第7話『リンドヴルム討伐戦』

 私の名前はルーナ。

 魔王城にお仕えする、ただの小心者です……。

 私、いまとっても恐ろしいです。

 なぜって、目の前で巨大な飛竜の王、リンドヴルムが暴れまわってるからですーーっ!!



  ◇ ◇ ◇



 時間は半刻前……ブロード様を牧場に連れてきた時間にさかのぼります。

 旅の剣士ブロード様は即断即決のお人でした。

 リンドヴルムを駆除すると言い出したその時点で、まさかすぐに作戦に入るなんて思わないじゃないですか……。

 詳細を聞かされないまま、生き残った家畜を牧場に戻すように言われました。


 仲間を殺されたので家畜はおびえていますが、ブロード様は「大丈夫だから」と自信満々に言うので仕方ありません。

 この時は、この家畜を餌にして呼び出すなんて思ってもいませんでした……。



「あ、あの。連れて……来ました……」


「お。ありがとうな。……へぇ。豚? ……いや、牛?」


 ブロード様は人間界の動物の名前をおっしゃいました。

 不思議です。

 人間界にお詳しいのでしょうか?


「オ、オーク……です。ご存知なかった……ですか?」


「……あ、もちろん知ってたよ。もちろん! ……へぇぇ。ふぅぅん……」


 なんだか慌てた感じに見えます。そして彼は興味津々な様子でオークを見回し始めました。

 確かに人間界の文献に描かれているところの豚の頭と牛の体を繋げたような魔獣で、私たちはオークと呼んでいます。

 魔界では一般的だと思ってたんですが、ブロード様のいた場所にはいなかったのかもしれません。



「じゃあ始めようかな」


「え……? な、なにを……ですか?」


 状況が飲み込めないでいると、ブロード様はなぜか焚火を始めます。

 その脇の地面に刺しているのはワイバーンの燻製肉でしょうか? 

 煙と共にいい匂いが立ち込めてきました。


「このオークたちを餌に、リンドヴルムを呼び寄せるのさ。奴はたらふく食って味をしめてるはずだから、きっとこの牧場を遠くから監視してるはず……。さらに匂いと煙で刺激すればきっと……」


「だ、だだダメですよぉ! かっ可哀想です。オークが可哀想……」


「お、来たぞ」


「えぇっ!? も、もうですか!?」


 ブロード様は荒野の地平線を指さします。その視線の先を眺め見ると、ゆらゆらと空中に揺らめく糸のような影が――。



 あれはリンドヴルム!

 大きな翼を持った巨大な空飛ぶ蛇。まごうこと無きリンドヴルムの巨体がものすごい勢いで迫ってくるところでした。

 魔王スルト様の結界が無くなっているので、邪魔する物はありません。

 私はオークたちを頑丈な厩舎きゅうしゃに戻そうと、慌ててお尻を叩きます。


「……っひぃ! ダ、ダメッ!!」


 風を切り裂きながら迫るリンドヴルム。すでにその巨体は牧場の上空にやってきていました。

 そしてその勢いでこっちに突撃して――。


 その瞬間、地鳴りと共に響く轟音。

 いつの間にか何もなかったはずの場所に岩壁が出来ていて、リンドヴルムの突進を防いでいました。



「今の隙だ! ルーナさんは厩舎に逃げ込め!」


「はは、は、はいぃぃ!」


 オークを追い立てて逃げる中で、私は確かに目にしました。

 ブロード様が地面に手を当てた瞬間、その近くから岩壁がせり出して来る様子を!

 瞬時に生成される岩壁はリンドヴルムの突進を的確に阻み、その軌道を抑え込んでいくようです。


「岩石魔法――!? ……すっ、すごい、です」


 それだけじゃありません。

 その全身から繰り出される剣さばきの速さ、美しさ――そして威力。

 自分の何十倍もあろうかという巨体を相手に、互角以上に圧しています。

 ……そのお姿はまるで戦場をかける魔王スルト様と同じか、もしかするとそれ以上。

 勇者ローラン様を髣髴ほうふつとさせるものでした。



 そして魔族と比べてもあり得ないほどの跳躍力。

 え……嘘! まるで風に乗っているようです!

 ……いつの間にか、ブロード様はリンドヴルムの背の上に立っていました。


「――セイッ!!」


 彼の掛け声と共に炸裂する剣の一閃。

 同時に「ガギンッ」と、まるで金属同士がぶつかり合った音が響き渡りました。


「……い、いけません! リンドヴルムの鱗は鋼鉄と同じ! そんな力いっぱい叩くと――」


「――そうみたいだな」


 いつの間にかブロード様は地面に着地。その右腕には折れた幅広の剣が握られていました。


「剣が折れちまった。ったく。名剣ばかりに慣れてると、ゴリ押しで行けるって思っちまうな」


「どどど、どうしましょう!? わわ私、予備の剣なんてもってない、ですっ!」


「問題ない。……それより顔出すなよ。――『流星』が来る!」



 『流星』。

 ――それは飛竜の王リンドヴルムの必殺の奥の手。

 大きく開いた口腔からの岩石の発射。

 その連撃は地上に降り注ぐ流星と同じ!

 広範囲の爆撃が地上をえぐり壊す――!


「ブロードさまぁぁぁっ!!」


 ……もう、見ていられないっ。

 あんな攻撃を受けたら、誰であっても逃げ場もなく肉塊に……。


 もうもうと煙る土埃。

 その霞が晴れていくと、地上は無数のクレーターによって破壊しつくされていました。


 ブロード様の姿はどこにも……ない。

 マントの切れ端も、肉塊も、何もありません……。


 その時、上空に動く影が見えました。

 地面から長く突き出した石柱の上……リンドヴルムの頭に向かって突進していく影が!

 その瞬間に理解しました。

 ブロード様はとっさに石柱をつくり出し、爆撃の嵐よりも上に退避したのですっ!


「おおぉぉぉおおぉっ!!」


 雄たけびを上げながら猛然と飛翔する彼。

 その体は一筋の砲弾のよう。

 流星を吐き出した後の、開いた竜の口めがけて――突入していきました。



「……へ? 竜の……口の、中?」


 え?

 た、た、食べられちゃいました!?

 突然のことに何が何だか分からない私。

 当のリンドヴルムも体をくねらせ、反応に困っているようです。


 ……と、その時。

 「バズンッ」と響き渡る破裂音。

 次の瞬間、リンンドヴルムの体を内側から突き破り、次々と突出してくる岩の棘の群れ――。


「す……ごい」


 感嘆のあまり、語彙力を無くす私。

 空中で巻き起こる、あまりにも一方的な殲滅劇。

 ……ドウッという鈍い音と共に落下した飛竜の王と、対照的に軽やかに着陸する剣士。

 まるで……英雄の誕生を舞台下から見上げている。

 そんな気分になっていました。



  ◇ ◇ ◇



「さ……最後、すごかった……です。まさか竜の口に入っちゃうなんて……」


 戦いの決着がつき、私は厩舎の中から出てブロード様に駆け寄りました。

 私が感嘆のため息をついていると、竜殺しの剣士様は偉ぶりもせずに笑います。


「デカいから内側に行けるかなって思ったけど、狙い通りだったよ。あはは」


「あの……岩の棘はどうやって作ったんですか? 地面から作るのはわかるんですが、なんで竜の中で……」


「ああ。リンドヴルムは岩を吐くだろ? 腹のどこかに貯めてるんじゃないかと思ったんだけど、案の定だった。だから岩石魔法で形状を操作し、内側からガツンと刺してやったわけさ。中が広がれば剣を振れるし、あとはご覧の通り……かな」


「……そんな、簡単そうに説明……。普通は思いついてもしませんよぉ~!」


「ふふ。……ただ、反省点もあるな。俺が扱うには剣が脆すぎる」


 そう言うや否や、彼の持っている剣がボロボロっと崩れ落ちる。

 その様は金属の剣が折れたそれとは全く違い、植物が枯れ果てる様に似ていました。


「……え、そそ、それどうなってるんです?」


「俺にもわかんないけど、たぶん耐え切れなかったんじゃないかな……俺の力に」


「耐え……。い、いや。だってその剣、鉄でできてて……」


「気にしない気にしない。剣士も成長すれば、このぐらいになるんだって~」


 激闘を繰り広げていたとは思えないほどの軽い口ぶり。

 そのおおらかさに、魔界の英雄の誕生を感じずにはいられませんでした。



 その時、背後から歓声が響き渡ります。

 ふと振り返ると、そこにはギムレーの町の住民が詰めかけていました。


「ありがとう剣士様! これで安心できる!」

「竜殺しの英雄バンザイ!!」

「ギムレーの救世主に祝福を!」


 その大歓声の中で、当のブロード様は困ったように頭を掻いています。


「いやぁ……派手にやりすぎたか? 目立つのは困るんだけどなぁ……」


「なっ何をおっしゃるんです! 素晴らしい剣の技。そして魔法でした! リンドヴルムを倒すなんて、魔王スルト様か、ゆ、勇者ローラン様しか成し得ないと思ってたんです。ブロード様。あ、ああ、あなたは……っ」


「えっ、何? まさかバレた!?」


「ええ。まさに、勇者ローラン様に匹敵する、お強さですね!」


 ブロード様が何か焦っているようですが、よくわかりません。

 とにかく新たな英雄を讃えたくて、私は拍手を送ります。

 本当に……本当に勇者様のようです!

 私の憧れのローラン様のような!



 ……その時、ブロード様が私を見つめている気がしました。

 顔を隠してるのでわからないですけど、なんとなく。


「……あ、あの。…………何か?」


「んー……。ローラン様に匹敵するって話だけど。ルーナさんって勇者のこと、どのぐらい知ってるのかなって思って」


「あ。なるほど! しし、失礼しました。他人に似てるなんて言うのは良くなかったですね」


「いや、それは問題ないんだけど……。ちょっとした興味があるんだ」


 随分とぐいぐい来ます。

 私は不思議に思いながら、ローラン様のことを思い出していました。

 ――思い出すと、なんだか胸がポカポカしてきます。


「えっと……。じ、実は命を助けられたことがあるんです。ご本人に! そ、その時に、ほ、惚れ……惚れ惚れしちゃいまして……へへ」


 この話をしてしまうと、ついつい顔が緩んでしまいます。

 ……私の大事な宝物、です。


 するとブロード様は妙に照れているようでした。

 なぜでしょう?

 もしかすると、ブロード様もローラン様のファンなのかもしれませんね!

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