第20話『背中を預けられる人』

「種芋が根こそぎダメになった」――。

 そう報告してきた女性に連れられて納屋なやに向かったところ、目の当たりにしたのは納屋からあふれ出る魔獣の大群だった。


「みんな俺の背後に隠れろ! ノームよ、壁となれ!」


 とっさにノームの力で岩壁を作り、防壁にする。

 その判断のお陰で、同行者には怪我人が出ずに済んだ。

 通り過ぎていく魔獣を横目に、セレーネがつぶやく。


「ネズミのようじゃな。……デカい」


 彼女の言う通り、一見するとネズミのように見えた。

 しかしその大きさというと、人間界にいる巨大グマとも言えるほどだ。

 さらに数は何十いるのかも分からないぐらいの大群だった。


「セレーネさま……。あんな大ネズミ、私は見たことありませんです」


「そうじゃな。……しかし、してやられたのう。植え付けに使う種芋が食い散らかされておる……。怪我人の状況はどうじゃ!?」


「幸いにも死者はおりません。ただ、納屋で作業していた農夫が三人ばかり深手を負いまして……」


 駆け付けた兵士に案内されて納屋の中を見ると、血を流して倒れる魔族が三人。

 そしてその奥では麻袋がボロボロに食い破られ、丸い野菜らしき残骸が散乱していた。

 奥の壁が大きく破られているので、そこから侵入してきたのだろう。


「酷い……。これは今年の植え付けに使う最後のお芋なのです……」


「食料はどうとでもできる。とにかく怪我人を介抱するのじゃ!」


 セレーネとマリヤさんが納屋の中で指示し始めた時、さらに外から兵士が飛び込んできた。


「姫さま、ネズミの出た穴を付きとめましてございますっ」


「どこじゃ?」


「貯水池のほとりです! さらに穴は未発見の洞窟に繋がっておりまして、中には瘴気が……」


「瘴気か……。厄介じゃのう。おおかたあのネズミども、瘴気にあてられて魔獣化したのじゃろう」


 ウンディーネを狂わせたという瘴気のことか……。

 生物を狂暴化させるだけではなく、さらに怪物に変えてしまうなんて恐ろしい。

 瘴気とやらは改めて調べないといけないな。

 ……そんな風に俺が思っていた時、横ではマリヤさんが顔を青ざめさせていた。


「あ……あぁぁ……」


「マリヤさん、大丈夫か?」


「わ……私の責任なのです。貯水池の工事責任者は私。まさか近くに洞窟があるなんて、知らなかったのです……」


 顔を覆ってうずくまるマリヤさん。

 そんな彼女に対して、セレーネは優しく抱きしめた。


「自分を責めるでない。そなたに命じたのはわらわ。全てわらわに責任がある!」


「ああ、不可抗力って奴だ。誰が悪いってものじゃないだろう? とにかく落ち込むよりも、事態の収拾を急ごう!」


 俺はマリヤさんに手を差し伸べる。

 彼女は俺の手を取り、コクリとうなずいた。



  ◇ ◇ ◇



 袋小路に追い詰めた大ネズミを相手に、城の兵士が数人がかりで斬りかかる。

 しかし大ネズミは巨体であるにも関わらず、全ての攻撃を華麗に避けた。

 唸る魔獣は兵士たちを弾き飛ばすと、今度は俺の方に猛然と突っ込んでくる――。


「す、すみません勇者様! 逃げられましたっ!!」


「問題ない。……セイッ!」


 俺はルドラの力で加速し、神速の斬撃を繰り出す。

 ぶ厚い肉ではなく脳天を的確に斬りつけ、最後に首筋を断ち切った。


「……凄すぎる。まるで太刀筋が見えませんでした」


「うぅ……我々がふがいないばかりに、申し訳ありません……」


「気にしなくていいさ。君たちが町の人を避難させてくれてるから、安心して戦える」


 俺は剣にこびりついた血を散らすと、周囲を確認する。

 俺自身、もう十匹は斬っただろうか。

 しかし大ネズミの群れの全貌は分からず、どれだけいるか定かではない。

 また、城の兵士たちは頑張ってくれているものの、大ネズミ相手に戦力になり得るのは俺とセレーネぐらいのようだった。


 その時、大ネズミの巨体が宙を舞うように飛んできた。

 鈍い音と共に地面にぶつかる肉の塊。

 見れば、すでに泡を吹いて死んでいる。


 通りの奥に視線を移すと、そこには巨大なハンマーを振り回す少女の姿があった。

 その可愛らしい姿に似合わない迫力は、何度も見ているが独特のカッコよさがある。

 思わず見惚れていると、セレーネは俺に気が付いたのか駆け寄ってきた。


「セレーネ、そっちはどんな感じだ?」


「一匹一匹は大したことがないが、数が面倒じゃ。あと、まるでこちらの動きを予測するように動きおるわい」


「同感だ」


 大ネズミは巨体に似合わず、ずいぶんと速い。

 単純な速さと言うより、相手の動きを事前に予測しているようにかわしており、単純な獣の動きとはわけが違った。

 ……とはいえ、俺やセレーネの動きほど速いというわけではない。


「おっ。向こうに群れがおるわい。わらわを前にして群れておるなど、無謀じゃのう」


 セレーネは次の獲物を見つけるや、猛然と殴りかかって行く。

 俺も彼女の後を追い、大ネズミの群れに向かっていった。




「まったく、次から次へと災難続きで嫌になるのうっ」


「ああ。まったく困ったものだぜ。……はは」


 俺とセレーネは群れの中心に飛び込み、互いに背中を預け合いながら乱舞する。

 その様はいかにも凄惨なものだったが、渦中の中にいる俺はと言うと、なぜか嬉しくて笑みがこぼれていた。


「なんじゃローラン。困ったというには、やけに嬉しそうではないか?」


「……君は変わってるなって思っただけさ。聖王国の貴族なんて、民のために体を張ることはなかったからなっ!」


「そんなことかっ。民を守るのは、当たり前じゃぁ!」


 セレーネは叫びながらハンマーを振るう。その威力は驚異的で、ただ一撃だけで大ネズミは町の城壁を越えて吹っ飛んでいった。


 さすがセレーネだな。

 スピードは俺の方が数倍速いが、力ではまったく足元にも及ばないぜ……。

 そして「民を守るのは当たり前」という言葉。

 ……セレーネはそれが当然と言うように、ハンマーを振るいながら叫ぶ。


「民は宝っ。彼らは戦えぬが、畑を耕し、オークを育てられる。服を編み、幼子に子守唄を歌える。すべて大事な宝じゃ!」


 その真っすぐな言葉は、俺の心の芯に響き渡る。

 民のために体を張れる姫。

 宝である民。

 ――その想いは、俺と全く同じだった。


 同じ想いを持ち、信頼できる力がある。

 そんな彼女が背中にいる。

 かつて仲間に裏切られてから寒かった俺の背中が、かつてないほど熱を帯びているようだった。

 俺は剣を振るいながら、自然と笑みがこぼれる。


「……背中を預けられるって、やっぱり最高だな」


「何か言ったか、ローラン?」


「俺も同感だってことさ!」


 俺は歓喜の中で剣を舞う。

 この二人の怒涛の乱舞は、外目に見れば竜巻のようだっただろう。


 ――気がつけば、大ネズミの死骸が山となっているのだった。

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