第11話『化石森の山にて』
「……ヤバいな。聞く耳を持たないって状態だ。――暴走、か」
目の前に転がるのは、傷つき倒れた魔王軍の兵士たち。
その惨劇は、一瞬の出来事だった。
全方位に満ちる敵意。
セレーネは俺の背後で周囲を警戒している。
俺はというと、思いがけない再会に勇み立ち、全身に震えがくるようだった。
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
俺はセレーネや彼女の兵10名と共に、『化石森の山』の調査にやってきていた。
城や町を襲った竜の出所を探るためだ。
町の農場や牧場を復旧するにしても、再び飛竜に襲われることは想像に難くない。だから、原因である飛竜について調べよう……となったわけだ。
セレーネの情報だと、そもそもワイバーンやリンドヴルムはこの化石森の山に棲み、そうそう飛来してくることはなかったという。
食糧となる魔獣が減少したか、
そうやって森に踏み込んだ俺だが、あまりの絶景にめまいがしていた。
丘と思えるほどに巨大な根の上に立ち、俺は山の斜面を見上げる。
「さすが魔界。樹がデカいにしても限度があるだろ……。生きた化石だから『化石森』だったか?」
「うむ。樹の名は『大樹ユミル』。都の学者によれば樹齢は一万年以上……魔界創生の前から生えているとも言われておるな」
曲がりくねりながら山を包み込もうとする大樹は、その根の太さだけで一つの家ほどもあろうか。幹に至っては城一つが入りそうなほどだった。
樹皮は岩のように固いので、木を掘るだけで町ぐらい作れそうだ。
……そんな巨大な樹木が何本も地面に這いつくばり、網の目のように山を包み込んでいる。
凄い森だ。
深く、そして豊か。
だからこそ違和感があった。
「セレーネも感じるか? 草は茂ってるし、水も見たところ清浄。……なのに静かすぎる」
普通、森というものは生き物にあふれ、意外と騒がしいものだ。
しかしこの森は静かすぎた。
聞こえるのは木々を通り抜ける風の音と沢のせせらぎのみ。
死を思わせる静寂に支配されている。
「うむ。……何が起こっているというのじゃ」
彼女もあたりを見回し、緊張の面持ちだった。
◇ ◇ ◇
周囲への注意を怠らないように気を付けつつ、山の中腹で休息をとる。
森はいっそう深くなり、静寂も同じように深まっていた。
そんな中、俺はふとセレーネに視線を向ける。
ちょうど干し肉を切り分け、兵に配っているところだ。兵は恐縮そうに頭を下げながら、セレーネを囲んで朗らかに笑う。
姫って言うより、皆のお姉さんみたいだな……。
彼女らを見て、俺は微笑ましく思った。
ついつい、セレーネに目を奪われてしまう。
彼女はいつもの白銀のドレスではなく純白の甲冑で、なんだか新鮮だ。
戦場ではさぞや華やかだろうな。彼女の存在を感じて士気を挙げる兵の顔が、ありありと思い浮かぶようだ。
そして何よりも印象的なのは手に持つ巨大なハンマー。
確かにベッドを投げ飛ばせるほどの怪力なら軽々と持てるだろうけど、細い体に大きな鉄塊を持つ姿は目を奪われるものがあった。……迫力という意味で。
「な、なんじゃその熱い視線……」
俺の視線に気づいたのか、セレーネがこちらを見て頬を赤らめる。
「さてはわらわに
「でっかいハンマーだなって思ってただけだ。さすがは魔界の姫だよ」
「ど……どうせ、い、色気がないと申すのであろう? ……そなたは人間族であるし。……しかし、強さは魔族すべての誉れっ。こ……これでもわらわはモテ……モテるのじゃぞ!」
兵士たちはウンウンと力強くうなずく。
その様子が何だか可笑しくて、俺はクスリと笑ってしまった。
「そんなこと言ってないって。俺もいいと思うぞ。戦場で背中を任せられるのは何よりも頼もしい」
「そ……そうか。うむ。そうであろう! そうであろう!」
セレーネは照れているのか、頬を赤らめながらハンマーをブンブンと振り回す。
身の丈ほどの鉄塊が、まるで木の棒のようだった。
――その時。
「…………っ! ……セレーネ」
唐突に感じた気配。
俺は剣を握りしめ、セレーネに視線を送る。
「うむ、分かっておる。――魔力じゃ。魔力の気配が近寄っておる……。皆、いっそう警戒せよ。――近いぞ!」
セレーネもハンマーを構え、兵に号令をかける。
一斉に剣を構えて周囲を見回す兵たち。
……しかしどこにも何も見えない。
「……どこだ?」
「もう目と鼻の先に来ているはず……。囲まれているぞ?」
「おかしい、何もいない」
うろたえる兵たち。
そんな中、地面を伝う透明な存在に俺は気が付いた。
まるで意志を持つようににじみ寄ってくる。
「水だ!」
俺が叫んだ瞬間、俺の横でうめき声と共に兵が倒れた。
彼の鎧の腹部には穴が開き、地面には血だまりができている。
「……な、一体何が!?」
「ぐっ!」
「がぁっ!!」
その時、水が沸き立ったかと思うと大量の水弾となり襲い掛かってきた。
「――狙撃!? 水だ、水が矢のように飛び掛かって来るっ!」
「姫、ご注意を!」
兵士たちが一斉にセレーネを囲んで防御態勢をとる。
俺はそんな彼らの前に踊り出し、地面に手を突いた。
「汝の名はノーム! その身をもって壁となせ!」
瞬間的に生成される岩壁。
次々に襲い掛かる水弾を受け止め、全員を守り切る!
そんな中、セレーネは背後で驚きの声を上げた。
「――!? それはブロード殿そっくりの技!」
「これは地属性魔法の基本中の基本。精霊使いの俺にかかれば再現程度、楽なことさ」
「そ、そうか。……さすがローラン。頼りになる!」
ブロードだとバレそうになったが、適当な話でも信じてくれたようだ。
セレーネも大きなハンマーを前に構え、後方からの水弾から身を守っている。
そんな中、兵の一人が声を上げた。
「人を襲う水など、あ、ありえませぬ……。まさか都の手の者がここまで!?」
「いや、今の
魔界の事情は俺には分からないが、セレーネたちは敵対者を推測しようとしているようだ。
しかし、俺にはその正体が分かっていた。
「
「ローラン、敵を知っておるのかっ!?」
「……俺がかつて契約していた、水の大精霊だ。王子の策略で失われていたはず。……こんなところにいたのか」
そう。
元々は聖剣の力で契約していた大精霊――そのうちの一柱だ。
魔界遠征にむけて鍛え上げた水の精霊。
まさか再会できようとは思ってもみなかった。
俺の言葉に反応してか、水柱が立ち上り、迫りくる。
「これが……精霊!? ……こ、ここまで明確な敵意を向ける精霊なぞ、見たことがないっ」
セレーネはハンマーで水柱に殴りかかるが、そのすべては貫通するばかり。
彼女は歯ぎしりする。
「水相手には打撃が意味をなさん……か」
セレーネは見ての通り、物理攻撃に特化したアタッカーのようだ。
不定形の水との相性は最悪と言えた。
もちろん風の精霊ルドラだって効果がないだろう。
対抗できるのは地の精霊ノームぐらいだ。
俺はとっさに指を嚙み、血で手のひらに魔道文字を書いた。
ウンディーネと契約できれば、この難はすぐに収まるはず。
「贄は霊鉄。
契約の言葉を詠唱したのに、その途中ではじかれた。
手のひらを見れば、魔道文字が焼け焦げて消滅している。
「……ヤバいな。聞く耳を持たないって状態だ。――暴走、か」
「どういうことじゃ!?」
「なぜだか分からないが、ウンディーネは狂乱状態にある。俺の……聖剣の言葉が何も通じない」
これは非常に不味い。
契約は意思が通じるからできるもの。
相手が自我を失っているとなれば、契約なんてできる訳がなかった。
俺は倒れた兵を岩壁で包み込みながら、ウンディーネの様子をうかがう。
そんな中、セレーネが俺に顔を向けた。
「おそらく瘴気のせいじゃっ」
「瘴気?」
「魔界の大半を包み込む恐ろしい霧。精神を蝕み、魂を狂暴化させる。この山は瘴気域が近い。おそらくその毒気にあてられたのであろう。精霊が霊的な存在なら、影響されぬとも限らぬ!」
「そんなものがあるのか……」
魔界の恐ろしさが改めて身に染みる。
精霊を暴走させるなんて、そうとうヤバイ毒だ。
それにしても、かつての自分の力に牙をむかれるとはな……。
俺は水弾の嵐をかいくぐりながら、ウンディーネを冷静に分析する。
契約ははじかれ、相手は物理無効。
こちらは物理特化の小隊のみで、大半がすでに負傷。動けるのは俺とセレーネぐらいか。
そして困ったことに、この山は水が豊富。残弾は尽きないと思っていいだろう。
「絶体絶命……じゃの。……精霊使いとして、こういう場合はどうするのじゃ?」
俺は拳を握りしめ、不敵に笑う。
「ははっ、やることは単純さ。ボコって大人しくさせ、その隙に再契約する。対精霊戦の基本だな」
「なっなんと野蛮な!」
「精霊は力で屈服させれば落ち着くもんなんだ。俺は好きだぜ、そういうの。人間同士の腹の探り合いよりも分かりやすくていい!」
そして地面から湧きたつ巨大な水柱にむけて、俺は拳を突き出した。
「さぁ。契約主を忘れた悪い子にはお仕置きだ――」
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