第28話『愚かな王子の愚かな行い』

 ティタニスの動きをユミルの大樹で封じ込め、俺とセレーネはほっと一息ついた。

 周りを見渡すが、うまく土砂崩れを止められているようだ。

 大樹の根はしっかりと大地を抱きしめてくれていた。


「ローラン様!! お亡くなりになったというのはやっぱり嘘だったんだ!!」

「私たちは信じておりました!」

「そちらのお美しい方の魔法はなんと素晴らしい……。樹木の女神様でしょうか」


 集落の中から人々が出て来るや、歓声を上げる。

 十人や二十人ではない。こんなにも人が残っているとは……。

 足の悪そうな人ややつれている人もいるので、この異変が分かっていても逃げられなかったのだろう。

 ギリギリで守れてわけで、本当によかったと胸をなでおろす。


 セレーネと言うと、妙にそわそわとしていた。

 魔族なのに人間界で歓迎されているわけで、彼女にとっては無理もないだろう。


「や……やめい。な、なんかこそばゆい……」

そう言って照れ、俺の背後に隠れてしまった。


「……ところでローランよ。わらわがいなければティタニスの対処はどうするつもりだったのじゃ? 最初はそなた一人でやるつもりだったのじゃろう?」


「正直なところ、ラムエルがここまでティタニスを怒らせてたのは想定外だったんだ。仮にティタニスを鎮められたとしても、君がいなければ被害は甚大なものになっていたと思う」


 そして改めてセレーネに向き直った。


「ありがとう、セレーネ。君がいてくれてよかった」


「そ、そんな……真っすぐな目で褒めるでないわっ。困るじゃろっ」



 しかしその時、遠くで悲鳴が沸き起こった。

 とっさに見ると、山の方から身長3メートルはあろうかという大きな女神像が歩み出て来る。もしかするとティタニスのしもべなのかもしれない!


「ルドラ、ここにいる人間全員を運べるか!?」


『それはにーちゃんの体力次第さ~』


「俺の体力か……。ここまで多い人間を一度に運んだことはないが……」

 ルドラのいう事はもっともで、契約精霊のパワーは契約者しだいだ。


「ローラン、魔力不足が問題か? ……わ、わらわの力を貸そうか?」

 彼女の提案は、それは肌を密着するということだ。


「いや、こんな人目の多いところでやることじゃない。ルドラ、いいから頼む!」


『きばれよ、にーちゃん! やったるぜ~~!』


 躊躇ちゅうちょしている場合ではない。

 俺が頼むと、ルドラは笑いながら小さな羽を羽ばたかせ始めた。

 それと同時にあたりに暴風が吹き荒れ、建物の都や窓が吹き飛んだかと思うと、中から人々が舞い上がった。


「ルドラっ! 突風のごとくすばやく、そしてやさしくな!」


『注文がむずかしいぜ~。精をたっぷりいただくかんな~!』


 ルドラの声と共に何十人の人間が舞い上がる。そしてそのまま、山から遠ざかって行くのだった。



  ◇ ◇ ◇



 どうにか住民全員をルイーズさんのいるところまで退避させられた。

 俺はどっと汗を吹きだしながら、息を切らせてしゃがみ込む。


「マジで疲れた……。さすがに何十人の人間を一度に運ぶのはきつすぎる……」


 感覚的には体力の入れ物が半分以下に減っている感じだ。

 さすがに人間界に来てから連続で魔法を使いすぎたらしい。


「ひとまずわらわの魔力をやる! ……どこか納屋にでも行くぞ」


 セレーネはありがたい提案をしてくれる。

 しかしどうやらその余裕はなさそうだった。

 ティタニスのしもべを振り切ったと思っていたのに、気がつけばもう間近に来ている。

 唐突に地面から出現する様子を見ると、しもべは単純な移動と言うよりも、その場その場に作り出されていると考えたほうがよさそうだ。


「……なんと、回復のいとまを与えてくれぬか」


「セレーネ。みんなを守るためにも、君は戦ってくれ……」


「うむっ!」


 セレーネは巨大なハンマーを構えると、ティタニスのしもべたちに向かって突進していった。

 さすがはセレーネ。

 地面を駆るスピードもハンマーの威力もけた違いだ。安心してこの場を任せられそうだ。


 俺はその間、呼吸を整えながらティタニスのしもべの動向を観察する。

 そして短時間で分かったことは、どうやらしもべはラムエルの居場所を正確には感知できていないということだった。

 ティタニス本体はラムエルを真っすぐ追いかけているように見えたが、しもべは手当たり次第に近くの動く存在に襲い掛かっているからだ。

 住民を守るには、これはマズい状況だった。


 俺は近くでおびえる住民に声をかける。


「ラムエルを……ラムエル王子を探してくれ! この精霊たちは彼を探してるんだ。王子を見つければみんなを襲わなくなると思う」


「は、はい!」



 その時別の住民が駆け寄ってきた。


「ルイーズ様が、ルイーズ様がお倒れに!」


「なに!? 精霊に襲われたのか?」


「いえ……。犬に触れたいとおっしゃられて。我が家の犬を連れて行ったところ、突然お倒れになったのです!」


「どういうことなんだ……?」

 訳が分からない。ルイーズさんはさっきまで怪我もなく、お元気だった。


「……それで、その犬は?」


「それが、急に走り去ってしまい……」


 途方に暮れる男。

 その時、近場の木がざわざわと動いたかと思うと、木の上から男の悲鳴が聞こえた。


「や、やめろ! 俺に噛みつくな、クソ犬めがっ!!」


 そしてその木が大きく揺れたかと思うと、大きな影が落ちて来た。

 ……それはなんと、ラムエルだった。

 さらにその後一匹の犬が木から飛び降り、ラムエルに噛みつき始める。


「クソ、俺を聖王国の王子としての狼藉ろうぜきかっ! あ、あぁっ、やめ、痛っ、あ、そこはダメ、あ、ああぁあぁっ!!」


 犬の荒ぶりようといったら、それは激しいものだった。

 ラムエルは顔や手足など所かまわず噛まれまくり、最後には尻を噛まれてズボンがビリビリに破り去られてしまう。

 あっという間に悲惨としか言いようもない恥ずかしい姿になってしまった。


 呆気に取られていた住民も、はっと気が付いてラムエルを取り押さえる。

 すでにラムエルは満身創痍まんしんそういになっており、無抵抗に縛り上げられるのだった――。



 俺も呆然と眺めるしかなかったのだが、ふいに背後で女性の声が聞こえた。

 振り返ると、倒れていたはずのルイーズさんが立っている。


「兄を見つけました。これで混乱も少しはおさまるでしょう」


 どういうことかと聞くと、なんとルイーズさんは犬に乗り移り、においを辿ってラムエルを探し出したという事だった。

 彼女の魔法が『憑依』だと知らなかったので、俺は驚くしかなかった。


「……それにしてもルイーズさん。……なんか、妙にすっきりした顔だな」


「ふふ。いっぱい噛みついてやりましたもん! 胸がすぅ~っとしました!」


 そう言って、本当に晴れ晴れとするほどにルイーズさんは笑顔を浮かべている。

 少しいたずらっぽく舌を出すのが、かわいかった。



  ◇ ◇ ◇



 案の定というか、ティタニスのしもべはラムエルの姿をみつけるや、彼の方に向かいはじめた。

 よかった。

 これでしもべの動きをコントロールできるわけで、住民の皆さんへの危険が減ったことに俺はほっと胸をなでおろす。


 とりあえず俺は風に乗ってラムエルを高い木の上まで運び上げると、縄を樹の頂上部分に引っ掛けた。


「うん。これで目立つし、簡単には近寄れないだろ」


「この下民が! 王族相手になんと無礼なっ!」


 ラムエルは顔を歪ませて叫ぶや、俺に向かって唾を飛ばしてきた。

 こいつ、本当に唾を吐き捨てるのが好きな男だな。

 俺は軽々とかわすと、ため息をつく。


「ラムエル、君は本当に変わったな。……いや、最初から何も変わっていなかったのか」


「下民よ、貴様はなぜ生きている!? その首、確かに断ち切ったはず……」


 この男は本当にダメだ、と思った。

 俺を殺したことに罪の意識はまったくないようで、むしろ同情の余地がないあたりはありがたいとも言える。


「いろいろあったんだよ。……いろいろとな。ただ、もう君と無駄話はしたくない。聖剣を返してもらおう」


「く……くくく…………」


「何がおかしい? 今は身に着けていないようだが、君のことだ、ずっと肌身離さず持っていたはずだ」


 そう、俺が用があるのは彼ではない。聖剣ヘイムダルなのだ。

 だがラムエルは顔を歪ませて笑っている。


「かはははは……。貴様にくれてやるぐらいなら、捨てるに決まっておるだろうがぁ!」


「すて……た……?」


「さっきは犬にしてやられたが、聖剣は見つけられんぞ。犬の鼻など届かぬところに捨ててやったわ。かはははっ!!」


 ……こんなに腹が立つのは本当に久しぶりだ。

 彼に殺された後の失意の気持ちを返してほしい。こんなクソ野郎だと最初から知っていれば、どんなに心が軽かっただろう!

 そして何よりも、人類の至宝である聖剣ヘイムダルを……捨てた?

 俺は、自分の指から血が出ると思うほどに拳を握りしめるっ。


「……お前は……本当に……どこまで愚かなんだぁっ!」


 俺は全身をひねり、ラムエルの頬を渾身の力でぶん殴った。

 彼の頭は首が伸びたかと思うほどに揺さぶられ、次の瞬間にはだらしなく脱力してしまった。

 どうやら、たった一撃で気絶してしまったらしい。

 ラムエルは白目をむいて動かなくなってしまった。


「はぁぁ……。どうするんだよ、まったく。……聖剣を捨てただと?」


 ため息をつかざるをえない。

 ティタニス討伐と再契約にあたって、俺は聖剣をあてにしていたのだ。

 聖剣にあって俺にない物……。

 それは聖剣が秘める莫大な魔力であり、すべてを斬り裂く絶対的な切断力だ。


 聖剣さえあればティタニスのコアを容易く露出させられただろう。

 あの荒ぶる大精霊をなんとかできる可能性は、聖剣にかかっていたのだ。

 それを、この男はつまらないプライドで捨てたのだ。

 本当に、本当にどうしようもない男だ!


「もういい。お前は気絶したまま、ティタニスの餌になっていろ!」


 俺は白目をむいているラムエルを掴むと、木の上から飛び降りるのだった。

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