第34話『新たなる国の産声』

 大地に刺さった聖剣を前にして、ラムエルは鎖をほどかれる。

 彼の指は客観的に見ても分かるほどに震え、息も絶え絶えになっていた。


「……証明すればいいのだな? 俺が聖剣を持ちあげれば、すべてを信じるのだな!?」


「あぁ、約束しよう。俺が一度死んだことが証明できないように、君が魔王を倒してない事実だって証明できない。そんな過去のことよりも大事なのは、今の君が人間界を守れるほどの力を持っていることの証明だ」


「ああ、やってやろうじゃないか!! 吠え面かくなよ、愚か者どもが!!」


 ラムエルは威勢よく聖剣を握りしめると、勢いよく引っ張り上げる。

 しかし聖剣は微動だにせず、動くのは彼の体だけだった。


「く、くそ、動け……。あんなにも軽かったではないか……」


 動くわけがない。これは復活した聖剣なのだから。

 力を取り戻した今、俺以外に持ち上げられる者はいないだろう。


 ちなみに過去のことだが、まわりの地面ごと動かせるか試してみたことがあった。

 俺がやる分には簡単に動くのだが、他の誰がやってもまわりの土がずれるだけで、聖剣の位置はまったく変化がなかった。おそらく地面に刺さっているのではなく、空間に固定されているというニュアンスが正しいのかもしれない。

 今にして思えば、聖剣に宿る守護精霊が認めた者以外の意思を拒んでいるのだと考えられた。



 もはや誰の目にもラムエルが聖剣に認められていないことは明白で、近衛騎士団長のノエルさんは大きくため息をつく。


「ラムエル殿下が勇者であると信じられていたからこそ、精霊院は祭事をお任せになられたのです。聖王陛下もティタニス討伐を命じられたはずなのです。……最初から偽物だったとなれば、こたびの災いはすべて殿下の責任と言って過言ではありますまい! 罪の重さは想像もできませぬぞ」


「待ってくれいっ! ほ、ほら、少し動いた気がせんか?」


「……諦めてくださいませ。私はこの罪を陛下にご報告せねばなりません。……殿下は罪人として連行させていただきます」


「お……俺は王族なのだぞ? それをなんだ、ふ、不敬ではないか……」


 その時、地響きするほどの轟音が響いた。

 音の方を振り向くと、セレーネが苛立った顔でハンマーを地面に叩きつけている。


「ひぃ……っ」


「ええい、うんざりじゃ。王族、王族と偉ぶるのなら、民が敬えるような態度をとれぃっ! まったくなげかわしい!」


 そしてセレーネはハンマーを振り上げ、次はエヴァの方に向ける。


「あと、そこでさっきからずっと黙っておる女! お前も同罪じゃ!! ……いいや、そこの愚かな男よりも罪深いわっ!!」


 エヴァはびくっと震え、おびえた表情で硬直した。

 ティタニスに蹴られた痛みを思い出したのかもしれない。

 そして、セレーネの言葉は的を得ていた。


「エヴァ……。そもそも君が持つ鐘さえなければ、こんな事態にはなっていなかったんだ。ラムエルは知らされていなかったようだが、その鐘を使えば聖剣が壊れるってこと、最初から分かってたんじゃないか?」


 俺が問いただすと、それを受けてルイーズさんがエヴァの前に進み出た。


「……エヴァ。観念して、すべてをお話いただけませんか?」


「……し、司教様! 司教様はいらっしゃいませんこと!? お助けくださいましっ!!」


 エヴァは取り乱したようにあたり一面を見渡す。

 しかし応える者は現れなかった。

 エヴァがあたりを見回していると、ひとりの騎士が駆け寄ってくる。


おそれながら申し上げます! 司教が逃げる所を目撃した者がおりまして、すでにここにはおりません!」


「ふむ、置き去りにされたか。……エヴァとやら。この先のそなたの運命は転落しか想像できぬ。一生の幽閉か、見せしめに火あぶりあたりが妥当じゃろうか。」


 その一言が効いたのだろうか。

 エヴァは鬼のような形相で涙を流し始めた。


「く……くふふ……あはははは……。私を捨てるなら覚悟するがいいですわっ。洗いざらいしゃべって、全員を地獄まで道ずれにしてみせましょう!」



  ◇ ◇ ◇



 エヴァの口からつづられた告白は衝撃的なものだった。


 教会の目的が「勇者を亡き者にして精霊信仰を駆逐し、新たな神の名において大陸を支配すること」だったのはルイーズさんやノエル団長も察していたようだったが、その首謀者の名前に「聖王ディヴァン」の名が挙がった時、場の空気が凍り付いた。

 そしてルイーズさんを幽閉したのも聖王の命令だったと分かり、ノエルさんたち近衛騎士団の面々も動揺を隠せない。


「まさか……父上は最初から俺を殺そうとしていたのか……?」


「お父様……いったい何をお考えなのです?」


 ラムエルとルイーズさんは虚空を見つめ、ショックを露わにしている。

 実の父親であり国王である人物がここまでの暴挙を行っていたと知らされては、動揺する気持ちも分かる。


「……なんて言うか、ここまで内情を知ってるエヴァを放置するとは、何よりも愚かなのは教会の司教たちかもしれないな。聖王もさすがに呆れるだろうさ」


 俺はため息交じりにそう口にした。

 以前から頭を抱えていたのは貴族のような支配者たちの愚かさだ。

 彼らは安全な場所から指図するだけで、自分の身に危険が迫ればすぐに逃げるか他者に責任をなすりつけるだけ。

 司教の行為も貴族たちとなんら変わりのない愚かなものだった。


 なによりも問題なのは聖王ディヴァンだ。

 ティタニスを封じられる俺を最初に暗殺したということは、最初から国に混乱をもたらすつもりだったとも思えてくる。国を導く王と言う立場にありながら、その行動には得体のしれない不気味さが漂っていた。


「……そもそもラムエルが勇者でないと分かっていたのにティタニス討伐に寄こしたってことは、この山に暮らすみんなの犠牲を分かってたって事だ。……聖王という男は国をほろぼしたかったのか?」


 俺がつぶやくと、ラムエルが不思議そうに俺を見る。


「国がほろびる訳がなかろう。王都には強力な魔法の使い手が山ほどおるし、教会の鐘によって守られておるわ」


「王都ならそうかもしれない。しかし魔法が使えない人々はどうなる?」


「はぁ? 下民がどれだけ死のうと問題なわけがなかろう」


 ラムエルは平然な顔でそう答えた。

 俺はさすがに耳を疑う。


「ラムエル……それは本気で言っているのか?」


「何を驚いているのだ? 生まれつき魔力を持たぬ無力な下民なぞ、守るに足らぬ。死んでも勝手に増えるであろう?」


 ……その言葉は俺の逆鱗げきりんに触れるに十分だった。

 そうだ、この世の貴族とはそういうものだった。

 貴族以外を下民と呼んで区別し、ただ搾取するだけの家畜か物と考えている。

 許せるわけがないっ!


「お前ら貴族って奴らは――」

「お兄様っ!!」


 俺が声を上げたのとほぼ同時。

 ルイーズさんがラムエルの頬を叩いていた。


「なんて恐ろしいことを……。国が誰によって守られているか、何も分かっていませんのね。王侯貴族が王都でふんぞり返っている間、汗を流して誰よりも頑張っているのは国民なのです。そんな彼らを下民と呼んで虐げてるあなたたちが大嫌い! 父上が私を追放なさったのはむしろ嬉しいぐらいですわ! 汚らわしい王族ではなくなったんですもの!」


 ルイーズさんは涙ぐみながら呼吸を乱している。

 彼女の言葉は俺の想いそのもので、それが彼女の口から出てきたことが何よりも嬉しい。

 ラムエルはその勢いに飲まれたのか、押し黙ってしまった。


 この瞬間、俺の道筋がはっきりと見えた。


「ルイーズさん、そしてセレーネ。……俺は聖王ディヴァンを倒す。そして身分の隔たりがない平等な世界を作ってみせる。……もしかするとみんなを危険に巻き込むかもしれないが、俺の勝手を許してくれ」


 そう言ってセレーネとルイーズさんを見ると、なぜかふたりは笑っていた。


「ん? 俺、何か変なことを言ったか?」


「いや。平然と大胆な発言をするのじゃな、と思ってな」


「ええ。ローラン様の言葉は、もう国造りと同じですわよ。まるで王になろうという者のセリフです」


「いや……別に王様になりたいわけじゃないんだけどな。俺は政治とか、そういう小難しいことは不得意だ」


「面倒ごとは後でいくらでも悩めばよい。そもそも『ビフレストの大鍵』を取り戻すために聖王との衝突は避けられぬ。そこに大義が加わったのじゃから、歓迎すべきことよ」


 その時、ノエル団長が緊迫した形相で迫ってきた。


「聖王陛下を倒して平等な世界を作る……その意味がお分かりか、ローラン殿? ……それは聖王国との戦争を意味するのです。それは貴殿が言う『人々の暮らしを脅かす行為』に他なりません。……そして我々は騎士として、反乱の火種を目の前にして黙っておれるわけがありません! 矛をお収めください!」


「人々の暮らしが脅かされる……か。それを言われると俺は弱いな。誰にも傷ついてほしくないのが本音なんだ。……でも、立ち上がらなければこの世界は変わらない。傷つく覚悟がなければ勝ち取れないものがある!」


 そして俺はまわりにいる山の民のみんなを見回した。


「そもそも皆は『力なき下民』なんかじゃない! 魔力なんかがなくてもできることはたくさんあるだろう? ここにいるセレーネは『民は宝だ』と言ってくれた。戦えなくても畑を耕し、家畜を育てられる。服を編み、幼子に子守唄を歌える。すべて大事な宝だ……ってな。言っちゃなんだが、俺だって魔力がないし、戦いと土いじり以外に何の能もない人間だぞ? 助け合わないと死んでしまう自信がある! だから一緒に立ち上がって欲しい! 仲間を守るためなら、俺は聖王ディヴァンを倒してみせよう!」


 その言葉を聞いた山の民の表情は驚きに満ちていたが、徐々に目が輝き始めた。


「よくぞ言って下さった! 私はローラン様についてまいります」

「ローラン様も我らと同じ魔力のない民なのじゃ。ついて行かずして、何としましょうか」

「何度となく命を救われた身。我ら山の民が力になれるのであれば、どこへでもついてまいりましょう!」


 口々に上がる歓声が嬉しい。

 しかし当然と言うか、騎士たちは俺のことを放っておいてくれるはずもない。

 それぞれに剣を抜き、俺に切っ先を向けた。


「……やれやれ。むやみに殺したくはないんだ。風の精霊の力で吹き飛んでもらおうか」


 俺は聖剣を抜き、ルドラの名を呼ぶ。

 その時、俺と騎士たちの間にルイーズさんが割って入ってきた。


「双方、矛を収めなさい。そして騎士たちよ、聞くのです。――この私、ルイーズ・エトワール・グランテーレはあえて汚らわしい王族の名をもってここに宣言いたしましょう。これより私は勇者ローランと共に逆賊ディヴァンを討ちます! 王族に従う近衛騎士団よ、我が名の元に馳せ参じなさい!」


 そう名乗りを上げるルイーズさんは、まさに王女だった。

 勇ましくも気品があり、騎士たちに有無を言わせぬ迫力をかもし出している。


「ふふ。弱き者とあなどっておったが、なかなかに小気味よい女じゃ。……では、わらわも力を貸そうかの」


 セレーネは嬉しそうに微笑むと、前に進み出てルイーズさんの横に並び立つ。


「わらわは魔界を統べし魔王領の王女セレーネ。わらわはルイーズ王女と勇者ローランと共にあることをここに誓う。二人の意思がくじけぬ限り、魔界もまた力を貸そう!」


 二人の王女は光り輝いているように神々しくて、俺も息をのむほどだった。

 「さすがは王女様。様になってるな」と小さくつぶやき、聖剣を鞘に収める。

 山の民からは歓声が上がり、まるで山が震えるような気さえした。


 騎士団長ノエルもまた同じ気持ちだったのだろう。

 彼もまた剣を鞘に収め、ルイーズの前にひざまずく。

 騎士たちもそれにならい、一同が跪いた。


「我らが近衛騎士団はルイーズ殿下と共にあることをここに誓います。殿下の盾となり矛となり、逆賊たる聖王ディヴァンを討ってみせましょう」


 それはきっと伝説にも残されるような光景。

 新たな国の産声が聞こえるようだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

辺境でのこの出来事は、やがて世界を巻き込む歴史の転換点になるのでしょう……。

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

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