第2話 竜から出てきた女性

「んっ……」


 俺は目を覚ます。


「ここは……医務室……か……」


 俺は周りを見て今いる場所を確認する。


「良かった……。目が覚めたのね……」


「緑野さん……。んんっ…」


 そばには緑野みどりの けいさんが座っていた。俺はゆっくりと身体を起こす。身体の疲労感が凄まじかった。


「……今って何時ですか?」


「朝の4時過ぎよ。仁君は車の中で意識を失ってしまったの」


「……そうですか」


 俺は3時間ほど意識を失っていたようだ。


「そうだ……。あの女性はどうなりました?」


「別室のベッドで寝てるわ」


「……彼女は人間なんですか?」


「うん。人間だよ。亡霊ゴーストじゃない。亡霊ゴースト反応も出ていないわ」


「そう……ですか……」


「だから安心して」


 緑野さんの手が俺の手に重ねられる。俺がそれだけ不安な顔をしていたのだろう。


「今はそのことはひとまず考えないでゆっくり身体を休めましょう。詳しい検査もまだだし、彼女がまず目覚めないと話は進まないわ」


「……はい。そうさせてもらいます」


 俺は再び身体を横にして、眠りについた。



 ーーーーーーーーーー



 俺が再び目を覚ましたのは夕方だった。竜型の亡霊ゴーストから出てきた女性はまだ目覚めていないらしい。俺は所長室にいた。


「悪いね。まだ昨日の疲労が残っているのに」


「いえ、大丈夫です」


 所長の生田いくた とおるさんが優しく話しかけてくる。


「昨日は大変だったね。竜型がこのエリアに出るとは流石に想定外だったね」


「はい。驚きました」


 俺が住んでいる双園そうえん市は人口10万人程度の都市である。そこまで大きい町ではない。亡霊ゴーストは人間が多い所に多く出現する傾向にある。双園市の隣にある都市がまさにその場所だった。


「山村君にも話は聞いたんだけど、銀崎君にも話を聞いておこうと思ってね。で、どうだった?」


「どう……ですか?」


 あやふやな質問をされて戸惑う。


「竜型と戦って感じたことを言ってくれるだけでいいから」


「……あの竜型は弱っていたと感じました」


「弱っていたか……。山村君はそう感じなかったみたいだけど。銀崎君はそう感じたんだね?」


「はい。今回戦闘した竜型には以前戦った竜型と違うことがいくつかありました。亡霊ゴーストにはわかっていないことも多いうえに竜型との戦闘データは多くないため、あくまで個人的な見解ですが」


「いいよ、それで。ぜひ聞かせて欲しい」


「今回の竜型には想像以上に攻撃が通り過ぎました。証拠に俺の無数に出した鋏がほとんど刺さっていました。以前の竜型にはもっと鋏を弾かれていました」


 俺が以前戦った竜型にも今回と同様に鋏を投擲したがもっと弾かれてしまっていた。竜型の肉質にはどうやら柔らかい場所と固い場所があるようで、固い場所の硬度はかなりのものだった。今回は戦いの中で柔らかい場所を見極めることはせず、大量の鋏を一度に放ち一気に仕留めるという方法をとった。結果として硬い場所がほとんどなかったのかほとんどの鋏が竜に刺さることになった。俺自身あれほどたくさん刺さるとは思わなかったので正直驚いた。


「もう1つ感じたことがあります。それは攻撃頻度が低いことです。竜は俺に体当たりした後に山村さんにすぐに攻撃をしませんでした。山村さんに気づいていないとは考えにくいです。それに攻撃力も高くなかったと思います。俺と山村さん、2人とも竜型の体当たりを一度ずつモロにくらいましたが戦闘不能に陥る事態にはなりませんでした」


「確かにね……。色々姿がある亡霊ゴーストの種類の中でも竜型は最強クラスだ。銀崎君が言うように2人とも戦闘不能になってもおかしくない状態だね」


「1つ聞きたいことがあるんですが良いですか?」


「大丈夫だよ」


「緑野さんから竜型から出てきた女性が人間だったと聞いたんですが、それは間違いないんですよね?」


「うん。彼女は間違いなく人間だ。亡霊ゴースト反応もないし、血液検査、DNA検査などを行ったけど間違いなく人間だった。誰のDNAと一致するかまではわからないけどね」


 そこまで多くの検査をして人間ということが証明できたのであればこれ以上疑ってもしょうがないだろう。


「問題はなぜ彼女が竜型から出てきたかだね」


「そこが不可解ですね」


亡霊ゴーストの中から人間が出てくるなんて聞いたことがないね」


「はい。聞いたことがないです」


「そもそもあれは出てきたと言っていいのかな?」


「それ以外に言いようがないと思いますが……」


「あー、ゴメン。言い方が悪かったね。あれは竜の出産とか何かだったんじゃないかってこと」


「……竜が人を産むってことですか?そんな馬鹿なことが……」


「そんな馬鹿な事や信じられないことが普通に起こるのが死神の世界だ。銀崎君も十分にわかってると思うけど」


「…………ですが……」


「まあ、さすがに飛躍しすぎな考えだと思うよ。何か現場で不可解なことはあった?」


「……そういえば戦闘前に竜型がテレビ塔の周りをぐるぐると回っていました。もしかする誰かいるかもしれないという話になっていました」


「なるほど。竜型から出てきた女性は、竜型の亡霊ゴーストに取り込まれた人かもしれないってことか……」


「はい」


 俺は竜型に取り込まれたものの、完全に喰われきれなかったのではないかと考えた。しかし、テレビ塔に誰かがいたことは確認できていないので推測に過ぎなかった。


「絶対にないとは言い切れないね。それにさっき僕の言った推測よりよっぽど現実性がある。でも、もし亡霊ゴーストに取り込まれた人が亡霊ゴーストから出てくるなんてことが起こるのであれば、もっと事例が上がっているはずだ」


「…………そうですね」


 今回の亡霊ゴーストが討伐数が少ない竜型だからかもしれないと言いたかったが根拠はなかった。


「まあ、ここで話してもわからない。実際に彼女の話を聞いてから結論を出してもいいと思う」


「そう……ですね」


 その時、所長室のドアがノックされた。


「どうぞ」


「失礼します」


 部屋に入ってきたのは緑野さんだった。


「竜型の亡霊ゴーストから出てきた女性が目を覚ましました」


「そうか。健康状態はどう?」


「健康状態には何の問題もありません。しかし……」


 緑野さんの歯切れは悪かった。


「……記憶が……ありません」


「それは記憶喪失ってことかい?」


「そのようです。記憶もありませんし、自分の名前もわからないようです」


「それを聞き出せたってことは言葉は覚えているってことだよね?」


「……はい。会話に問題はありませんでした」


「記憶喪失にも色々あるって聞くけど、自分の情報がすっぽり抜けちゃっているってパターンか……」


「どうしましょうか?」


「ひとまず一度僕が話をしてみるよ。緑野さんには彼女の捜索依頼が出てないか調べてもらってもいいかな?写真付きで捜索依頼が出ていることって多いから」


「わかりました」


「俺も一緒に行っていいですか?」


「うん。もちろんだよ」


 俺は彼女のことが無性に気になった。


 俺と所長が医務室に行くと、竜型の亡霊ゴーストから出てきた女性は起きていた。医務室の先生と何やら話していた。


「所長、お疲れ様です」


「お疲れ様です。どうですか?」


「そうですね……。状況は良いとは言えないですね……。自分のことは何も覚えていない状態です」


「……わかりました」


 所長は竜型の亡霊ゴーストから出てきた女性と向き合う。


(髪の毛は地毛なのか……?)


 彼女の髪の色は真っ白だった。昨日も彼女を見たのだが気にする余裕がなかった。しかし、目の色は茶色で顔立ちも日本人だった。


「こんにちは」


「……こん……にちは」


 か細い声であった。


「早速だけど質問を少しさせてもらっていいかな?」


「……はい」


「さっきも聞かれたと思うけど、自分のことで覚えていることはない?」


「……ないです」


「じゃあ、ここに来る前の記憶はある?」


「……暗くて冷たい場所にいたことだけは……覚えています」


「暗くて冷たい場所か……」


 その後も所長は色々と質問をしたが、まともな答えは返ってこなかった。


「……疲れているところありがとう。ひとまずはゆっくり身体を休めてね」


「……はい」


「銀崎君は何かある?」


「いえ……大丈夫です」


「そっか。先生、何かあれば言ってください。それでは失礼します」


 所長と俺は医務室を出ていく。


「さて……どうしたものか……。」


「彼女をどうするつもりですか?」


「そうだね……。まずは警察に保護してもらうっていう手段が思いついたけど、僕たち死神は警察の上層部のごくわずかしか存在を知らないから……難しいかもね」


「となると……死神協会ですかね?」


「かなぁ?でも、死神協会には協会は慈善団体ではないとか言われて拒否されるのが見えるね」


「確かに……」


「どうなるにせよ……しばらくはうちの基地にいてもらうことになるかな……。その間に記憶が戻ることを祈ろうか」


 その時、医務室の先生が医務室を出てきた。


「所長、彼女について報告が1つあるのですが……」


「何ですか?」


「普通ではありえない数字が出ている検査がありました」


「それは何の検査ですか?」


心力マナ検査です」


「えっ……」


 亡霊ゴーストと戦う者は死神と呼ばれている。 心力マナは死神が戦うためのエネルギーのようなもので、武器を作る・身体を守る・移動など様々な用途で使用する。心力マナの最大数値が大きいほどできることが増えるので亡霊ゴーストと戦うには有利だ。


「彼女の数値はずば抜けています。色付き(いろつき)に匹敵……いや、凌駕しています」


 色付きとは死神協会の最高戦力のことを指す。数値が全てではないが、それでも驚きを隠せない。


「……それは……とんでもない数字だね」


 所長も驚きを隠しきれていない。


「驚きです。こんな数字……見たことがありません」


「……問題はこれが元から持っていたものか竜型の亡霊ゴーストから出てきたからこの数値になったのか……ですね」


「後者であると私は考えています。元から持っていたものであれば、これまでもっと亡霊ゴーストに狙われているはずです」


「確かにそうですね。とりあえず状況はわかりました」


「それでは失礼します」


 先生は去っていった。


「…………彼女を死神にするつもりですか?」


「彼女をうちに置いておく正当な理由にはなるね……」


「……その答えは副所長に怒られると思いますよ」


「だね……。まあ……彼女のことはこちらに任せておいて。今日の夜は出撃しなくていいよ」


「……わかりました。そうさせてもらいます」


 俺は所長の言葉に甘えることにした。

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