第22話『守るという決意』
俺は貯水池のほとりに向かうと、大ネズミが湧き出てきたという穴を岩石魔法でふさいだ。
穴の中は今のところ生き物の気配が感じられなかったが、この奥にある瘴気とやらの危険もあるので塞いでおくに越したことはない。
応急処置だが、これで当面は問題ないはずだ。
そして町に戻ったわけだが、俺を出迎えてくれた人々は心なしか元気がなかった。
「落ち込むのも仕方ないか……。この先の食料が無くなったんだもんな」
俺はあたりを見回し、セレーネを探す。
彼女の元に駆け付けると、大勢の町の人々と共に、沈痛な面持ちのマリヤさんが立っていた。
その手には土のついた丸い野菜が乗っている。
「ローラン様……。私のせいで、無事なお芋はこれだけしか残ってないのです……」
「それがイモ……って言うんだな。聖王国にはなかったし、初めて見るよ」
土まみれでパッと見は丸い石のようだが、煮焼きすれば柔らかく食べられるらしい。
魔界のやせた土地でも育つらしく、土の中で育つので鳥害にも強いとか。
このイモには色々な種類があり、マリヤさんはこの丸いイモを『スズナリイモ』と呼んだ。
マリヤさんの表情は暗い。
きっと彼女は貯水池工事の責任者として、大ネズミがあふれた責任を感じているんだろう。
だけど、取り返しがつかないことじゃないんだ。
俺がいるから、何も問題ない。
「大丈夫。俺に任せておけ」
「ローラン様? ……どういうことなのです?」
「増やす」
俺は手短に言うと、自分の手のひらに血で魔道文字を描く。
そして契約の詠唱を行うと種芋からオーラが現れ、小人の形に変化していった。
それを見るや、セレーネが驚きの表情になる。
「な……なんと。まさか作物それぞれにも精霊がおったのか!?」
「作物だけじゃないさ。大きな概念の精霊もいれば、石や剣ごとにも精霊がいる。万物に宿っている訳なんだ」
目の前にはイモの精霊が姿を現している。
あとは名前を付ければ契約できるわけだが……。
「さて、名前はどうしようかな……」
精霊と契約するんだから名前が必要なんだが、神話からとるのも大げさすぎるし、パッと思いつかない。
「……ま、いいか。汝の名は『スズナリ』。その実りを持って、繫栄せよ」
名を与えると同時に種芋は俺の手のひらの上で輝き、一気に芽吹き始める。
……ふむ。意外と体力の消耗は激しくないな……。
大樹ユミルの魔法では死にそうになったから念のためイモ一つだけで試したけど、野菜一つなら全くなにも問題ない。
これならいくつでも行けそうな気がした。
ひょっとすると下民生まれというか、農奴として子どもの頃から土や作物に触れてきたので相性がいいのかもしれない。
そんな俺の力を養分にイモはみるみると葉を増やし、根が膨らんでいく――。
「うぉ……。この野菜、根っこがイモになるのか。メチャクチャいっぱいぶら下がって……だから『鈴生り』って名前なんだな」
俺は初めて見る野菜の姿に驚く。
たった1個のイモが20個ほどに増えただろうか。予想外に増えたが、この調子なら種芋不足もすぐに解消できそうな気がする。
この様子を見て、周りにいる町の人々はざわめき始めた。
誰もが目を丸くし、我も我もと詰めかけて来る。
「なんてことだ! 勇者様がイモを生み出された!」
「奇跡じゃ……。あぁぁ……これで町が救われます……」
「ありがたや、ありがたや……」
痩せた人々は涙を流し始め、中には俺に向かって祈り始める人が出る始末。
まるで俺を神様か何かのように拝み始める。
「い……いや、大したことはないんだって。俺は俺ができることをやっただけ。そんな拝まないでほしいなぁ」
ちょっと騒ぎになりすぎたなと反省してセレーネを見ると、彼女もワナワナと震えていた。
「な……なんたることじゃ……。町が救われるどころの話ではない。ローラン、そなたの力は魔界全土を救うぞ。…………まさに救世主じゃ」
「いや、マジで大げさに言わないでくれって。魔界全土を救うってなれば体力がいくらあっても足りないんだからさ」
「……そ、そうか。…………で、では、その時にはわらわの助けが必要じゃの」
セレーネはそう言って赤面する。
最初は何を言っているか分からなかったが、その態度を見ているうちに分かってきた。
……肌を合わせて魔力を供給する儀式の事だ。
恥ずかしいって言ってたんだから、無理しなくていいのにな。
とはいえ、赤面するセレーネが可愛くて、俺はつい微笑んでしまう。
「それにしても、セレーネには助けられっぱなしだな。今日も俺を救ってくれた」
「んむ? 共に戦いはしたが、救ったつもりはないのじゃぞ?」
彼女が分からないのも無理はない。
無自覚に俺の心を救ってくれたんだから。
俺は大ネズミ退治を思い出す。
「民を守るのは当たり前じゃ!」と言い切ったセレーネの眩しさ。
背中を任せられて、信念に共感できる。
……セレーネだから、俺は救われたのだ。
「月の夜にさ、『自分を捨てた聖王国のために、命を懸ける価値はあるのか』って言われただろ? ……その問いかけに即答できなくて悩んでいたんだ。だけど『民を守るのは当たり前』って言葉を聞いて、吹っ切れたよ」
そして姿勢を正し、セレーネを見つめる。
「聖王国はどうでもいい。だけど、そこに暮らす人々は守りたい。それが俺の正直な気持ちだ。……人間界に戻る方法を探そうと思う」
「去る……というのか?」
セレーネはハッと表情を変え、戸惑いの色を見せる。
そして息を詰まらせたようにうつむいてしまった。
その表情を見て、俺は胸が詰まる。
でも、ここで人間界の民を見捨てれば、それはセレーネの信条に反するのだ。
俺は胸を張って彼女の隣に立てなくなってしまう。
……それだけは嫌だった。
「去らないさ。ちょっと冒険して、必ず戻って来る。俺は……ここが好きだ」
君の隣にいるのが好きだ……と言いかけて、やめた。
それはさすがに恥ずかしい。
セレーネは戸惑いを残すものの、わずかに顔を上げてくれた。
「戻って……くるのじゃな? 本当じゃな? わ……わらわはそなたを…………。そなたを、あてにしておるのじゃ。戻ってこらぬと……困る」
「ああ、必ず戻る。共に魔界を救おうって言われたもんな」
俺は蘇った日のことを思い出す。
セレーネのお陰で心身ともに回復し、ようやく前に歩み出せそうだ。
人間界に戻る方法を探すのにどれだけ時間がかかるか分からないが、帰ってきたらセレーネに尽くそうと、そう思うのだった。
――そのとき、セレーネはおもむろに俺の手を握りしめた。
「後日で良い。……わらわに時間をくれぬか?」
彼女の表情には何か決意が満ちていて、有無を言わせぬ迫力がある。
セレーネは何をしようとしているのか?
この時の俺には想像もできなかった――。
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