第19話『ふれあいと緊張と』
「は、はは、はじめまして……。わ、私、ルーナ……と言います。……お、お城で物資の配給を指揮…………しています……」
農場の復旧を手伝っていた時、遠くに
……そう言えば、ローランはルーナさんはまだ会ってないって設定だった。
危なかった。
うっかり名前を呼べば、俺が剣士ブロードだとバレるところだった。
「ど、どうも。……ローランだ。セレーネ姫には俺も世話になってるよ。よろしくな」
無難な感じで挨拶してみると、ルーナさんはニッコリと柔和に微笑んだ。
その金色の瞳はセレーネの時に見ることが出来ないので、新鮮な気持ちで見入ってしまう。
彼女は作業をするためか、以前に見たフード付きのローブではなくショートパンツの軽装姿だ。セレーネの時はドレスで隠れているせいもあって、すらっと伸びた素足も新鮮で見惚れてしまう。
くっそ。可愛いな……。
「マリヤさんが見えたからちょっと挨拶に……と思ってな」
「ローラン様に来ていただけて、町の者たちも喜んでいますですっ。もちろん、こちらにおわすセレっ……ごふっ」
マリヤさんがナチュラルにルーナさんの正体をバラそうとした瞬間、ルーナさんが目も止まらぬ速度の突きを繰り出して彼女を止めた。
さすがはセレーネ……。そのキレのある突き、俺でなきゃ見逃すね。
マリヤさんは戦う人ではないんだろうし、やめて差し上げろ……。
「し、失礼しましたです。なんでも……ないのです」
「あ……あはは……。マ、マリヤさん共々、よよ……よろしく、お願いします……」
「と、ところでルーナさんとマリヤさんはここで草刈りかい?」
ちょっと話題をそらしたほうが良さそうだぞ、と思って周囲を見回す。
農地はきれいに雑草が抜かれ、あちこちに抜いた草の山ができていた。
土で汚れた二人の服を見るに、ずいぶんと頑張って作業してたと分かる。
「雑草がきれいさっぱり抜かれてるな。働き者というか、何というか……」
セレーネは領主なんだから、こういう仕事は本来の役目じゃないだろうに。
燻製肉の仕込みをしてたこともあるし、こういう仕事が好きなんだろうか?
「ところでこの草は燃やすのか?」
「い、いえ。この土地では雑草も大切な資源ですので、ひ、肥料に……します」
「なるほど、雑草の堆肥づくりか。俺もよく手伝ったな~」
俺は幼少期を思い出す。
生まれ故郷を戦火に焼かれた後に、難民として聖王国に移り住んだ日々。
報われることのない重労働の日々だったが、土や作物の成長だけは俺を癒してくれた。
ちなみに雑草の堆肥とは、文字通りのものだ。
森の土である腐葉土とおおむね同じで、分解された草はいい肥料になる。
「とはいえ、いくらかは灰にしたほうが良いと思うぞ」
「灰……ですか? ど……どうしてでしょう?」
ルーナさんが不思議がるので、俺は農場を指さす。そこには赤い大地が広がっていた。
「この農場の土は赤土だろ? 確か聖王都の研究者は『酸の土』とか言ってたが、こういう土だと作物が育ちづらいんだよ。灰をまけば酸が弱まるから、いろんな作物が育てられるようになるんだ」
「ほほぉ、さすがローラン様なのです! 戦いのみならず、農業にも御詳しいとはっ!」
「はい……すごい、です……」
「子供の頃からやってただけで大したことないさ。……って、凄い量の草が運ばれてきたぞ?」
ふと気が付くと草の山が数倍に増えていた。
見れば町の人が刈った草をどんどん積み上げている。
「町中の草を集めてきたよ。ルーナちゃん、ここでいいかい?」
「さすがは魔王城で働くお人だよ。これ全部、すぐに肥料にできるんだって?」
「おばさんたちは本当に手伝わなくていいのかい?」
「は、はい。……ち、近くに人がいると、とても危険です……ので。なるべく遠くにひ、避難をお願いします」
ルーナさんと町の女性たちのやり取りを聞いていると、なにやら大掛かりなことをするつもりらしい。
「ちょっと質問なんだけどさ。すぐに肥料にするってどうやるんだ? 普通だと半年ぐらいかかるもんなんだが……」
俺が首をかしげていると、急にルーナさんの視線が泳ぎ始めた。
妙にそわそわしている。
「あ……あの。その……。ロ、ローラン様。こ、ここにいらっしゃるのはとっても嬉しいんですが、ちょっと席を外して欲しいというか……」
そんな彼女の様子を見ていた時、俺はピンときた。
なるほど、セレーネの『腐食魔法』を使うんだな。
で、俺がいると魔法を使うだけでルーナさんがセレーネってバレてしまうわけで、彼女としてはやりづらいわけだ。
その時、急にマリヤさんが声を上げた。
「ルーナさんっ! あちらでセレーネ様がお呼びですよっ! ちょっと一緒に行きましょうです!」
そう言って、彼女は強引にルーナさんを連れて行ってしまう。
……そして近くの物陰に隠れたかと思うと、ふわっと光るオーラが見え、改めて出てきたのはセレーネだった。
「……いいのかよ、そんな雑で……。マリヤさんのローブを羽織っただけで、服がさっきと同じじゃねーか……」
セレーネの姿を遠くに眺め、俺は小さくつぶやいた。
セレーネはまったくバレていないと思っているのか、実に堂々とした歩みっぷりだ。
「おやおや、ローランよ。こんな所で会うとは奇遇じゃのう!」
「…………き、奇遇だな。えーっと、何か仕事か?」
「うむ。ルーナに呼ばれて参ったのじゃ。どうやら、わらわの腐敗魔法を使って雑草を肥料に変えて欲しいとか!」
「腕が鳴るのう」とかなんとか言いながら、セレーネは腕を回しながら草の山の前に立つのだった。
◇ ◇ ◇
しばらくセレーネの様子を見ていたが、だんだんと分かってきた。
これは彼女にとっての魔法の練習なのだ。
もちろん町のために肥料を作る目的が第一だろうが、何度も失敗してはめげずに挑戦しているところを見ると、腐敗魔法を使いこなす練習なのだと分かった。
現にいくつかの草の塊は腐敗させすぎたのか、分解されきって砂のようになっている。
しかし懸念だった効果範囲の広さはコントロールが明らかに上手くなっていて、ウンディーネとの戦い以降も人知れず練習を重ねていたことが想像に難くなかった。
「頑張ってるんだな」
「うむ。父上の腕を
「これでも全然、君への恩は返せてないさ。命を貰うなんて、返しようがない」
「……命を貰ったのは、私が先……」
セレーネの最後の言葉は声が小さく、よく聞き取れなかった。
「何か言ったか?」と聞き返すと、セレーネはぶんぶんと首を振る。
「……魔法のコントロールは難しいと言っただけじゃ。まったく、我が力ながら、じゃじゃ馬じゃのう」
確かにセレーネはずいぶんと苦戦している。
そんな彼女を見ていた時、ふと剣の師匠に教わったことを思い出した。
『力みすぎてはいけませんよ。イザというときに体が硬ければ、剣は遅くなります』
ちょっと思うところがあり、俺はセレーネにそっと近づくと、彼女の手に触れた。
「ふわっ!? ロ、ロロ、ローランさ……ま? 一体何を!?」
「案の定だな。力みすぎだ。……ひょっとして上手くやらなければと思ってないか?」
「そ、そんなこと、当たり前じゃろう!?」
「その気持ちは大事だが、常に力を入れてたら加減が分からないだろう? 例えば卵を割る時には優しく持つはずだ。土も草も卵のように脆いと思って、そっと力を注いでみよう」
しかしセレーネは顔を赤らめ、声も妙に裏返っている。
心なしか、手もさっきより緊張しているようだ。
う~む。セレーネは真面目だが、真面目すぎて力んでるんだな。
もっとほぐしてやらねばと思い、俺は彼女の手を念入りに揉む。
「力を抜くんだ。ほら、こんな感じで筋肉を弛緩させ……。おい、逆に硬直してるぞ、どうなってんだ?」
「う、う、う……。難しい……のじゃ」
セレーネは赤面しながらも、深呼吸を繰り返している。
手に触れられたぐらいで照れるものなんだろうか?
まったく、セレーネってよくわかんないなぁ。
◇ ◇ ◇
「……これは。…………いい感じ、ではないか?」
「ああ。ふかふかとして森の中のような……。土のいい匂いだ」
――その後も幾度かの試行錯誤を続けた結果、草の塊がいい感じにほぐれた。
砂と化した草もそこまで多くなく、これなら畑に
「やった! やったのじゃぁあ~!」
セレーネは輝くような笑顔で俺に抱き着いてくる。
俺も彼女をねぎらいたくて、思いっきり抱きしめた。
まだまだ練習が必要だろうけど、いいきっかけを作れて、本当によかったと思う。
……そんな俺たちを見て、いやらしい笑いを浮かべる人を除いては。
「いしししし……。セレーネ様もローラン様も、いい感じじゃないですかぁ~。いいですよいいですよ~。実にいいムーどごふっ!」
またもやマリヤさんの横腹に高速の突き技が決まる。
……今度はルーナさんじゃなくてセレーネだけど。
そんな二人の様子を見ていると、なんだか漫才のようで笑ってしまう。
「マリヤよ。これからどんどんと肥料ができる故、皆の者を呼んできてくれぬか?」
「もぅ姫さまったらぁ~。もっと楽しませてくださいですよぉ~」
「わらわは見世物ではないっ。早よう行くのじゃっ!」
「はぁ~いです~」
マリヤさんは名残惜しそうに去ろうとするが、その途中でふと立ち止まった。
何か、しげしげと地面を見つめている。
「あれ? ここに草が生えてますです。抜いたはずなのにおかしいですねぇ」
「ふむ? ただの抜き忘れであろう。そういうこともあるものじゃ」
言われて見てみれば、確かに畑の中に緑の草の芽がまばらに生えていた。
はて、と不思議に思いながら、俺は違和感を覚える。
「雑草がきれいさっぱり抜かれてるな」と、俺自身が言ったはずで、確かにその時点で草は生えてなかった記憶がある。
……気のせいだろうか?
町の人が慌てて駆けてきたのは、その時のことだった。
「セレーネさま! た、た、大変ですっ! 種芋が……根こそぎ……!」
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