第29話『裏切り者はここに集う』
俺は住民が連れて来てくれた馬車に乗ると、気絶しているラムエルを縛って荷台に放り込こんだ。
これから向かうはティタニスの元。
聖剣を隠されたのは計算外だが、とにかくティタニス自身を何とかしなくてはならない。
ティタニスを縛っている大樹ユミルも、いつまでも持つとは限らないからだ。
馬車を走らせていると、セレーネが荷台を見下ろしため息をつく。
「こやつがローランを殺した裏切り者か……っ! いっそのこと殺せばいいものを」
「今はティタニスの注意を引き付けられる分だけ役に立ってくれる。気絶してるだけマシさ」
「……確かにティタニスのしもべがついてくるようになったがの」
俺たちが進むと、ティタニスのしもべがこちらに追随するようになった。
ラムエルの姿が隠れないように気を付けつつ、俺は精霊をおびき寄せながら走る。
これでルイーズや住民たちは大丈夫だろう。
「ところでセレーネ。小鍵の状態はどうだ? やっぱりもう使えない感じか?」
横目にセレーネを見ると、彼女は自分の角に手を触れ、そこから『ビフレストの小鍵』を取り出した。
元々の輝きは失われているが、それでもまだ、ほんのりと輝いているようにも見える。
「……どうじゃろう。初めて使ったゆえ、正確なことは分からぬ。かなり弱まったが、ほんの少し魔力が残っているじゃろうか……」
「それは、魔界に戻れるってことか?」
「それは無理じゃろうな。はじめが百だとすれば、今は十にも満たぬぐらいじゃろう。仮に扉を開けたとして、魔界ではなく人間界のどこかに繋がるのがやっと。……それができるかどうかも分からぬが」
「そうか……。じゃあやっぱり、ビフレストの大鍵は取り戻さないとな」
「はじめから奪還しない選択肢はないっ。それより今はティタニス……じゃろ?」
セレーネの言う通りだ。
俺は俺がやりたい事をやるんだ。
セレーネの横に立ち続けるためにも、民を守り切ってみせる!
◇ ◇ ◇
山道に入り、ティタニスのしもべに追いつかれて交戦が始まる。
俺とセレーネがしもべを粉砕しながら馬車を進めていた時、山道の奥の方でしもべたちの集団が粉々に砕け散るところを目にする。
「む。他の誰かも戦っておるのか?」
「かすかに鐘の音が聴こえた。……これはまさか」
とある予感に不安を抱きながら、俺は馬車を進める。
そしてティタニスの正面にあたる広場までやってきた時、黒いローブを着た集団がそこにいた。
そして集団の先頭には見知った女が、鐘を手にして笑っている。
「…………エヴァ」
相手の方も馬車の出現に気が付き、こちらを向く。
その女の顔は見間違えることなんてない。
俺のかつての仲間の一人。そして裏切った女。
――聖女エヴァだった。
「あら。なんでローランくんがいるのかしら?」
彼女はそろいのローブの集団を引き連れているようだ。
雰囲気から察するに、エヴァと同じ教会の者たちだろう。
それなりに鍛えているようで、数人がかりではあるがティタニスのしもべを相手に奮闘しているようだ。
そしてエヴァはその手に小さな鐘を持ち、笑っている。
……あの鐘は魔王スルト討伐の直後に俺を無力化した、忌まわしい鐘そのものだった。
「聖女様。そちらの者どもはお知り合いですか?」
従者にそう尋ねられ、エヴァはうなずいて肯定する。
「……先代の勇者ローランですわ。魔界で死んだはずなのに、なぜここに……」
警戒と疑念の表情が浮かぶ。
しかし、エヴァはすぐに不敵な笑いを取り戻した。
「なぜか分かりませんが、まぁいいでしょう。もう一度殺せばいいのです。それに、見たところ聖剣はお持ちではない様子……。聖剣もなしでノコノコと精霊の前にやってきて、何ができるのかしら?」
「その嫌なしゃべり方、もう演技するつもりはないようだな」
「当然ですわ。なにが楽しくて下民に優しくしなくてはならないのかしら」
その吐き捨てるような言い方に、俺もさすがに苛立ちを覚える。
こんな奴らが仲間だったなんて、過去を汚されたようで嫌気がさす。
その時、教会の男が慌てて俺の背後を指さした。
俺も気配を感じて振り返ると、馬車の荷台の上ではラムエルが立ち上がっていたのだった。
「ラムエル……。縛ってたのに、なぜ!?」
「ふん。縄ぐらい俺の電撃で焼き切れるわ。……それよりもエヴァ、よくも俺を裏切ったな」
「あら坊や、眉間にしわを寄せてどうしたのかしら? 怖い怖い」
あくまでもエヴァは余裕ぶり、相手を馬鹿にするように笑う。
この二人の間に何が起きたのか分からないが、ラムエルの怒りようを見ると酷い仲間割れを起こしたのだろうか?
「エヴァアァァァアッ!!」
ラムエルは顔を歪ませ、怒声を上げると手のひらをエヴァに突き出した。
彼の雷撃魔法だ。
指先に放電の光が走ったかと思った瞬間、真っすぐにエヴァへと光の筋が射出される。
まさに神速の光。
……しかし、エヴァは事前にわかっていたように落雷をたやすく避けた。
そして手に持っていた
それは一瞬の出来事だった。
エヴァはモーニングスターの先端の棘をラムエルの背中に打ち込み、完全に彼を沈黙させてしまった。
悶絶して動けなくなったラムエル。その彼の頭をエヴァは踏みつける。
「あなたが魔法を打つ時の癖、指摘してあげたのは私でしてよ? まだ直せてないのね、愚かな坊や」
馬車の荷台の上でクスクスと笑うエヴァ。
その残虐性は聖女の名にふさわしくないものだった。
そのとき、セレーネは俺の横で腕組みをしながら、エヴァを見上げてうなった。
「ほう。この女、なやなかの体術ではないか」
「強化魔法らしい。ラムエルでは相手にならないようだな」
「そなたの敵なのじゃろ? わらわが口を塞ごうか?」
「……いや。少しだけ話したい」
……そんな俺たちのやり取りを見て、エヴァは意外そうに首をかしげる。
「ずいぶんと余裕ですのね。聖剣もなしに、あなたに何ができるのかしら」
「ま、いろいろな」
「ふぅん。……でも本当に好都合でしたわ。実はラムエルくんが逃げたから困ってたのです。『勇者逃亡』という幕引きでは弱いですからね。やっぱりちゃんと死んでもらわなければ、古い時代は終わりませんもの!」
「どういうことだ?」
なにやら不穏な言葉を口にするエヴァ。
そこに彼女の目的があるような気がして、俺は注意を払う。
するとエヴァは高らかに天に手を掲げ、語り始めた。
「『勇者なんてカビの生えた風習、何の意味もなかった!』、『精霊とはなんと恐ろしいんだ!』――あなたがた勇者が無様に精霊に殺されれば、さぞや民は失望するでしょう。……そこに我々『
「……ラムエルを気絶させたのは精霊じゃないが、それはいいのか?」
「どう死のうが構いませんわ。『勇者は精霊に負けて、無様に死にました』と広めるだけですもの」
そういえば教会は精霊信仰を邪魔に思ってるらしいと、ルイーズさんが言っていた気がする。
それを思い出して、いろいろと腑に落ちた。
「そうか。勇者が邪魔で、だから俺を殺したんだな」
魔王討伐後に俺を殺したのは計画的なもの。そもそもの黒幕は教会だったということか……。
理由が分かってスッキリした気がする。
そして意外なことに、それを理由に怒る気にはなれなかった。
セレーネに救われた今となっては、もうエヴァたちはどうでもよくなっていたからだ。
だけど、だからといって怒ってないわけではない。
そんな理由で、ティタニス騒ぎに便乗して俺たちを襲ってるのが許せなかった。
被害に遭った民をなんだと思ってるんだ。
「……別に民を守ってくれるなら、教会だって俺は気にしないさ。別に勇者の伝統を守ろうなんて思ってなかったからな。……しかしな。守るなら、最初から精霊を復活させるなよ! 教会とか精霊院とかの力関係はわかんないけど、危険だと分かってるなら協力して守れよ!」
「バカなのかしら? 騒ぎが起らないと、民に気づいてもらえないじゃない」
「つまり被害が出るって分かってて、傍観したってことか!?」
これはあくまでも、教会が勢力を伸ばすためのパフォーマンスということなのか?
そんなことのために山は崩され、民が犠牲になったと思うと開いた口が塞がらない。
こいつら、民をなんだと思ってるんだ?
「あーうるさいうるさい。お死になさい」
エヴァはそう言うと、モーニングスターをすさまじい勢いで振り下ろした。
それは俺の脳天めがけて、真っすぐに落ちてくる。
強化魔法で筋力を強化してるんだろう。常人では避けようがない速度だった。
「ノームっ!」
俺はとっさに地の精霊を呼び、岩壁を生成して防御する。
エヴァはというと、見ればわかるほどに驚愕していた。
「精霊魔法!? なぜ復活してるの!? ……でもそんなの無意味ですわぁぁっ!!」
さすがに判断が速い。
エヴァは俺が精霊の力を使えると分かるや否や、腰に携えている鐘を持ち、振り下ろした。
「やはりか! ルドラ、頼むっ!!」
この超近距離で鐘の音をまともに浴びれば一巻の終わりだ。
音を浴びたが最後、精霊との契約を強制的に断ち切られてしまう!
とっさに俺はルドラの風で空気の防壁をつくり出した。
鐘の音も空気の震え。
暴風によって音をかき消してみせるっ!!
『うっ……! うるせぇぇ……! 全身バラバラになっちまうっ』
ルドラは耳を抑え、顔を歪ませる。
ギリギリ防げたようでルドラとの契約は断ち切られていないが、見るからにルドラはボロボだ。
岩壁をつくり出したノームも衰弱して見える。
次が来たらもう防げないかもしれない。
「あははははっ! まだまだですわぁぁっ!」
エヴァは高笑いし、とどめとばかりに大きく腕を振り上げた。
――その時。
「させるかぁぁっ!!」
叫びながら、セレーネが飛び出した!
一瞬でエヴァに密着すると、彼女の手の中の鐘を奪う。
そしてエヴァの腰と鐘をつないでいるチェーンを引きちぎった。
「なにをしますのっ!? このクソ女っ!!」
「音がマズいのじゃろ!? だったらこうじゃぁっ!!」
セレーネは大きく振りかぶり、森の奥めがけて鐘を投げるのだった。
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