第12話『ウンディーネ討伐戦』

 湖畔の乙女ウンディーネ

 俺がかつて契約していた水の化身。――大精霊。

 下級精霊の頃に契約してから、数々の冒険の中で共に成長してきた相棒の一柱だ。

 物理攻撃無効、毒や麻痺ももちろん無効。

 魔力さえあれば無から水を生み出せ、周囲の水を自由に操れる。

 主な武器は強力な水圧から繰り出す水槍ランス水刃ブレードで、さらに強力なのは……。


「……っていうか水牢ジェイルまで使うとは、俺たちを逃がす気ないだろ!」


 さらに強力なのは、膨大な水による牢獄で獲物を逃さない魔法。俺たちは完全にウンディーネの手の中にあった。


 渦を巻きながら立ち上る巨大な壁。それは少しずつだが確実に狭まっている。

 近寄れば激流にもみくちゃにされ、待っているだけでもいずれは飲み込まれる時限式の牢獄である。

 俺一人なら上空から逃げることも余裕だが、負傷した兵を置き去りに逃げるわけにはいかない。


「ま、逃げる気はないんだけどな。バカ王子たちあいつらのせいとは言え、勇者パーティーの後始末……。俺がやらなきゃ誰がやるんだよ」


 俺は剣を鞘に収め、両手を自由にする。聖剣は例外だとして、水相手に剣は無意味だからだ。


 さて、どうするか……。

 水自体が膨大でも、あくまでも本体は精霊自身。

 とにかく閉じ込めるか、何かに吸収させて動きを縛るか。そうやって弱らせれば再契約できる。

 そして本体の居場所がなんとなくわかるのは、俺に聖剣の力が宿っているせいだろう。

 現在は目の前の巨樹の向こうにいるようだった。



 倒れている兵士たちに一か所にまとまってもらうと、俺は彼らのまわりに岩で壁をつくり出す。

 戦いに巻き込まないためだ。


「セレーネ、君も隠れてろ」


「そなたを案じるだけは嫌じゃ!」


 首を横に振って駄々をこねる。

 「まったくしょうがないな」と俺はため息をつき、彼女の周囲に特に頑丈な岩壁をつくり出した。


「なっなんじゃこれは! 出れぬではないか!」


「君の死が俺の死なら、なおさら危険なことして欲しくないんだ。大人しくしててくれ」


 俺はわざと突き放すように言い、返答を待たずに飛び去る。

 大声で俺の名を叫んでいるが、彼女たちを巻き添えにしないためには仕方ない。

 はじめからウンディーネが原因と分かっていれば……と悔やまずにはおれなかった。


 とにかく、一刻も早くウンディーネを倒さなくては。

 彼女たちを守る岩壁は絶対ではないのだ。

 俺はルドラの風にのり、感じるままにウンディーネの元へ向かう。

 ――果たして、そこには見知った姿があった。



 波立つドレスはフリルスカートのように優雅であり、文字通り透き通った素肌は美しい氷の彫像を思わせる。

 しかし常に湛えていた微笑みは消え、凍てつくような眼差しだけが俺を見据えていた。


「……ずいぶんと不機嫌だな。瘴気に侵されたって噂は本当か?」


 俺は軽口をたたいてみるが、ウンディーネは水面を激しく波立たせ、魔力の波動を放つのみだ。

 やれやれ、言葉を失っているらしい。


「さあ来い、ウンディーネ! 暴れたいなら付き合ってやる!」


 俺が叫んだ瞬間に、一閃。

 ウンディーネは手のひらから水槍ランスを繰り出してきた。

 とっさに岩壁で防御するが、岩壁は一点に集中した水圧で容易く貫通される。

 そして続きざまに連続の射撃。

 俺はルドラの風でとっさに退避した。


「やっぱノームじゃ大精霊に勝てないか」


 ノームもルドラも契約したての下級精霊。

 特に現時点のノームは枯れた岩砂漠生まれなので水を吸収できる土系の魔法が使えず、かなり不利である。

 それに対してウンディーネは俺が心血注いで育てた大精霊だ。

 力の差は見るからに歴然だった。


「さぁ~って、本体を見つけたはいいが、どうやってコアに触れるか……」


 精霊にはその精神が宿るコアがある。

 もちろん普通なら物理的に触れられる物ではないのだが、聖剣の力を持っている俺なら触れられる。それはルドラやノームで確認済みだ。

 要するに、そのコアに俺の力を注ぎ込み、瘴気とやらで狂ってしまった契約を書き直せばいいわけだ。


 ……で、それが一番の難関だった。

 暴走中のウンディーネは膨大な水でコアを守っている。手を伸ばそうとすれば濁流でもみくちゃにされるのがオチである。

 水槍ランスの怒涛の連撃を避けながら、俺は攻略方法を考え続けた。

 決め手に欠ける中で観察し続け、ふと気づいたのはウンディーネの視線だった。


「……なんか俺ばかりを見てるな。セレーネたちへの攻撃が一切なくなってる……」


 するとルドラが俺の頭の上で話しかけてきた。


『それはにーちゃんが契約してたからだろ? つながりは残るもんさ。暗闇の中で光るろうそくに見えてるんじゃねーかな?』


「なるほどな……。動きを誘導できるなら策はある」


 俺はとっさに地面に手を触れ、背の丈より少し小さな石室をつくり出した。

 ここに閉じ込め、小さな隙間を作ってコアに触れるのだ。

 ぶ厚い水の鎧さえなければコアに触れられる!

 小さな隙間を作った瞬間に水圧で壊されそうだが、そこはタイミングの勝負。ルドラの風圧に援護してもらおう。


 作戦が決まった俺はウンディーネの前に急接近し、挑発するように動き回る。攻撃がことごとく避けられるせいか、彼女は攻撃よりも俺を追いかける方に集中し始めた。

 わざと追いかけさせて罠の直前で急旋回。相手の勢いを逆手にとって石室に飛び込ませるって作戦だ。

 古来から使い古された方法だが、暴走中のウンディーネは面白いように食いついてくれた。



「さあ来るんだウンディーネ。思考力が落ちてるのを恨むといいっ!」


 そして作戦通りに石室に誘い込んだ俺は、ウンディーネのコアに向かって勢いよく手を伸ばし――。


「――危なっ」


 超高圧の水槍ランスが射出され、危うく指を吹っ飛ばされそうになった。

 ギリギリでかわしたものの、指先が鮮血に染まる。

 俺はとっさに石室に蓋を生成し、完全に閉じ込める作戦に変更した。


 ちょっと狂暴すぎるだろっ!

 お前をこんな子に育てた覚えはないぞ、俺は!


「って、待て待て待てっ! 石室が割れるっ!?」


 考えてみれば当たり前だ。ウンディーネは持てる魔力を水に変換できるんだから、内側から破裂させようって魂胆だろう。


「暴れるなっ! ……地の宿り子ノームよ! 俺の力をくれてやるから、封じ続けよぉぉぉっ!」


 俺は石室の亀裂をさらなる岩で覆い続け、全精力を振り絞って押し続けるっ!

 ごっそりと削り取られる体力。一瞬脱力してしまうが、踏ん張って立ち上がる。

 体力には限りがあるから、ここで仕留めるしか……。


『おいおいにーちゃん、ヤバいんじゃね~の?』


 いや、ルドラに言われるまでもなくヤバい。

 岩壁を生成しても生成しても、止まらない。

 俺の体力は削られる一方で、ルドラの声に返事する余裕はなく――。


 バガンッ……という激しい音と共に、噴出する水の刃。

 至近距離からの攻撃に、俺は避けきれずに切り刻まれ――。




「わらわを置いて、勝手に死ぬでないっ!」


 その時、横からの衝撃で俺は吹っ飛ばされる。

 そして俺の代わりに膨大な斬撃を受け止める純白の鎧。

 ――それは間違いなく、セレーネだった。


「やめ……っ! 死なないで……くれ」


「くふふ。案じてくれるのか? 嬉しいではないか」


 切り刻まれたはずのセレーネは不敵に笑った。

 よく見ればハンマーの表面にいくつもの傷が生じている。どうやら彼女はハンマーで水刃ブレードを受け止めたようだった。



「な……っ、なんで来た!?」


「案じるだけはもう嫌だと言ったであろう? わらわとそなたは一心同体、一蓮托生。……わらわを頼って欲しいのじゃっ!」


 セレーネはハンマーを繰って次々と攻撃を防ぐ。

 しかしウンディーネもさすがの大精霊。攻撃は苛烈さを増していき、彼女のハンマーだけでは到底受け止められなくなっていく。

 徐々に彼女の体に水刃ブレードがかすり始め、純白の鎧が紅く染まり始めた。


「ぐっ……うっ……」


「やめろっ。君は王族だろ? 守られるべきであり、守る立場じゃないはずだ」


「王族とかそんなもの知るか! そなたを守りたいのじゃ。守らせてくれ!」


 そしてセレーネは拳を掲げた。

 その拳に魔力が集まっていく。


 ……一体、何を?

 そう思った瞬間、彼女は叫びながら地面を叩きつけた。


 広がる波動。

 地面が恐ろしい唸り声を響かせる。


「腐れよっ!!」


 彼女の怒号と共に地面がボロボロに腐食し、大きく陥没した。


 岩が腐る?

 一瞬驚いたが、大地の大部分が樹に包まれていたことを思い出す。

 そうか、ここは根の上だったのか。


 足元に開いた穴は底が見えないほどに深く、支えを失った俺たちは落下していく。

 これがセレーネなりの緊急回避だったということに、落ちてから気付くのだった――。

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