第21話『害獣駆除の大作戦』

 累々と積み重なった大ネズミの死骸を横目に、俺は汗を拭いた。

 周囲を見回すと、物陰にはまだ大ネズミが見える。


「かなりの数を倒したが、まだまだ全部じゃないんだな……」


「うむ。彼奴きゃつらは建物内にも隠れておるじゃろう。わらわたち二人がかりでは根絶できぬかもしれぬぞ」


 大ネズミの個体数はすぐに把握できないほど多かった。

 数十匹程度なら俺とセレーネの敵ではないと言え、圧倒的に戦力不足な現状を前に途方に暮れる。

 その時、マリヤさんが駆け寄ってきた。


「セレーネ様っ! 大ネズミの特徴が分かったのです!」


「でかしたぞ、マリヤ」


 セレーネは大きくうなずく。

 マリヤさんは若いながらも監督役を担っているだけあって、兵士への命令をすべてこなしてくれていた。

 どうやらその際に大ネズミの情報を分析していたようだ。


「兵士たちの報告を総合したところ、どうやら大ネズミは目が悪く、代わりに嗅覚と聴覚が鋭いようなのです。こちらの攻撃を避けるのは、おそらく匂いと音で動きを察知するのかと……」


 報告の内容を聞いて思い当たる節がいくつかあった。

 確かに兵士の動きを先取りして避けている場面を見た気がする。

 俺は自分の動きが速すぎるせいか大ネズミの癖を知る前に瞬殺してしまうので、俺だけだと見抜けなかっただろうな。兵士の報告は非常にありがたかった。


 そしてマリヤさんの情報を聞き、俺はふと思い当たる。


「聴覚……か」


「む? ……さてはローラン、策を思いついたのじゃな?」


「ああ。……マリヤさんの言う大ネズミの特徴だけど、人間界にいる『モグラ』って動物によく似てるんだ。植物の根を食い荒らすから、子どもの頃に駆除を手伝ったことがある」


「ほう……」


 もちろんモグラは大ネズミほどの巨体ではないが、目の悪さや嗅覚、聴覚頼りな点では共通している。

 大ネズミの出所が貯水池近くの洞窟だって言う話だったので、地下に生息していた点でも似ているのだろう。

 子どもの頃にやったモグラ駆除は、巣穴の近くでモグラが嫌がる音を出して追い出すというやり方だった。音なら広範囲に効果があるし、今回も使えるかもしれない。


 俺は町の周囲を見渡す。

 町というものは大抵、防衛のために壁が作られているものだ。

 ここ、ギムレーの町も例外ではない。さすがは魔王城の近郊の町だけあって、頑丈そうな石壁がそびえていた。


「この町の南門の前に大きな広場があったよな? 全ての城門を塞ぎ、大ネズミが嫌がる音で広場へと追い立てるんだ」


「なるほど、広場で待ち構え、一網打尽というわけじゃな。……しかし、音といってもどうするのじゃ?」


「音とは空気の震え。空気と言えば……」


 俺がルドラの名を呼ぶと、手のひらの上に小さな精霊が姿を現した。

 この精霊の姿はセレーネにも見えているはずだ。


「風の精霊か!」


『そうよ、オレの出番ってことさ!』


 ルドラは自慢げに手を腰に当て、鼻高々にふんぞり返る。

 その様は無邪気な子供のようでとてもかわいい。

 そしてこの子は風の精霊というだけのことはあり、音に関してもスペシャリストと言えた。


「ルドラ。大ネズミにいろんな音を投げかけてくれるか? その中で、特にあいつらが嫌う音を知りたいんだ」


『そんなの簡単だぜ~!』


 ルドラはそう言うと、俺の頭の上に乗って音を鳴らし始める。

 それはまるで音楽のようで、周囲を幻想的な雰囲気で染めていった。



『おっ、嫌がる音を見つけたぜ~』


 ルドラの声と共に建物の扉が吹き飛ばされ、中から数匹の大ネズミが飛び出してきた。

 その巨体を震わせて、焦ったように遠ざかって行く。


「助かるよ、ルドラ。……ところでその音を念のために聞かせてもらっていいか? 町の人たちが辛くならないか確認しておきたい」


『お安い御用だぜ~』


 そう言ってルドラは虫のような羽を震わせる。

 しかし俺には何も聞こえなかった。


「本当に音が出てるのか? 俺には全く聞こえないんだが……」


「いや、確かに鳴っておる。多少は耳鳴りがするが、我慢できる程度じゃな」


 セレーネはその長く伸びた耳をピクピクと動かし、うなずいた。

 どうやら人間の俺には分からない音があるらしい。

 魔族には聞こえ、大ネズミには逃げ出したくなるほどの嫌な音なんだろう。


「よし。じゃあセレーネは広場で準備しててくれ。……君の力、全開で頼む」


「うむ。頼まれた。避難誘導に兵も連れて行こう」


 セレーネは深くうなずくと、兵を数人連れて広場の方へ駆けていく。

 俺はマリヤさんに門の閉鎖をお願いすると、自分自身はセレーネと真逆の方向へ走り出した。

 端から順に音を鳴らし、大ネズミをセレーネのいる方に向かわせるのだ。



『にーちゃん、いっぱい精をもらうぜぃ。体力はだいじょーぶか~?』


「気にすんな。これでも普段から鍛えてんだ。全力全開で頼む!」


 ルドラはニシシと笑い、空高くに飛びあがった。

 そして空間が歪んで見えるほどの強力な音波を放ち始める。

 俺がやることは単純なこと。

 ルドラを連れて、セレーネのいる南門の広場まで歩いていくことだ。


 ルドラが音を鳴らし始めると同時に、町中に土煙が立ち上り、大ネズミがわんさかと出て来る。

 一体どこに隠れていたんだと驚くほどだった。


「いい感じだ。効果はてきめんじゃないか!」


 その時、家屋の屋根の上で手を振る人々の姿が見えた。


「勇者様! ありがとうございますっ!!」


「みんな、怪我はないか?」


「はい! 勇者様や姫さまのお陰で無事でございますっ」


 その声を聴けて、心から良かったと思う。

 もうこれで終わりに出来るはずだ。

 もうしばしの辛抱だからな――。

 俺はいっそう気を引き締め、町を覆う魔法を使いながら進んでいくのだった。



  ◇ ◇ ◇



 ギムレーの町の南門前の広場。

 一帯の避難が終わったことを確認し、セレーネは腕組みして陣取っていた。

 北門の方角から耳鳴りが聞こえ、やがて町を包み込むほどの土煙が沸き立ってくる。


「さぁて、ネズミどもが来おったか。……まるで洪水。ギムレーの町も災難続きじゃのう」


 セレーネはハンマーを構えるどころか手を離しており、その両腕を大きく広げる。

 そしてついに、大ネズミの大群が石畳の広場に顔を見せた。


 凄まじい勢いの群れ。

 地響きを伴う大波を前に、セレーネは笑みを浮かべてじっと待つ。

 相手が音で動きを感知する以上、むやみに動けばセレーネの存在に気づかれるからだ。

 そして大ネズミ自慢の嗅覚も、今だけはセレーネを感知できない。

 彼女の衣服は腐葉土づくりのお陰で匂いが染みついており、セレーネ本人の香りを消してくれていた。


 もうすでに鼻の先。

 風圧すら感じるほど。

 しかしセレーネはうっすらと笑みを浮かべ――。


「腐れっ、土に還るがよいっ!」


 両手を地面に叩きつける。

 その瞬間、空間がビリビリと揺れた。

 強力無比の『腐敗魔法』がぜる――。


 獣は鳴き声すら上げる隙も無い。

 全ては一瞬。

 セレーネの目の前には暴風が巻き起こり、後には土塊つちくれだけが残ったのだった……。




「視力の弱さが仇になったのう。わらわが見えぬとは、哀れなものじゃった」


 セレーネは自分のつくり出した光景を眺め見て、ホッと胸をなでおろす。

 ネズミはきれいに土と化したが、石畳は風化せずに原型をとどめている。

 今までの加減を知らない力のままだと、広場自体が風化して砂と化していたはずだった。


 その時、遠くから歓声が上がった。

 広場の周囲に立つ家々の屋根の上に民が立ち、自分に向かって手を振ってくれている。


「セレーネ姫さま! ありがとうございます!!」

「魔界の英雄にして、我らの誇りでございますっ!!」


 彼らの笑顔を見るに、誰にも怪我はなかったようだ。

 自分の腐敗魔法で傷つけずに済んだ。その安心は何よりもセレーネを安堵させていた。


「……ローラン様に感謝を」


 ――そう、誰にも聞こえないように囁く。


 彼に支えられなければ今の自分はない。

 心からの親愛を、セレーネは風に乗せて届けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る