第32話『神話の戦い』

 大樹の根のドームを突き破って飛翔する。

 そうしてティタニスの目の前に立ちはだかると同時に、眼前に巨大な足先が猛烈な勢いで迫ってきた。


「女神様なのに足癖が悪いことだ。……避けられないのをいいことにっ!」


 この程度を避けるのは簡単なことだ。

 しかし俺が避けたら、下のセレーネたちが蹴り飛ばされてしまうだろう。

 俺は足元の大樹に聖剣を突き刺した。


「汝の名は幽玄の大樹ユミル、そして地の宿り子ノームよ! 我が眼前に鉄壁の壁を生み、巨岩の精霊をからめとれ!」


 その呼びかけに応じるように、聖剣の魔力で満たされたユミルは根や枝を一気に伸ばす。

 そしてノームは地表を持ち上げ、岩と大樹が絡みつく強固な壁を作り上げた。


 ティタニスの足の激突によって空間が波打つように振動する。

 俺はその隙を逃さない!

 ティタニスの巨大な足に飛び掛かり、さらにユミルの大樹を芽吹かせた。

 セレーネの時間加速とは違うが、聖剣に秘められた膨大な魔力を注ぎ込めば成長の加速も意のままだ。

 大樹の幹はティタニスの足に食い込みながら成長し、たちまちのうちに足を大地に縫い留めてくれた。


「これでしばらくは動けないだろ。……さて、一気にやらせてもらおうか」


 ……そうつぶやいた瞬間、ティタニスの足から無数のしもべたちがあふれ出てきた。

 さすがにティタニス本体よりも小さい上に数が多いと、一体一体を縛っている余裕はない。

 俺はとっさに距離を取り、撫でるようにしもべたちを切り刻んだ。


「……ふむ。斬ってもすぐに復活するか」


 このしもべはあくまでもティタニスの一部のようで、しもべ自体に核はない。

 それゆえに再契約して鎮めるという手段はとれそうにない。


「……ま、そういうことなら地の支配を奪うまでさ。ノーム、飲み込め!」


 俺は小さな泥人形のような地の精霊ノームを出現させ、そこに聖剣の魔力を込めた。

 するとノームの体は一気に膨れ上がり、その口で数体のしもべを一気に飲み込む。

 ノームの食欲は収まることはない。

 ティタニスのしもべが持つ魔力を奪いながら成長し、さらに多くのしもべを飲み込んでいった。


 普通なら下級の精霊が大精霊――しかも神に近い大精霊の力を奪うなんて不可能だ。

 しかし聖剣の力で強化された場合は訳が違う!

 さらにノームは魔界の枯れ果てた大地生まれなので、人間界の肥沃な土が旨くてたまらないのだろう。

 むさぼるようにティタニスのしもべを平らげていく。


 ……そして次第にノームの体が輝き始めた。

 下級精霊が大精霊に昇格する兆しだ。

 神に近い大精霊を喰らったことで、その成長が一足飛びに成ったのだろう。


「ノームも成長したいか。その気持ち、よくわかるよ。……汝の新たなる名は地裂の巨竜ベヒモス! ノームの殻を破りたまえ!」


 俺は聖剣を通じてノームに魔力をささげる。

 次の瞬間、泥団子のようだった丸い体に亀裂が入り、さなぎが羽化するように巨大な四本の足と大きな口が現れた。

 ――それはまさに巨竜。

 翼を持たない大地の竜となり、ティタニスのしもべの前に立ちはだかる。


『うまうま~。もっと食べたい食べたいっ』


 ノーム改め、地の大精霊ベヒモスは、その図体に似合わない愛嬌で、楽しそうに足踏みしている。

 俺はベヒモスの足を撫でた。


「よしよし。いい子だ、ベヒモス。食べ物はいっぱいあるから、ティタニスのしもべたちは君に任せるよ」


『いっただっきま~す!』


 そう言ってベヒモスは大きな口を開けてティタニスのしもべを丸のみにし始める。

 ……これでティタニス本体に集中できそうだ。

 足をからめとられて動けなくなったティタニスに、俺は不敵な笑みを向けた。



  ◇ ◇ ◇



 その頃、ルイーズは馬に乗り、ローランのいる場所へと駆けていた。

 馬を用意した馬主もそれを追いかける。


「ルイーズさま! 危険でございます。お待ちくださいっ!」


 しかし前を走るルイーズは聞く耳をもたない。

 彼女の視線はただ一点。聖剣ヘイムダルが飛び去って行った、ティタニスのいる地だけを見ていた。


「あれは確かに聖剣ヘイムダルでした! きっとローラン様が力を取り戻されたに違いありませんわ! 精霊院の人間として、駆け付けないわけにはいきません!」


 彼女の表情は高揚していた。

 最強の勇者が最強の武具を手に入れる。――そこに勝利以外はないと、確信していた。



  ◇ ◇ ◇



 そして動いたのはルイーズだけではなかった。

 ティタニスを封じていた祭壇。そこを守っていた山の民もまた、勇者の復活を感じて下山を始めていたのである。


「やめなさいっ! 危険だと言っているでしょう!」


 聖王国の近衛騎士団を率いるノエル団長は、動こうとする山の民を必死に食い止めていた。

 しかし勇者を信奉する山の民を止めることはできない。

 彼らの熱意が、徐々に騎士団の包囲を破り出していた。


「あの七色の光は聖剣に違いありません。きっと真の勇者様がご降臨なさったのです! 精霊を祭る民として、はせ参じぬわけにはまいりません」

「どうか、どうか行かせてくださいませ。どんな危険があろうと、真の勇者のお姿を一目でも見たいのです」


 ……そんな中、聖女エヴァと取引を交わした村長が山の民の前に躍り出て食い止めようとする。


「騎士様のおっしゃる通りですぞ。わが村は教会と聖女様を信じ、ここにとどまるべきなのです!」


「村長! あんた、教会なんかに尻尾をふったのか!? 勇者様こそが自然と人を結び付けてくれるお人だぞ!?」

「そうだ! そもそも教会は貴族どもの味方じゃねぇか! 俺たち辺境の民を食い物にしか思っていないんだ!」

「村長も目を覚ませ!」


 住民を引き留めようとする村長もたじろぎ始める。

 もう山の民の勢いは止まらなかった。



 この様子を目の当たりにし、騎士団長ノエルもついにはあきらめる。


「……やむを得ん。我々も民を守りつつ山を下る! 騎士たちよ、死地を覚悟せい!」


「はっ!」


 そうして、山の民もまたローランの元へとはせ参じ始めたのだった――。



  ◇ ◇ ◇



 民が接近しつつある中で、ローランはというと圧倒的な力でティタニスを打ち負かしていた。

 ティタニスの巨体は聖剣を持ったローランにとっては大きな的でしかなく、ルドラの風の力を乗せた斬撃によって切り刻まれていたのだった――。


「さすがは神に近いとされる大精霊だな。あれだけ斬っても立ち続けてるとは……」


 俺は肩を軽く回しながらあたりの様子を見る。

 セレーネはあの後、安全な距離まで退避してくれたようだ。

 教会の連中も命は惜しいだろうから、適当に逃げていてくれるだろう。

 すると、頭に直接語り掛けるような声が響いてきた。


『聖……剣ノ……チカラ……。ソナタハ……誰ゾ…………。愛シイ聖剣ノ御子ハ、何処ゾ……』


「暴れて発散したおかげで理性が多少は戻ってきてくれたか? ……とはいえ、俺を思い出してくれるほどではないか……。やっぱ、コアに接触するしかないよな」


『オオォォオォォォォォオォオ…………御子ハ何処ゾ、御子ハ何処ゾォォォ……』


「目の前にいるよ。……そろそろ終わりにしようか、ティタニス」


 これだけ暴れまわったといっても、大自然の化身である精霊を人間の法で罰することはできない。

 むしろ怒らせてしまった人間側に落ち度があると言ってもいい。

 だから俺ができるのは精霊を滅ぼすか、鎮めるかの二択だけだ。


 ……そして俺は滅ぼさない。

 怒りを吐き出させるだけ吐き出させて、鎮めるのだ。


 この戦いも、終わりの時が来た。


「汝の名は――大いなる暴風ルドラ、そして湖畔の乙女ウンディーネ! 我が剣に宿りて水刃となり、巨岩の精霊を断ち切らん」


 ルドラの刃だけではティタニスの体の表面を削るだけだった。

 ウンディーネの水の刃は吸収されるだけだった。

 しかしその二者が協力すれば、きっと鉄をも断ち切る水圧の刃になってくれるだろう。


 俺は聖剣を構え、精霊に祈る。

 すると剣の切っ先からは凄まじい勢いの水の刃が噴出した。

 聖剣の底なしの魔力に支えられ、ウンディーネが作り出す水は地平まで届いているのではと思うほどの巨大な剣へと変貌する。


「再会のために、君を斬る――」


 振り下ろす刃。

 ティタニスの体は次の瞬間、真っ二つに割れていた。



  ◇ ◇ ◇



 ローランによるとどめの一撃を、セレーネは息をのんで見守っていた。


 山を斬った水の刃は、やがて放物線を描いて大地に降り注ぐ。

 そして陽の光に照らされ、そこには大きな虹が描かれた。


「まさに真の勇者……。……わが父が勝てぬわけよな」


 セレーネの心に踊るのは憧憬しょうけい

 神話に描かれるような戦いを目の当たりにして、ただ手を合わせることしかできなかった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

強大なティタニスも、完全復活したローランの敵ではありませんでした。

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

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