第9話『共にあらんことを』
「もう戻ってこんかと思ったぞ、ローラン。城にも町にもおらず、どこに行っておったのじゃ、まったく……」
そんな悪態をつきながらも、セレーネの口は見てわかるほどにニヤニヤと笑い、嬉しそうだった。
俺は今、この魔王城がある領地の領主会議に出席している。
……いや、その言い方は大げさだった。
「領主会議を開くから来い」と言われて来てみたのに、これはどう見ても「二人きりのお茶会」である。
魔王城の荘厳な大会議室の大机に二人並び、彼女は他愛もない話に花を咲かせるばかりだった。
「いや……ははは。ちょっと探索って言うか、城の周りを散策してただけさ。見渡す限り岩の荒野だろ? どこまで続いてるかな~って思ってたら、ずいぶんと遠出しちゃったわけなんだ」
俺は軽い口調で答えるが、内心は動揺し、彼女の顔をまともに見れなかった。
セレーネの長い前髪の向こうにルーナさんの顔があると思うと、ついつい浴室での全裸を思い出してしまう。
そうなんだよな……。
確かによくよく考えれば二人の体格はそっくりだし、髪の長さは違うが髪色はどちらも銀髪だった。
セレーネとルーナさんが同一人物なら当たり前のことだ。
それにしても、どうしてセレーネはルーナさんの姿で町に行ってたんだろう……。
その点が不思議だったが、町にいたゴロツキ盗賊の言葉をふと思い出した。
『色ボケ姫の
……魔界の姫に対してずいぶんと不敬な言動だと思うが、彼女も自分のことを悪く言う人々がいるのを分かっていたから、姿を変えていたのだろう。
っていうか、悪く言われたのは自業自得じゃないか?
俺は魔王スルトを倒しにやってきただけで、そんな俺を魔王城に迎え入れたのは彼女自身だ。
そもそも「魔王スルトを闇討ちした悪漢から、セレーネ姫を命がけで守った勇者様」ってなんだよ!?
事実誤認も
つまりセレーネ、君だよ君!
自分の口から何を出まかせ言ってるんだ!?
まさかその噂を広めたの、君自身じゃなかろうな!?
……くそ、さっきから思考がぐるぐる回る。
いつも冷静なのが俺のはずなのに、彼女のお陰で動揺しっぱなしだ……。
「――――ローラン。聞いておるのかローラン!?」
悶々と考えていたら、気が付くとセレーネが俺の顔を覗き込んでいた。
顔が……近い。
なぜか顔が火照ってしまい、俺はとっさに離れて息を整えた。
「あ……ああ。…………な、何だっけ?」
「なんじゃ、聞いておらんかったのか。あれほどのわらわの熱弁を……」
「すまん……。…………えと、なんの話だったんだ?」
「我が領内の町に現れた凄腕の剣士、竜殺しのブロード殿のことじゃ!」
「ぶーーーーっ」
俺のことだ……。
えっ? バレてた?
冷や汗が噴き出す中、俺は作り笑いを浮かべてセレーネのリアクションを待つ。
セレーネ自身はというと、きょとんとした感じで首をかしげていた。
「なんじゃそなた。ブロード殿と似た吹き出し方をしよるのぉ」
「め……珍しいことじゃない。…………で、その竜殺しの剣士がどうしたんだ?」
なんとなくバレていない空気を悟りつつ、平静を装う。
するとセレーネは立ち上がり、高らかに拳を掲げた。
「
「えーっと。つまり俺とその剣士二人でセレーネを支えて欲しいってことか?」
「その通りじゃ!」
にんまりと笑うセレーネ。
しかし俺としては素直に首を縦に振れない。
「いや……そ、それはその……」
「なんじゃ。すぐに快い返事をもらえると思うたら、歯切れが悪いのう」
いや、なんていうか物理的に無理だろう。
俺は一人しかいないんだから……。
答えを言いあぐねていると、セレーネがニヤニヤし始める。
「……はは~ん。さてはヤキモチを焼いておるのじゃな。そそ、そうか、なるほどなるほど。勇者殿はわらわをど……独占したい――と」
「ち、違……」
「よいよい。苦しゅうない。……そ、そ、そういうことなら、わらわとしても……む、無理には言えぬというか、なんというか……」
セレーネは椅子に腰を落とすと、照れているのかふにゃふにゃと机に突っ伏してしまった。
言葉がどもり始めてるし、素が出てるぞ、お姫様。
自分で言ったことで照れるなよ……。
……今、なんか楽しいな。
この状況を
セレーネは裏の顔があるが、
魔界の環境は過酷かもしれないが、彼女と共にいれば何とかなる実感さえある。
だからこそ、なんとなくで流されてはいけないことがある、と感じていた。
「セレーネ。……なんで俺に良くしてくれるんだ?」
それはずっと気になっていたことで、聞かずにはおれなかった。
だって、俺は君の父を殺した男なんだから。
俺の勇者としての強さに期待しているって話は聞いているが、物事はそう簡単に割り切れないはずだ。
「俺は魔王の兵を多く殺し、最後には君の父を殺した逆賊のはず。魔界全土のお尋ね者になっても当然のはずだ。……なのに命まで……くれるなんて」
その答えには時間を要すると考えていた。
しかしセレーネは間を待たずに上体を起こし、俺を真っすぐに見つめてくる。
「勇者と魔王の衝突は運命といえよう。父上もわらわも、最初から覚悟しておった。……それだけのことじゃ。立場ゆえに仕方がない」
王族としての凛とした空気をまとい、セレーネは言った。
そしてその後、ふっと優しい口元に戻る。
「わらわはその程度のことを遺恨にしたくないのじゃ。……それに、そなたはかつての仲間に裏切られ、殺された。もう十分な報いを受けておる。それ以上に責めるのは酷じゃろうよ」
「君は……あの場に、いたのか?」
「いや。王命で別の戦場におった故、さすがに間に合わなんだ。……その場の出来事は生き延びた者から聞いたよ」
ラムエル王子らの裏切りを思い出すと、今でも胸が焼けるように苦しい。
彼女の気持ちは同情……なのだろうな。
そうだとしても、あの惨状を知ってもらえていると思うだけで、何か救われるような気がしていた。
「力ある者は報われるべき。そしてわらわはローランの力が借りたい。……もちろん、わらわのモノになれとはもう言わんよ。……できるなら友人として、対等な関係で力を貸して欲しい」
セレーネはそう言い、右手を差し伸べてくれる。
その手を取ることに、俺は迷いがなくなっていた。
「この心臓の鼓動は君がくれたものだ。――この命がある限り、俺は共にあることを誓う」
セレーネとの契約は成った。
――そんな実感があった。
人と精霊のつながりだけでは得られないもの。
俺が本当に求めていて、失ったもの。
それは心の結びつきだったのかもしれない。
裏切りによって欠けた何かが埋まったと、そんな満足感があった――。
= = = = = = =
【後書き】
お読みいただき、誠にありがとうございます!
ローランは自分の新たな居場所を見つけることが出来ました。
もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!
なにとぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます