第33話『試しの聖剣』
山の民を護衛しながら、聖王国の近衛騎士団長ノエルはティタニスの元へとやってきた。
そして目の当たりにしたのはここにいるはずのない男。
――先代勇者ローランの姿だった。
降り注ぐ水滴と虹の橋を背景にして空に浮遊する様は、まるで天使の降臨を思わせる。
あまりの美しさに見とれるしかなく、ノエルは言葉なく見上げるしかできなかった。
ローランは魔道文字を描いた手のひらでティタニスの露出した
「贄は霊鉄。
星命の大樹に実りし子等よ。渦巻く
その言葉と共にティタニスの体は光り輝き、徐々にその体は崩れ始める。
「鎮め、鎮め、鎮め――。汝の名は
その言葉が紡がれた瞬間、巨大なティタニスの体はすべて霧散して消えていった。
この大地へと戻ったのだ。
山の民は涙を流しながらひざまずき、両手を合わせて祈り始める。
「あぁぁ……ローラン様じゃぁ。お戻りになると、わしは信じておりました」
「ありがたや……ありがたや……」
「ティタニスをお鎮め下さり、ありがとうございます……」
その祈る民を横目に、ノエルはようやく口を開いた。
「……お亡くなりになったはずでは。まさかこれは夢か幻か……?」
聖女エヴァの告白によれば、彼はエヴァとラムエル殿下の手で殺害されたという。
しかし目の前の人物を見間違えるはずがない。
その超絶的な強さによって騎士の誰もが羨望し、同時に嫉妬した男の姿である。
「夢でも幻でもございませんわ。彼は間違いなくローラン様ですよ」
背後から柔らかな女性の声が近づいてくる。
ノエルが振り向くと、そこには忠誠を誓う王族の姿があった。
彼はその女性の足元にひざまずく。
「……ルイーズ殿下。何日も前から王宮に御姿が見えず、誰もが案じておりました。……よくぞご無事で」
「……私は幽閉されていたのです。この騒動でなんとか脱出しましたが、死にかけたところをローラン様に救われました」
「幽閉……? まさかラムエル殿下によって!?」
「何も分かりません。……しかし驚きました。まさかあなたが最初に兄を疑うとは」
「それは……」
ルイーズの当然の疑問に、ノエルは慌てて口をつぐんだ。
ラムエル王子がローラン殺害の疑いをかけられていることは知っている。このところ王子がルイーズ姫に酷いことをされたらしいとも宮中で噂になっていた。
そのため、ノエルはルイーズ姫の幽閉とラムエルをたやすく結びつけてしまったのだ。
ルイーズはというと、ノエルとは対照的に冷静に思考する。
「そもそも聖王陛下付きのあなたがここにいるのは不自然ですね。もしや兄の監視が任務だったのでは?」
「…………ルイーズ殿下の聡明さには頭が下がる想いでございます。おっしゃる通り、我々近衛騎士団はラムエル殿下のティタニス討伐の様子を監視し、すべてを報告せよと聖王陛下から命じられておりました」
全てが見透かされていると分かったノエルは、もはや隠すことはできなくなっていた。
ルイーズはというと、それを聞いてあきれたようにため息をつく。
「はぁぁ……。お父様はいったい何をお考えなのでしょう。ローラン様のお力で聖剣がよみがえったから良かったものの、彼が戻ってこなければどうなっていたことか」
「それでございます! ローラン様は魔界でお亡くなりになったはず。どうしてここにいらっしゃるのか」
「――それはわらわとローランが答えよう」
……その時、ふいに女性の声が聞こえた。
二人が振り返ると、背後には角と尻尾の生えた魔族……セレーネが歩み寄って来る。
もちろんノエルはその魔族の風貌にも驚いたのだが、それ以上に目を疑ったのは、彼女が両脇に抱えて運ぶ人物のことだった。
「殿下!! ラムエル殿下ではありませんか!!」
ラムエル王子も聖女エヴァも、力なくぐったりしていた。
「死んではおらんよ。これより叩き起こし、彼らの罪を明らかにしようと思う。そなたらも来い」
◇ ◇ ◇
「兄とエヴァに殺された……?」
俺が一度死んだこと、しかもラムエルとエヴァの手にかかっての死だったと伝えると、ルイーズは心底軽蔑するような目でラムエルたちを見下した。
まわりでそれを聞いていた騎士や山の民からも驚きや非難の声が上がり、「信じられない」という者もいれば「やはり」と納得する者など反応は様々だった。
「……わらわの臣下の報告によると、背後から襲われた挙句に、聖剣を用いて首を斬り落とされたとか。……わらわの命を注いで蘇生させることができたが、あまりにも
そして俺とセレーネは魔界遠征で起きた悲劇についてを洗いざらい伝えた。
初めからラムエルとエヴァには冷たい目が注がれていたが、もはや針のむしろと言っていいほどの空気が漂う。
彼ら二人は縛り上げられ、ただ黙って首を垂れるだけだった。
しかしラムエルは不気味な笑い声をあげる。
「く……くく……。俺に殺された? おかしいではないか。では今、俺の前にいる貴様は何なのだ? 首に傷はあるか? 何の証拠もないではないか!」
「そ、そうですわっ。ローランくんは魔王スルトに手も足も出ずに負けた。私は死んだと勘違いしてましたけど、あのとき息があったという事ね!」
この状況に追い込まれたというのに、まだあきらめないのは驚くべきことだ。
俺はむしろ二人のガッツに称賛を贈りたいとさえ思ってしまう。
そんな中、ルイーズさんは淡々とした表情でラムエルを見つめる。
彼のこういう側面を昔から知っているのかもしれない。
「お兄様、確認でございます。……公式のご報告ではローラン様が魔王の手でお亡くなりになった後、お兄様が聖剣に認められて勇者になり、魔王スルトを倒したのでしたわよね」
「あ……ああ、その通りだ」
「魔王が聖剣でしか倒せないのは、魔界の至宝である『ビフレストの大鍵』の魔力に守られているからと伝えられております。大鍵はお兄様が持ち帰られましたので、魔王が倒されたのは事実でありましょう。……しかしこれだけの事実では、魔王を倒したのがお兄様という証拠はありません」
「お……俺が聖剣に選ばれたのだ! 俺が倒したに決まっているだろうが!」
するとルイーズさんはため息をつき、俺の手の中にある聖剣に視線を送った。
「お兄様が持ち帰った聖剣が、何の力もないもぬけの殻だったこと、私は知っております。私でも軽々と持ち上げられたのですから!」
ルイーズさんの言葉で、周囲にどよめきが走った。
ラムエルの表情は、彼女の言葉が事実だと白状しているも同然だ。
さらに続くように、山の民に混じって一人の男が手を挙げる。
確かルイーズさんと一緒にこの山に来た人で、馬を貸した馬主を名乗っていた。
「……実は、私も持ち上げてしまいました」
「貴様、あの時の!?」
「はい。精霊様から逃げていらっしゃったラムエル殿下が剣を落とされまして。私も慌てていたので拾って差し上げたのですが、私に持ち上げられるなんておかしいと、皆で言い合っておりました」
おそらくその話は俺が人間界に戻って来る直前の出来事なのだろう。
ずっと聖剣がどうなっているのか心配はしていたが、案の定というか、力が失われたせいで誰にでも持てる状況にあったらしい。
「……殿下。そのお顔、自らが真実であると白状しているも同然でありますよ」
そうノエルに指摘されて、ラムエルは押し黙ってしまった。
ラムエルが認めた様子を見て、ルイーズさんはさらに続ける。
「お兄様が真の勇者であれば魔王を倒したのは真実なのでしょう。……しかしお兄様が偽物の勇者だったとすれば、魔王は誰が倒したのです? どうやって、勇者以外の誰にも持てないはずの聖剣を持ち帰られたのです?」
もはや言い逃れはできない状況だった。
それでもラムエルは首を横に振り続ける。
「王族である俺が勇者なのだっ! こんな下民どもに何が分かるっ!! この鎖をほどけ。俺が今一度剣を握ってやる。真の勇者だと知らしめてくれるわぁっ!!」
……呆れるほどの頑なさだった。
俺はため息をつき、そして聖剣を地面に突き立てた。
あらゆるものを切り刻む聖剣は、たやすく地面深くに埋まる。
そして俺はラムエルを見据えた。
「ラムエル。この剣を抜き、持ち上げて見せるんだ。これはティタニスを打ち倒した、まぎれもない力を秘めている。……もし君が聖剣を持ちあげられたのなら、君も魔王を倒し得るほどの力を秘めた勇者だと、誰もが認めてくれるだろう」
ラムエルは無言で俺をにらみつけて来るばかり。
だから、俺はダメ押しとばかりに口を開く。
「――さあ、どうする?」
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