第38話『決着。――そして』

 聖王の居城での魔力の衝突。

 ――その衝撃で空間がひび割れ、次の一瞬、俺と聖王の周囲には見覚えのある山岳地帯の光景が広がっていた。


「ここは……ティタニスと戦った山!?」


 さっきの衝撃でビフレストの大鍵が反応したのかもしれない。

 周りを見渡すと、ルイーズさんや騎士たちが呆然としていた。


 俺の手の中にある小鍵は完全に石となり、崩れ去る。

 この異常事態の影響かは分からないが、これで完全に力を失ったわけだ。



 聖王を警戒しながら背後に視線を送ると、セレーネは目をつむってぐったりしている。

 見るからによくない状態だ。


(もう少し、もう少しだけ待っててくれ……。聖王を倒し、君を助ける!!)



 聖剣を構えなおし、目の前に立つ聖王ディヴァンに目を向ける。

 彼も周囲を見渡しているが、その眼光と彼を包むオーラには一部の隙も無かった。

 ただ、彼のそばにいた精霊の片割れの姿が見えない。


「……水の龍はいるが、石の精霊がいなくなってるな」


 石の精霊の気配を探ると、俺の肩の上にルドラが座って答える。


『アトラスって呼ばれてたヤツだろぉ? あれはたぶん城の精霊だぜ。城までは転移してね~し、気配も感じね~なぁ』


「そうか。……戦力がそがれてるなら、それはそれで吉報だ」



 すると俺の左右で騎士たちが隊列を組み、弓矢を構えた。


「王は一人だ! 撃てぃっ!!」


 ノエルの号令で雨のような矢の一斉射撃が聖王に降り注ぐ。

 確かに接近できない以上、弓矢は効果的かもしれない。

 ――普通なら。

 聖王は逃げるどころかニヤリと笑みを浮かべた。


「ふむ。兵が壮健であることはなにより。……手駒にしてやろう」


 彼は悠々と腕を掲げると、その体からどす黒いオーラを噴出させ、水龍リヴァイアサンを包み込む。

 するとたちまちのうちに澄み渡っていた水龍は黒い汚泥の塊となり、雄たけびを上げる。そしてその身で矢の雨をすべて受け止めてしまった。

 さらに黒い泥を洪水のようにあふれさせ、俺たちに襲い掛かる。


「マズい! 俺の背後で身を守れっ!」


 左右の騎士たちだけじゃない。俺の背後にはセレーネやルイーズさんがいる。

 俺はとっさに聖剣の魔力で障壁をつくり出し、聖王の黒いオーラを受け止めた。


 ……セレーネにだけは、彼女だけは絶対に触れさせない。

 君の笑顔がもう一度見たいんだっ!!


「うおおぉぉぉっ!」


 まるで津波のように押し寄せる汚泥。

 それを俺は受け止めきる。

 しかし聖王はうっすらと笑みを浮かべたままだ。


「手駒の候補はそなたらだけではない」


 そう言うや否や、聖王は彼の背後や左右で剣を構える騎士たちへも黒いオーラを浴びせかける。

 くそ、聖剣が作り出す障壁はあくまでも俺の近くにしか生み出せない。

 俺がこの場を離れて騎士たちを助けに行けば、俺の背後にいる大半の人たちが犠牲になってしまう……。


「ルドラ、彼らを遠くへと運んでくれっ!」

 とっさに風で騎士たちを吹き飛ばすが、それでも何人かが聖王のオーラに飲み込まれてしまった。


 黒い汚泥を浴びた彼らは亡者のように生気を無くし、やがて一斉に俺の方に剣を掲げて襲い掛かってくる。

 まるで聖王の操り人形だ。

 聖王が生み出す漆黒の津波を防ぎながらだと、騎士たちの攻撃を防ぐ手立てがないっ!


「ローラン殿っ! ここは私がっ!!」

 そのとき騎士団長のノエルさんが横に並び立ち、手を前に掲げた。

「天よ、眼前の敵を押しつぶせ――」


 ノエルさんの叫びと共に、騎士が何か見えない力で押しつぶされた。

 ……確かこれは重力魔法。広範囲の敵を一気に地に縛り付けられる強力無比な魔法だ。


「ふむ。さすがはノエルよな。……しかし勇者の許につくとは、罰せねばならぬ」


「民をないがしろにし、国を危ぶませる行為。……あなたを王とは奉じられませぬっ」


 そしてノエルさんはいっそう力強く魔法を放った。

 聖王を中心に地形が陥没するほどの圧力。

 操られてしまった騎士たちは、その甲冑ごと押しつぶされていく。

 ……しかし聖王はその中にあって、涼しい顔で歩み出した。

 よく見れば圧力が聖王にも降り注いでいるのが分かる。だがそれでもゆっくりと歩を進める様は化け物を思わせた。



「……あれは、あんな力を持つのはお父様じゃありません」

 俺の背後でルイーズさんが声を上げた。

「そもそもお父様は炎熱魔法の使い手。あんなおぞましい魔法は使えないはずっ」


「大鍵の力を使ってるんじゃないか?」


 そう俺が問うと、セレーネが弱々しく首を振る。


「大鍵に……そ、そんな力は……ありません」


「セレーネさんのおっしゃる通りかと存じます。それに魔法とは一人に一つの原則。それは魔法が使い手の魂の姿をかたどったものだからです。……ゆえに、異なる魔法を使う聖王は、私のお父様ではありません!」


 すると、ルドラが俺の頭の上でつぶやく。

『ってゆ~か、あのオッサン自身から精霊の気配がするんだぜ。ありゃ、人間じゃね~な』


「人間ではない!?」



 ……俺たちがざわめいていると、聖王ディヴァンはつまらなそうに口を開く。


「だからどうした? 人間かどうかなど、そなたら矮小な存在の価値観なぞどうでもいい。歯向かう者などこの世にいらぬ」


「……そもそもお父様は国を導く気高き王だった。騎士団よ、王に成り代わった偽物を討ちなさいっ!」


しかり!」

しかり!」

「我らがグランテーレ近衛騎士団は聖王の名をかたる逆賊を討たん!! これは国家を取り戻す聖戦である!」


 ルイーズの号令の元、騎士はそれぞれの魔法を打ち放つ。

 光の矢、炎の柱、大岩のつぶて……次々と撃ち込まれる必殺の魔法。

 ……しかし聖王ディヴァンは周囲に放っていた黒いオーラを一瞬で呼び寄せ、彼を包み込む膜に変化させてあらゆる魔法を拒絶していく。

 そして再び周囲を襲おうと、大蛇のように鎌首をもたげた。


塵芥ちりあくたの力なぞ届かぬ」


「余裕もこれで終わりさ」


「――――何?」


 聖王がふと顔を上げた時の顔を忘れられない。

 今までの不敵な表情が消え失せており、ハッとした目が俺の視線とぶつかり合う。


 その目は口よりも多くを語っていた。

 「なぜお前がそこにいるのか」と――。

 「身動きが取れなかったはずではないか」と――。



「守りを固めては攻撃の手が留守になる。そんな当たり前も分からないとはなっ」


 騎士たちの一斉攻撃で聖王の津波のようなオーラが引き、そのおかげで自由になれただけだ。

 それがただ一瞬の隙だろうが、見逃す俺ではない!


 セレーネの笑みを取り戻したい。

 共にあるって誓ったんだ!

 二人で魔界に帰るって誓ったんだ!

 セレーネがいない世界なんて考えられないっ!!



「あぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 全身に聖剣のオーラをまとわせ、流星のように聖王へと降り注ぐ――。


 次の瞬間に響く轟音。

 そして爆風が周囲を包む。


 ――俺が振り下ろした聖剣は聖王の体ごと、山を割っていた。


 聖王ディヴァンは地に伏した俺に振り向こうとするが、二つに割れた彼の体はすでに支えるものがなく、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく。

 その体から零れ落ちるのは赤い血ではなく、黒いオーラばかりだった。


 周囲にあふれていた泥のようなオーラも、やがて粉々になって零れ落ちていく。

 そして聖王の体はずぶずぶと腐ったような泡が立ち、地中に吸い込まれるように消えていくのだった。


 後に残ったのは彼の王冠と衣服。

 ……そして七色の光を放つビフレストの大鍵のみである。


「……倒した」

「勇者様が逆賊ディヴァンを討ち取られた」

「勇者様バンザイ!! ローラン様バンザイ!!」


 騎士たちや山の民は徐々に状況を飲み込み、歓声を上げ始める。



 しかし俺の気持ちはすでにここにあらず。

 すぐさまセレーネの姿を探す。


「セレーネっ!! セレーネっ!!」


 騎士をかき分け、一直線に彼女の元へ――。

 しかし目にしたのは青ざめて首を振るルイーズさんと、彼女に抱かれて目をつむるセレーネの姿だった。


「セレーネさんが……目覚めないんです……」


 ノエルさんも手を震わせ、祈っている。

 俺はすぐさまセレーネの傍らに座ると、彼女の胸に耳を当てて心音を聞く。

 ……心臓は、弱々しいが確かに息づいていた。


「――生きてる」


「でも、顔がどんどん青ざめています……」


「死なせない。――絶対に」


 俺はセレーネを抱きしめ、唇を重ねる。


 ――死なせない。

 ――死なせるものか。

 君が俺の身代わりになった時、こうしてくれたんだろう?

 あの時、俺が目覚めた瞬間のことを確かに覚えている。


 大丈夫。

 今度は身代わりになるわけじゃない。

 俺の体を通じて聖剣の魔力を君に送っているだけだ。

 空っぽだった君の魔力も、すぐに満ちる――。


「……ローラン……さま」


「セレーネ……」


 目覚めた彼女は素顔のまま、穏やかに微笑んでくれた。

 それだけで胸がいっぱいになり、目から勝手に涙があふれ出て来る。

 良かった。

 ……良かった。


「セレーネ。……もう二度と自分を犠牲になんてしないでくれ。……君が好きなんだ。傷ついてほしくないんだ」


「え……あ、え? ロ、ローラン……さま?」


 戸惑っている彼女を一層強く抱きしめる。

 温かい。この温もりが君の命の証なんだ。

 彼女の髪の毛に指を通し、頬と頬をこすり合わせる。

 ――そして耳元で、そっと小さく囁いた。


「俺もセレーネを……愛している」


「私も……愛して……います」


 彼女の声が愛おしい。

 二度と離れたりしない。

 そう、俺は胸に誓うのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

お互いの気持ちを確かめ合い、ローランたちは結ばれました。

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

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