第37話『聖王との対面』

 ビフレストの小鍵によって空中に現れた『ゲート』。

 10メートル以上はある不思議な回廊を抜けた俺は、暗く広い場所に出た。

 石造りの豪奢ごうしゃな建物の内部。壁に飾られている旗を見るに、ここは聖王の城だろうか。窓がなく、ろうそくの光しか照らす物がない。


 その奥にある大きな玉座には、長い白髭をたくわえた男が黒衣をまとって座っていた。

 他にはこの場に誰もいない。

 俺たちを苦しめた元凶はこの場にたった一人でいる。

 小鍵を使って直接突入したからこそ得られた、千載一遇のチャンスと思われた。



「……勇者か」


「聖王ディヴァン……。魔界遠征を命じた時以来だな」


 俺は迷わず聖剣を抜き、歩を進める。

 すると俺の手の中にあるビフレストの小鍵がうなるように音を上げ、それを受けて聖王の方からも同じような音が聞こえた。

 これは鍵同士が共鳴しているのかもしれない。

 ヤツが『大鍵』を持っているのは確かなようだ。


「……何の断りもなく我が前に現れるとは不敬であるな。勇者とは……」


「話してる暇はない」


 聖王が何を言おうが時間の無駄だ。

 セレーネには時間がないんだから!



(……ウンディーネとルドラ、我が剣となれ)


 俺は手の内を悟られぬように精霊に囁く。

 聖剣は瞬く間にティタニスを斬ったのと同じ、高圧の水刃で包み込まれた。

 一切の躊躇ちゅうちょなく、それを聖王に向かって一気に振り下ろす!


 しかし聖王は次の一瞬で手を振り上げ、唱える。

「その身を盾と成せ――リヴァイアサン」


 その聖王の言葉と共に、彼の前には巨大な海龍が出現した。

 うねる激流はウンディーネの水の刃をたやすく飲み込み、聖王に届く前にかき消してしまう。

 あらゆるものを切り裂く水圧の刃も、膨大な水に飲み込まれては勢いをそがれてしまうようだった。



「やれやれ。城が傷つくではないか」


「精霊魔法――!?」


「不敬である。ひれ伏すがよい。――潰せ、タイタン」


 言葉と同時に天井が動き、石壁で出来た巨大な足となって落下してきた。

 俺を頭から潰そうと迫りくる。


「ルドラよ――!」


 俺はとっさに暴風に体を乗せ、攻撃を回避する。


 タイタンとやらの攻撃からは逃れたものの、俺は驚きを禁じ得なかった。

 ……聖王が巨大な水龍と石の巨人と思われる二柱の精霊を従えているからだ。


 もちろん精霊魔法の使い手は希少なものの、勇者以外にも存在する。

 しかし彼らはもっと下級の精霊と契約するのが精いっぱいで、大精霊クラスと複数契約できるのは聖剣の勇者以外には聞いたことがなかった。

 ――こんなの、人の身を超えている。


「まさか、これが『ビフレストの大鍵』の力か」


 確かに膨大な魔力を秘めたビフレストの大鍵ならありえることだ。

 相手の手の内のすべては分からないが、神器だけならこちらと同格らしい。



 聖王はというと、悠々と座ったまま俺を見降ろしている。


「魔界から戻って来るとは驚愕に値する。死んだと報告を受けておったが、よもやラムエルの奴め、止めすら刺し損ねておったか……」


「いいや、たしかに死んださ。……そのあと色々とあったんだよ、色々とな。……俺はあんたの望み通りに魔王を倒して大鍵を手に入れた。それなのに殺される理由が分からないな」


「ビフレストの大鍵さえあれば聖剣は邪魔でしかない。それだけのことよ」


「……ほう。大鍵で何をしようとしている?」


 そう問いかけたが、聖王ディヴァンはけだるそうにあごひげをさするだけだった。

「これから死ぬ者に語っても、意味なきこと」


「お互いにかわす言葉はないってことか。……それはそれで面倒がなくていいっ!」


 俺は石畳を蹴って前へ出る。

 聖王もまた腕を振り上げ、精霊に命じた。


「タイタンよ。すり潰すがよい」


 その言葉とともに俺と聖王の間に壁が生じ、さらに左右の壁も一気に迫る。なんと上下や背後からもだ!

 本当に全方位から俺をつぶすつもりらしい。ルドラの風に乗っても逃げ場はない。


「その身をもって支えよ、ベヒモス!!」


 俺の呼びかけに応じて岩の巨竜が姿を現し、迫りくる石壁を押さえつけてくれた。

 大精霊クラスのベヒモスならこの程度は何の問題もない。

 そして俺は壁向こうでふんぞり返っているであろう聖王に不敵な笑みをぶつける。


「……大鍵の魔力を使ってるって言うなら、それは魔王と等しいってことだな。だったら策は一つだ。……ウンディーネとルドラよ、我が剣に宿りて水刃となり、迫る城塞を切り裂けっ!!」


 俺は再び聖剣に水の刃をまとわせ、周囲の石壁を斬り刻む。

 リヴァイアサンとかいう水龍相手でなければ、この水刃の敵ではない。

 そして――。


「ルドラよ、颶風ぐふうの御子よ! 暴風に舞い、岩塊を撃ち放てっ!!」


 聖剣の魔力をルドラに膨大に与え、小さな風の精霊は暴風と化す。

 嵐は切り刻んだ石片を飲み込み、聖王に向かって襲い掛かる。

 タイタンとかいう地の精霊も、俺にとっては戦場の道具に変わりないのだ。



「岩の投擲とうてきなら水を破れるとでも思うたか?」


 聖王はそう言うと、自分の正面に水龍の体を広げる。

 ルドラの暴風によって撃ち出された石片はことごとく激流に飲み込まれ、止められてしまった。


「――思ってないさ」


 俺は聖王の背後――玉座の死角に立ち、一気に聖剣を振るう。

 そう、俺の狙いは最初から岩で聖王をつぶすことではない。

 石片は俺が聖王の背後に回り込むための囮に過ぎなかったのだ。


 聖剣にとっては石の玉座ごとき、バターも同じ。

 それごとぶった切るだけだ。



 ――次の瞬間、あらゆるものを斬れる聖剣にとっては珍しい金属音が鳴り響き、聖王の体で勢いが止められた。

 剣と接触している部分に光の壁が生じており、そのせいで止められたのだ。


「大鍵は使い手を守る。これで倒せると――」


「だから、思ってないさっ。大鍵持ちとの戦いは魔王スルトで経験済みなんだよ。……そしてその光の壁、斬り続ければ破れることも知っている!」



「ふむ。……しかし聖剣で切らねばならぬという事は、我が元に居ねばならぬという事。つまり勇者は死ぬという事だ」


 その言葉が放たれた時、聖王の体から暗黒のオーラが放出された。

 それはまるで蛇が鎌首を上げて飛び掛かるように俺の方に襲い来る。

 背筋に悪寒が走り、俺はとっさに飛びのいた。


 そして目前で確認する。……聖王の体には、あのエヴァの鐘から湧き出ていたどす黒いオーラがまとわりついていた。


 ――このオーラはヤバイ。

 おそらく触れられるだけで呪いをかけられる。

 捕まれば即死、というわけだ。


 ……いいさ、構うもんか。

 危険だからと言って引き下がれない。

 目の前にはセレーネが取り戻したい大鍵。

 そしてセレーネの命を奪い続けている元凶。

 どちらもがあるんだから!!


「うおぉぉぉぉっ!!」


 俺はいっそう速度を上げ、聖王の黒いオーラが手薄な場所から手薄な場所へと瞬時に移動しながら斬り続ける。


 黒いオーラは聖王の意のままに動いているようだが、それはそれで分かりやすい。

 視線や体のほんのわずかな動きから次の手を予測し、対応するだけだ。

 針の穴を通すような緊迫の一瞬が続くが、この程度、いままでの激戦で鍛えられた俺に対処できないものではない。


 隙を見つけて、斬る、斬る、斬る!!

 ……もはや玉座は形も残らない。

 いつしか聖王はその場に立ち往生したまま、俺の剣舞の成すがままになっていた。


「……む。障壁が……」


「これで終わりだぁぁっ!!」


 障壁を破り、そこに致命の一撃を――!


「させぬ――!」


 聖王はその瞬間、膨大な魔力を放った。

 彼の体にまとわりついていた黒いオーラが濃縮され、膨大な黒い泥のようにあふれ出て、俺に襲い掛かる。


 ――マズい。この泥を浴びれば死は確実だ。



「だからって、引けるかぁぁっ!!」


 とっさに聖剣から魔力を放出させ、聖王がやったように俺も魔力を凝縮する。

 すると眩い光のヴェールとなり、黒い泥を押しとどめた。


 魔力量なら聖剣だって負けていないはずだ。

 聖剣からさらに魔力を引きずり出し、大鍵の力と拮抗させる。

 そして俺は渾身の力で、聖剣を叩きつける――。



 その時、ビフレストの大鍵が眩く輝いた。

 直後、空間が震え、ミシミシと何かが割れていくような音が響き渡る。

 その音の源は、俺がここにやってくる際に『小鍵』で開いた時空の扉だった。


 小鍵が力を失ったせいで閉じたはずなのに、その扉があった場所を中心に空間がバリバリと裂けていく。


 次の瞬間、あたり一面が光に包まれ――、

 現れたのは、ティタニスと戦った山岳地帯だった。

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