ、嬉しそうな顔」


「あまりに美味しくて……」


 少し恥ずかしくなった。


「じゃあ、そろそろ本題に入る?」


「……いいですか?」


「もちろん。相談したいことがあるんだよね?」


 私が今日緑野さんに時間を作ってもらった理由は相談に乗ってもらうためだった。


「相談したいことなんですが……私って、銀崎さんの足手まといじゃないかなって感じてて……。この前に戦ったステージ2の亡霊ゴースト相手に何もできなくて……」


「雪城さんはまだ新人なんだし、そこまで考え込むことはないと思うよ。それにステージ1の亡霊ゴースト相手にはしっかりと戦えてると思うけど」


「それは銀崎さんのおかげなんです。上手く態勢を崩したり、私が動きやすくしてくれているってだけなんです」


「それは普通のことだと思うけど……」


「その通りではあるんですが……。私がいない方が銀崎さんはもっと早く倒せるんじゃないかなって……」


「…………そうだね。その可能性はあるね。でも、早く倒すことが全てじゃないよ」


「え……」


「知らないと思うけど、銀崎君は雪城さんと組む以前よりは明らかに無茶をすることが減ったよ。怪我も少なくなったし」


「知らなかったです……」


「結構捨て身の攻撃をしたり、危険なカウンターを狙ったりすることが多かったんだ」


「…………」


 私はこの前のステージ2の亡霊ゴーストとの戦闘を思い出した。危険なカウンターを銀崎さんは躊躇なく繰り出していた。少し怪我もしていたが、慣れた様子だった。


「思い当たることはあるみたいだね?」


「……はい」


「それと銀崎君は雪城さんをステージ2の亡霊ゴーストと戦わせたくはなかったんじゃないかな。銀崎君は目の前で誰かが傷つくのを見るのが何よりも嫌がるから」


「…………それはあの事故の影響でですか?」


「もともとそうだったよ。でも、あの事故以降その思いが強くなったのは間違いないと思う」


「……銀崎さんのことをよく知ってるんですね……」


「…………うん。付き合いは長いからね。で、雪城さんはどうしたいの?」


「えっ……」


「銀崎君と同じくらい強くなりたいの?それとも銀崎君とペアを組むのを辞めたいの?」


「私は……強くなりたいです……!!銀崎さんの隣に立つのが……ふさわしいくらい……。もっと銀崎さんのお役に立ちたいんです」


「…………それは……」


 緑野さんは何かを言いかける。


「……うん。雪城さんなら……なれるかもね。心力マナの量はすごいし、才能はあると思う」


「私はまだまだです。もっと努力しないと……」


「頑張ってね。あっ、そうだ。いい人を紹介してあげようか?」


「いい人ですか……?」


「うん。強い人。色付きって知ってるよね?」


「はい。ちらっと聞きました。死神協会の最高戦力ですごく強い死神だって……」


「その認識で問題ないよ。色付きの一角であるあか火村ひむら あかねさんが隣の天馬市にいるんだ。元々は双園基地に所属していたんだ。私は今でも彼女と交流があるんだ」


「いいんですか?」


「全然いいよ。私も茜さんと久しぶりに話したいと思っていたし。ちょっと待ってね」


 緑野さんはスマートフォンを操作し、メッセージを送った。ピロンと軽快な音がする。


「今から来るって」


「返信早いですね……」


「いつもはもっと遅いんだけどね。ちょうど走りに行くところだったみたい」


「走る?ランニングってことですか?」


「バイクだよ。茜さんの趣味はツーリングなんだ」


「カッコイイですね」


「それ、茜さんに言ってあげるとめちゃくちゃ喜ぶよ」


「火村さんってどういう人なんですか?」


「すごく頼れる人だよ。姉御肌っていうのかな」


「そうなんですね」


 その後も火村さんのことについて話していると外で爆音が聞こえた。


「あっ、来たね」


「大きなバイクの音ですね」


「近所迷惑だよねー」



 カランコロン



 ドアが開き、革のジャケットを着た背の高い女性が入ってくる。


「こっちです」


けい、久しぶりだね」


 火村さんはそのままこちらの席に近づいてくる


「お久しぶりです」


「2ヶ月ぶりくらいだね」


「休みの日なのにすみません」


「いいよ。どうせ適当に走るだけだったし。で、彼女が双園基地の新人の子?」


「はい。雪城ゆきしろ 心白こはくです。よろしくお願いします」


 私は立ち上がる。


「よろしくね」


 私たちは握手をする。私はすごくカッコいい人だなと思った。


「何にします?」


「コーラとイチゴタルトにするよ」


「頼んでおきますね」


「ありがとう」


 火村さんは緑野さんの隣の席に座る。


「悪いけど雪城さんのこと色々とけいから聞かせてもらってるよ」


「いえ、それは全然大丈夫です」


「そっか。じゃあ、さっそくだけど本題に入ろうか。さっき奎からもらったメッセージで内容はだいたいわかったよ」


「……はい」


「でだ。結論から言うと雪城さんが今すぐ強くなるのは無理かな」


「ちょっ……そんな言い方しなくても……」


「奎だってそう思ってるんでしょ?」


「…………それは……」


 緑野さんは言葉に詰まる。


「こういうのはハッキリと言わないと」


「……今すぐには厳しいとは思ってますけど……」


「死神が強くなるためには地道に訓練を積んでいくしかないよ。そんなホイホイ強くなれるようだったら、死神はこんなにたくさん死なない」


「…………はい」


「仁君と同レベルになろうと思うなら少なくとも5年は必要だろうね。死神の強さは経験がものを言うんだ」


「…………」


 わかってはいたが私と銀崎さんのレベルの違いは段違いだった。


「えっと……お待たせしました……」


「どうも」


 気まずい空気の中、火村さんの頼んだものが届く。


「強くなるには……戦うしかないんですか?」


「それが一番手っ取り早いね。やっぱり実戦が一番だ」


「火村さんは実戦で強くなったんですか?」


「うん。それは間違いない。あとは師匠に鍛えてもらった感じかな」


「どういう訓練をされたんですか?」


「実戦形式の訓練だね。ひたすら師匠と戦う」


「それって……反転状態ですよね……?」


「もちろん。そうじゃなかったら私はとっくに死んでる。というか師匠は手加減してたと思う。反転状態の身体を切られるのはめちゃくちゃ痛いけど、それくらいの緊張感がなきゃ強くなれないよ」


 納得のいく理由だった。


「人間ってやっぱり痛みが伴わないと強くなれないんだよ」


「…………私は……痛い思いをするのを……恐れていたのかもしれません」


「当然だよ。誰だってそう」


「あの……お願いしたいことがあります」


 私は火村さんの目を見た。

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