第23話『巌上の誓い』
俺とセレーネは二人、化石森の山に来ていた。
ワイバーンや他の魔獣がこの山に戻っているかの生態調査が目的だ。
落ちている果実には新しい歯形があり、草食の獣が戻ってきていると分かる。
どこか遠くではワイバーンの鳴く声が聞こえた。
「よかった……。魔物がここに戻って来てるなら、町が襲われる心配も減るな」
ワイバーンなどの魔物が町を襲っていたのは、ひとえにウンディーネに追い出されていたせいだ。山が平穏なら、魔獣もわざわざ砂漠の方まで行かないだろう。
俺が旅に出れば町を守る戦力が減るわけで、そういう意味でもこの現状は安心できる。
……っていうか、山に来てからずっと俺ばっかりが調べて回ってる気がするぞ。
セレーネはというと、俺をせかすように上へ上へと登っていく。
生態調査だと俺を誘ったのは彼女なのにな……。
「おーい、セレーネ。君もちゃんと調査してくれよ。ずっと俺ばかり観察してるんだが……」
「う……うむ。実はそれはただの名目であってな……。そなたを連れ出すための……」
「ん? 俺に用があれば城で言ってくれればいいだろ?」
「……ちょっとな。……一緒に行きたい場所があるのじゃ。もうすぐ着く」
「行きたい場所? そう言えばずっと登ってるよな」
山だから登るのは当たり前だと思っていたけど、そう言えばセレーネはわき目もふらずに進んでいた。目的地があったのか……。
ハッキリとしたことを言ってくれないので、俺は不思議に思いながらついていく。
すると、しばらくして視界が広がった。
「おぉ、見えたぞ! ここじゃここじゃ」
木々がとぎれ、目の前には見晴らしのいい広場が見えた。
その中心には巨大な岩の塊が鎮座している。見上げると、城の城壁が丸ごと飲み込まれそうなほどの高さがあった。
「なんだ……これ。巨大な……腕か?」
横たわる巨大な石柱の末端からは五つの細い石柱が伸び、天に向いている。
岩でできているものの、それはまるで巨大な人の腕のように見えた。
「これは見た目通りに『神の手岩』と言ってな、神話の時代に彫られた神像の一部なのじゃ。神の手のひらの上で誓った約束は決して破られぬと、そういういわれがあってのう!」
セレーネは子供のようにはしゃぎながら、岩の上の方を指さす。
……なるほど。『必ず戻る』って約束、改めてここで言わされるってわけだな。
まったく、念入りなことだ。
「セレーネ、俺を信用してないだろ」
「……そ、そんなことはないのじゃ。わらわはそなたを信用しておる。……し、しかしそなたは優しいゆえ、人間界に戻れば情にほだされるやもしれぬ。だから神の前で誓いを……」
「あー分かった分かった! とりあえず登ろうぜ!」
「うむ。ではそこの階段から……」
「いいって。ルドラ、頼む!」
俺はセレーネの手を引くと、ルドラに頼んで風をまとう。
たちまちのうちに俺たち二人は高く飛翔していった。
「おおぉ……。この風は久しぶりじゃ……。風に乗るのは気持ちいいものじゃのう」
セレーネは感嘆の声を上げる。
そうか。そういえばセレーネに出会った時も、こうして二人で空を飛んだな。
風に乗って大岩の上まで行くと、岩でできた指の隙間から紅の光が差し込んでくる。
夕日に照らされるセレーネの横顔……それもまた、あの時の再現のようであった。
「夕日がきれいじゃ」
「ああ。この夕日は人間界と変わらないな。魔界といっても、こういうところが似てるお陰で親しみがあるんだろうな」
大岩の上に降り立つと、セレーネは俺を引っ張って巨大な手のひらの真ん中まで導いていく。
その中心には祭壇が設けられており、魔界の硬貨が沢山そなえられていた。きっと魔界の人々にとっての神聖な場所なんだろう。
セレーネと俺は祭壇の前に立ち、見つめ合う。
彼女の仮面の奥では、瞳が夕日を受けて輝いているように見えた。
「ローラン。本当に人間界に行くのじゃな? 民を守ると言っても、それはまわりまわって、そなたの嫌いな聖王国の
改めて確かめるように、彼女は問いかけて来る。
しかし俺にはもう、迷いはなかった。
「君が『民は宝』と言ってくれた。それは俺も同じなんだ。君の隣で、恥ずかしくない俺でいたい」
「わらわの……隣で……」
セレーネは噛みしめるようにつぶやいた。この答えは予想していなかったのか、彼女は戸惑いを見せる。
「……そう言われては、引き止められぬではないか」
「引き止める気はなかったんだろ? こんな場所まで来て約束させるんだ。送り出すんじゃなかったらカッコつかないぜ」
セレーネは無言でうなずく。
そしてなにか諦めたような表情になり、自分の頭に生える角に手を触れた。
――その時だ。
左右の角の片方が光り輝き、散り散りとなって霧散してゆく。
その角の中からは、虹色に光る宝石が現れるのだった。
俺はハッと息をのんだ。
俺が魔王スルトを打倒した時、その骸から零れ落ちた宝玉と同じように見える。
「――その宝玉、ひょっとして魔王スルトが持っていた『ゲートの鍵』……なのか?」
「父上が持っていた宝玉は『ビフレストの大鍵』。……これは予備の『
「小鍵……? 確かに小さい気がするが、ひょっとして、それもゲートを開けるのか?」
その問いかけに、セレーネは小さくうなずいた。
「できる」
何よりも明快な答え。
まさかこんなところに、俺が探そうとしていた答えがあったとは……。
セレーネの手のひらの中で虹色に輝く宝玉。これさえあれば、俺はすぐにでも人間界に行けるのだ。
すると、セレーネの頬にひとすじの涙が零れ落ちた。
彼女は肩を震わせている。
「これを見せるつもりなど、なかった! 命を奪うほどの忌むべき世界。そんな世界に大切な人を送り出すなど、できようものか! ……そなたを人間界に行かせるつもりなど、無かったのじゃ!」
「じゃあ、どうして……」
「……そなたは『必ず戻る』と言ってくれた。晴れ晴れとした顔で! ……そんな男の背を押せぬなど、どうしてできようか……。わらわも、そなたの隣で胸を張れる女でいたいのじゃ!」
セレーネの言葉は俺の胸を震わせてくれた。
同じ想いでいられることの、なんと尊いことか……。
それに、彼女がそこまで思ってくれていたなんて。
その「大切な人」という意味が俺への好意だと嬉しいけれど、きっとそうではないんだろう。
あくまでも友人として、志を共にする同志として、大切という意味だ。
彼女の誇りになれるよう、俺は立派に勤めを果たそうと決意を新たにする。
「ありがとう。……必ず帰る。君が待つ魔界へ」
彼女が持つ『小鍵』へと、そっと手を伸ばす。
しかしセレーネは宝玉をギュッと握りしめ、遠ざけてしまった。
「誰が渡すと言ったのじゃ。見せただけじゃ」
「へ? ……え、だって今の流れだと『小鍵』を手渡してくれて、再会を祈っての涙の別れ……ってなるはずだろ?」
「これは魔王スルトから手渡された、それはもう大切な魔界の宝じゃ。父上の形見をわらわ以外が持つことは許されぬ」
「じゃあなんで見せてくれたんだよっ!?」
いや、マジで意味が分からない!
さっきの感動を返してくれ!
俺が途方に暮れていると、セレーネは涙を拭いて、ニヤリと笑った。
「わらわもついていく!」
「へ?」
「『この心臓の鼓動は君がくれたものだ。――この命がある限り、俺は共にあることを誓う』……誰の言葉じゃ? わらわは忘れておらぬぞ! 共にあると誓ったのだから、共に行くのじゃ。離れることは許さんわいっ!!」
お……おう。確かに言った。言ったさ。
しかしそれはセレーネのやりたいことを応援するという意味であって、俺のわがままについてこいって意味ではないのだが……。
「人間界の事は君に関係ないんだから、付き合わなくてもいいって。危ないぞ?」
「行くったら行くのじゃ! それを約束させるために、ここに連れてきたんじゃぞ!」
セレーネはまるで幼い駄々っ子のようだ。
そして彼女はそこにある石の祭壇を指さす。
「さあ神に誓うのじゃっ! 『セレーネさんを一緒に連れて行きます。人間界でも共にあり、必ず魔界に戻ります』と、約束せい!」
「いや……。君を危険にさらしたくないんだが」
「ティタニスとやらは大地の精霊なのじゃろ? 水の精霊は物理無効のせいで後れを取ったが、今度は必ずや役に立つ。それに、わらわにとってはティタニス退治はついでの要件なのじゃ」
「ついで?」
「奪われた『ビフレストの大鍵』を取り戻す! そうしなければ二度と魔界に戻れぬからな」
ここにきて『大鍵』の話が出て来るとは思わなかった。
なんか、だんだんと話が大きくなってる気がする。
っていうか、『魔界に戻れない』とは聞き捨てならない。
「どういうことなんだ? 俺は『大鍵』について何も知らない。当然『小鍵』についてもだ」
「『ビフレストの
「……だから、魔界に帰るために『大鍵』を奪い返す必要があるということか」
「そうじゃ。それに無限の魔力を持つ神器を放置できぬ。なによりも、そなたの命を奪ったような国に任せておける訳がなかろう! この手で取り返したいのじゃぁっ!」
そしてセレーネは手のひらを突き出した。
「神の前で手を重ね、誓う。『神の手岩』において神話の時代から伝わる誓いの儀式じゃ。わらわはそなたと共にあると誓う。……『大鍵』を奪い返し、共に魔界に戻るぞ」
仮面の奥で、セレーネの瞳は燃えたぎっているようだった。
その熱は俺に伝染し、気が付くと自然に笑みがこぼれてしまう。
彼女のこういうところも好きだ。
俺は手を差し伸べ、彼女と固く握手を交わす。
「ここに誓う。民を守り、大鍵を取り戻す。そして必ず二人で魔界に帰ろう!」
そしてもう一つ、俺は心に誓った。
――必ず君を守り抜く。何があっても、必ずや……。
= = = = = = =
【後書き】
お読みいただき、誠にありがとうございます!
ついに聖王国への帰還を決意した二人。様々な運命が絡み合いながら、決戦が近づいてまいりました。
もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!
なにとぞよろしくお願いいたします。
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