白銀の鋏

リンゴ

1章 銀狼と白竜

第1話 始まりの夜

 静寂に包まれた住宅街に1人の男性が立っていた。


「こちら銀崎。ターゲットを確認しました。これより殲滅行動に入ります」


 銀崎はインカムで報告をする。視界の先には黒い霧で包まれた何かがいた。


「了解。気を付けてね」


「…………やるか……」


 目の前の何かがゆっくりと動いている。銀崎は着用している黒いコートを脱ぎ捨てる。


「…………」


 黒い霧の塊の動きが止まり、黒い霧から頭が飛び出す。何かを探すかのようにニョロニョロと首が伸びた。すぐに2つの赤い目が銀崎の姿を捉えた。銀崎は首からぶら下げているネックレスについている翠色の宝石にふれる。


反転リバース


 言葉を唱えると銀崎の身体がうっすらと透けた。


「ギジャァァァァ!!」


 黒い霧の塊は雄叫びを上げる。すると黒い霧が弾け飛び、正体が明らかになる。


「……蜘蛛か」


 全長3mを超える全長の蜘蛛は怪物としか言いようがなかった。


「ジァァァァ!!」


 再び雄たけびを上げて、怪物は銀崎に向かって突進する。


形成クラフト!!スターティアー銀狼ウルフ!!」


 言葉を唱えると銀崎の手に銀色に輝く長物が握られる。


「……はぁっ!!」


 ぶつかると思われた直前、銀崎が動く。手に持っていた長物を勢いよく怪物に叩きつけた。その衝撃は凄まじく地面が割れ、轟音が鳴り響いた。


「ギ……ぃ……」


 怪物は足をピクピクと痙攣させていた。銀崎は怪物を見下し、手に持った1mほどの銀色の長物を容赦なく頭に突き立てる。その銀色の長物は剣でもなく、槍でもなかった。そもそも武器ではなかった。それははさみであった。その証拠に指を入れる輪っかが2つ付いていた。


「ギ、ギギィィィ…!!」


 驚くことに怪物は頭を貫かれても生きていた。銀崎はそのことに驚くことはなく、もう一振り鋏を手に出現させる。そして、怪物の緑色に光った腹に差し込んだ。ガラスが割れるような音がして、ようやく怪物の動きは停止した。そして怪物の身体は崩壊を始め消えていく。


「こちら銀崎。応答願います」


 落ちていたコートを羽織る。


「こちら緑野みどりの。どうぞ」


「ターゲットの亡霊ゴースト殲滅に成功しました。被害はありません」


「レーダーでも消滅を確認したわ。お疲れ様」


「了解です。他の亡霊ゴーストは発生はありましたか?」


「北地区のテレビ塔付近に亡霊ゴーストの反応が出たわ。異常な心力マナ反応が出ていたから山村さんが様子を見に行っているわ。銀崎君も向かってもらっていい?」


「もちろんです。このまま山村さんに合流します。亡霊ゴースト位置情報の転送をお願いしてもいいですか?」


「了解よ。今から亡霊ゴーストの位置情報転送するわ」


「……位置情報確認できました。これより北地区のテレビ塔に向かって移動します」


 銀崎は小型タブレット端末で位置情報を確認して、移動を始めた。


「銀崎君聞こえてる?」


 移動中に再び通信が入る。


「はい。聞こえています」


「山村さんが亡霊ゴーストとの戦闘で負傷したわ」


「……負傷!?大丈夫なんですか?」


「負傷と言っても体当たりを一発受けたということだけど戦闘続行は可能らしいわ。ただこれ以上ダメージをもらうのも厳しいから長時間の戦闘は望めないわね」


「そうですね……。亡霊ゴーストの情報をお願いします」


亡霊ゴーストのタイプは飛行型。それも竜型らしいわ」


「飛行型……しかも竜……ですか……」


「ええ、かなりのレアね」


 亡霊ゴーストにも様々な見た目がある。先程銀崎が戦っていた蜘蛛のような虫型、四足歩行の獣型、そして空を飛ぶ飛行型など実に様々だ。


「ひとまず銀崎君は山村さんと合流して」


「了解です」


 銀崎は移動速度を上げた。


「おう、じん


 しばらくして銀崎は合流ポイントで山村やまむら 総司そうじと合流した。


「悪いな。こっちまで来てもらって」


「いえ、それより身体は大丈夫ですか?」


「ああ。黒い霧が弾けた途端、思いっきり突進をくらっただけだ。全然動ける」


「ならいいんですが……」


けいちゃん、ターゲットは今どこにいる?」


 山村はインカムで通信をする。


「現在も移動をしています。これは……」


「どうした?」


「テレビ塔の周りを何周もぐるぐる回っています。不可解な行動パターンです」


 銀崎と山村はテレビ塔を見る。確かに竜らしきものがテレビ塔をぐるぐると回っていた。


「確かに妙だな……。亡霊ゴーストは大きな心力マナに引き付けられる傾向にあるはず。テレビ塔に誰かいるのか?」


「この時間ならほとんど人はいないはずですが……」


 テレビ塔は展望台になっていて夜の9時までは誰でも上ることができる。しかし、現在は深夜2時だ。


「だな。よくわからんが、とっととこちらに引き寄せるか。仁、頼めるか?」


「もちろんです。山村さんは狙撃位置にお願いします」


「ああ。少し、待っててくれ。」


 山村は移動する。


形成クラフト!!スターティアー銀狼ウルフ!!」


 銀崎も鋏を持ち、戦闘準備をする。山村からのサインを確認して、銀崎はコートを脱ぐ。そして、青い光が銀崎から大量に放出される。


「目標が動きました。銀崎君の心力マナに反応したのかすごい勢いで向かってきます」


 緑野が亡霊ゴーストの動きを伝える。


「仁っ!来るぞっ!!」


「はいっ!!見えてます」


「接触まで約5秒!!」


 銀崎は鋏を前に突き出す。


「4、3、2……。」


 山村は狙撃体制に入る。


「1!!」


「ゴォォォォォォ!!!!」


 風を切る音と轟音が鳴り響く。


「ゼロっ!!」


 黒い竜が銀崎の目前に迫る。


「はぁぁぁっっ!!!」


 銀崎は竜の頭に鋏を突き刺そうとした。しかし、鋏は刺さらなかった。竜の突進の威力も消しきれていない。


「ゴァァァァアア!!」


「……ぐあっ!!」


 そしてついに鋏が砕け、銀崎は後方に吹き飛ばされてしまう。


「仁っ!!」


 銃音が数発響く。


「ジュガァァ!!」


 放たれた銃弾は竜の頭に当たる。そのうち1発は目に当たった。


「このぉ……!!形成クラフトぉぉお!!」


 飛ばされていた銀崎が勢いよく飛び出す。そして、右手を上から下に振り落とす。無数の鋏が宙に現れ、竜に向かって飛んでいく。


「ガァァァァァ!!!!」


 大量の鋏が竜の身体に刺さる。竜の悲鳴が響く。


「山村さんっ!!」


「ああっ…!!」


 山村の手には先程持っていた狙撃銃はなかった。その代わりに2丁の銃が握られていた。そして、動きが止まった竜の頭の緑色に光る部分に叩き込んだ。


「はぁっ……はぁっ……流石にこれだけ撃ち込めば……コアに届いたな……」


 竜の動きはようやく止まった。


「仁っ!!大丈夫か?」


 銀崎は立ってはいるもののぐったりとしていた。


「ええ……。少し力を使い過ぎました……」


「そりゃあ、これだけの鋏を出せばそうなるわな……」


「それより竜は……」


「お前のおかげで倒すことができたよ。身体の崩壊も始まっている」


 山村の言う通り竜の身体の崩壊が尻尾から始まっていた。


「ふうっ……良かったです」


 すると鋏が消える。


「しかし、相変わらずすげえな。何本鋏を出したんだ?ぱっと見……300本はあるか?」


「わかんないです。とりあえず竜の身体を止められるように出せるだけ出しましたから……」


「銀崎君っ!山村さんっ!応答してください!!」


「ああ、悪いなけいちゃん。標的の竜の討伐は完了。2人とも大きな怪我はなし。しかし、仁の消耗が激しい。できれば車を手配して欲しい」


「ふうっ、良かった……。あっ…車の手配はすぐにします。5分もあれば、到着すると思います」


「頼む。亡霊ゴースト反応は落ち着いたか?」


「はい。現在他の亡霊ゴーストの反応はありません」


「了解。今夜はこれで上がれそうだな。仁?」


 銀崎は消える竜を見ていた。


「どうした?」


「どうして竜が現れたんだろうなって思って……。しかも弱っていました。ということはどこかで戦っていた可能性が高いはずです。なのに周辺では竜型の目撃情報はありませんでした」


「確かにな……。俺は竜について良く知らんからな。遭遇したのも初めてだったし。というかあれで弱っていたのか?」


「おそらくは……そうです。弱っていなかったら体当たりをまともにくらって無事じゃ済まないです。俺は過去に2度遭遇したことがあるんですが、その時と比較すると弱っているように思えて……」


「やっぱ珍しいよな。帰ったら所長に聞いてみようぜ」


「はい。えっ……」


「ん?おい……マジか……」


 2人の表情が驚きに変わる。竜が消えた後に1人の女性が全裸で倒れていたのだ。


「これは一体……?彼女は……?」


 銀崎は誰かに尋ねるようにつぶやいた。


ーーーーーーーーーー


 その様子を近くのテレビ塔から見ている者が2人いた。2人は白いコートを着ていて、フードを深くかぶっている。


「……どうする?このままだと連れていかれるんじゃないか?」


「…………」


 背の高い方は腕を組み何かを考えている様子だった。


「俺が行こうか?」


「……いや、それはダメよ。私たちは誰かに見られるわけにいかないわ」


「じゃあ、どうする?」


「…………どうすることもできないわね」


「あっ、車が来たな」


 大型の車が到着し、倒れていた女性が運びこまれる。


「とりあえずボスに現状を報告してきましょうか」


「竜を倒した2人の死神のことも報告するのか?」


「そうね。弱っていたとはいえ竜を倒したんですもの。報告はしておいた方がいいわね。銃を使う方はともかく、鋏を使っていた方は今後脅威になる可能性もあるし」


「そうかな……?確かにあれだけの鋏を一気に出したのは驚いたけど、すぐにバテていたし俺達の脅威になるとは思えないけど……。所詮、鋏だろ?」


「だからこそよ。死神の使う武器の見た目と威力は一致しないことも多いわ。普通の武器ではなくわざわざ鋏を使っている意味が必ずあるはずよ」


「……そうだな。でも、なんかいいところだけ持っていかれちゃったのは癪に障るな」


「それには同意ね。これまでの私たちの苦労が水の泡よ」


「というかなんで急にあの2人の方に行ったんだろう?俺たちの方に来るように誘導していたはずなのに」


「それもわからないわね。竜は鋏の男に引き寄せられるように向かっていったわ。心力マナをいくら放出しているとはいえ、私達を無視して向かわれるとは思わなかったわね。彼に何かあるのか……それとも他に理由があるのか……」


「あー……行っちゃったか……」


 背の高い男性が再び視線を下す。竜から出てきた女性はすでに車の中に運び込まれ、戦っていた2人の男性も車に乗り込んでいた。そして、車は走り出し遠ざかっていく。


「今はこれでいいわ。今はね……」


 女性は話している間一度も表情を一度も崩さなかった。

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