第6話『魔界の知られざる事情』

「あ……あの。わ、悪いので手伝っていただかなくて……大丈夫、です……」


 ルーナと名乗る少女が慌てているが、俺は気にすることなく彼女らの手伝いをしていた。

 ワイバーンの燻製肉を町の住民に配るのだ。

 町の住人はならず者をなぎ倒した俺を恐れてか、混乱もなく配給を受け取ってくれている。

 兵士は俺が倒したならず者たちを連行する必要があったので、俺が荷馬車の護衛を名乗り出たわけだ。


「問題ない。兵士さんたちがいなくなった分の用心棒って思ってくれればいいさ。ヒマだから手伝ってるだけだよ」


「おお、お礼するどころか、さらにお世話になるなんて……」


 ルーナさんはこっちが恐縮してしまうほど何度も頭を下げてくれる。

 そんな俺はというと、もちろんただの善意というわけではなく、情報収集が目的だった。



 俺は横に立つフード姿の少女を改めて見つめる。

 彼女の名はルーナさん。

 魔王城で物資の配給を指揮しているらしい。


 彼女は非常に低姿勢で住民に接し、ニコニコしながら食料を配っている。ラムエルたちのような貴族の傲慢さに辟易していたので、彼女を見るだけで安心できている自分がいた。


 そしてふと気が付く。

 ……見覚えがあると思ってたけど、そうか、ルーナさんは昔の友達に似てるんだ。

 遠い昔、俺が少年だった頃の男友達。

 彼も同じような金色の瞳だったと思い出す。顔立ちもなんとなく似ている気がした。

 彼のような友達を守りたくて、俺は魔王軍と戦うと誓ったのだ。


 他人の空似ってあるもんだな、としみじみ思う。

 まあ、彼が魔界にいるはずないんだけど……。



 懐かしさで嬉しくなりながら食料を配っていると、いつの間にかルーナさんが俺の顔をのぞき込んでいた。

 彼女の方は目を輝かせており、俺に興味津々なようだった。


「あああ、あの。お、お強いんですね……。お名前を……うかがって、も?」


「あぁ名前か。俺の名はロー……ロ……」


「ろ?」


 いかんいかん。うっかり本名を名乗りかけてしまった。

 そうだ、名前を決めていなかった。

 俺はとっさに身の回りを見て、腰に備えたブロードソードに目を止める。


「えー……っと。……ブロー・・ド」


「ご自分のお名前なのに、ど忘れしちゃったんですね。ふふ」


「……普段名乗ることがないから、とっさに出なくってな。あはは……」


 クスッと笑うルーナさんを横に、俺は大げさに頭を掻いた。

 そして話題を変えようと、荷馬車を指さす。


「ところですごい量の肉だな。こういう配給ってよくやってるのか?」


「え……えっと。今回はたまたまワイバーンのお肉が手に入りまして! な、なんでも勇者様が倒してくださった、とかで……」


 やっぱりこれ、俺が倒したワイバーンの肉か……。

 あれは食料調達のつもりはなく、本当にたまたまだったんだがな。

 魔王城の食事でワイバーンの肉が出たことはないので、本当にすべての肉を町で配っているんだろう。

 セレーネは城よりも町を優先していると分かった。



「あーーそうだ。……勇者様だっけ? もしかして魔王城にいるのかい?」


 ちょうど俺のことが話題に上ったので、ちょうどいいので尋ねてみる。

 俺の存在が公なら、どういう扱いなのか気になるところだ。

 すると先ほどまでオドオドしていたルーナさんの目が急に輝き始めた。


「そうですそうです! なんでも魔王スルト様を闇討ちした卑劣な悪漢から、セレーネ姫様を命がけで守られたとか!」


「ぶーーーーっ!」


「どど、どうなさったんですか!?」


「えっ? えっ? そういうことになってんの? そんな話、誰が言いふらして……」


「お……お城の中での噂なんです。……だってセレーネ姫様、勇者様と仲が良くって。とてもじゃないけどお父上の仇への態度じゃないので……そ、そうに、違いないって、みんなが言ってました」


 それを聞いて俺は頭を抱えた。

 確かにセレーネあいつは俺に良くしてくれるけど、周りからはそう見られるんだな……。

 あいつはあくまでも俺の力を利用しようとしてるだけなんだ。

 ……ただ少なくとも、俺と魔王スルトの戦いの真相は秘密に出来ているらしい。

 セレーネの考えは俺にもさっぱり分からないが、まあ悪評が立ってるよりはマシだと思おう。魔界の生活も長くなるわけだしな……。



 俺は気を取り直して配給に専念することにする。

 それにしても気になるのは、町の住人のやせ衰えた姿だ。一朝一夕でここまで飢えるとは思えない。

 俺はルーナさんに近づき、耳打ちする。


「そういえば町の人は随分痩せてるようだけど、食料が不足してるのか? ……ほかの町でも同じような光景は何度か目にしたことがある」


 すると、ルーナさんは表情を沈ませた。


「そ……それは。……に、人間界からの物資提供が、このところ滞って……まして。魔界全土で食料が不足してるんです……」


「物資提供? 略奪ではなくて?」


 人間界からの物資の流れが止まっているのは当然だ。

 魔界唯一の宝玉ゲートの鍵がラムエル王子に持ち去られ、魔界と人間界をつなぐゲートが永遠に閉ざされてしまったわけで。


 ただ、ルーナさんの言葉のニュアンスは俺の認識と大きく食い違っていた。

 魔王軍は人間界を侵略し、略奪行為を繰り返していたはず。

 物資提供なんて言い方をされると、まるで人間界側と交流があったように聞こえて来る。


 俺が考え込んでいると、当のルーナさんはきょとんとした顔で俺を見上げていた。


「りゃ、略奪なんて、そんなおお恐ろしいですよぉ。……確かに昔の魔王軍はそういうことをしてたって言われていますけど、魔王スルト様の時代になってからは人間界の王国と友好条約を交わし、たくさんの物資を提供してもらってたんです」


 人間界の……王国?

 一体、どこの国だ?

 人間界側に開くゲートはもっぱらグランテーレ聖王国の領土内で、魔王軍と交戦してたのはいつも聖王国の騎士団や俺のような勇者パーティー、そして冒険者たちだったはず。

 少なくとも聖王国と友好条約っていうのは噂にも聞いたことがない。



 俺が考え込んでいると、ルーナさんは微笑んだ。


「し、知らないのも仕方ないですよぉ……。ブロード様ぐらいの剣士ならずっと修行の毎日だったと、思いますし……」


「…………」


「ブロード様?」


「ブロード? ……あ、俺だ」


 自分のことだととっさに分からず口ごもってしまい、ごまかすように笑う。


「……ところで人間界からの供給が滞ってるって話なんだが、魔王城で何かあったのか? ……魔王が崩御ほうぎょされたと噂で聞いたが」


 セレーネは魔王スルトの葬儀を行ったと言っていたから、旅人ブロードがその噂を耳にしていても不自然ではないはずだ。

 そのうえで、内情を知っている俺はわざと鎌をかける。

 ここでの答え方で、セレーネのことが多少なりとも分かると思ったのだ。


 ルーナさんは少し困ったように眉をひそめたあと、沈痛な面持ちで答える。


「……スルト様がお亡くなりになった後、セレーネ様が領主をお継ぎになりました。……。でで、でも! 人間界ともお話されているとのことで、物資も遅からず元通りになるかと!」


 嘘だ、と思った。

 ゲートの鍵が奪われたんだから、魔界こっちから人間界に話しかけるなんて不可能だ。

 それに聖王国の気が変わらない限り、ゲートが開くことはありえない。


 実はセレーネが魔王スルトを裏切っていたとか、聖王国と繋がっているなんてこともあり得るかもしれないが、仮に裏切る頭があるのならゲートの鍵を奪わせるなんてリスクをとるはずがない。

 ……本人に言ったら怒るだろうけど、セレーネはなんというか、お人よしのポンコツお姫様だ。

 彼女のキャラはそういう策略を巡らす感じじゃないはずだ。


 じゃあなんで嘘を?

 ……おそらく民を不安にさせないためだ。

 肉を全部配り切ってしまうお姫様なんだから、そっちの方が筋が通るってもんだ。

 魔界の宝玉ゲートの鍵が奪われたっていう事実も、きっと秘密のままなんだろう。



「……なるほど。よく分かんないが、少なくとも当分の食糧不足が大問題ってことだな!」


 俺は最後の肉を配り終え、大きく伸びをした。

 そしてルーナさんに向きなおす。


「そもそもの食料調達はどうしてたんだよ。人間界からの物資だけで生きてたわけじゃないんだろう?」


「そ……そそ、それはもちろんです! 魔界は貧しいですが、例えばこの領地にも農園や牧場があり……ました」


「ん? 過去形?」


 引っかかって尋ねると、ルーナさんは視線を落とし、青ざめている。


「じ……実はめちゃくちゃにされて、今年の作物が……全……滅……」



  ◇ ◇ ◇



 状況を知りたいと思った俺は、ルーナさんに案内されてギムレーの町近郊の牧場にやってきていた。

 ここでは家畜化した魔獣を食肉用と乳しぼり用に飼っていた……らしい。

 「らしい」というのは、現在は一頭もいないからだ。

 地面は大きくえぐり取られた跡が残り、よく見るとおびただしい量の血痕が染みついている。


「あっ! もも、もちろん全部死んじゃったわけじゃないですよっ! かろうじてつがいが生き残ってくれたので、今は安全な場所に隠してます……です」


 おろおろするルーナさんを尻目に、俺は荒らされた地面を観察する。


「これはあのオオカミ頭のゴロツキ共……のせいじゃないな」


「は……はい」


 町で暴れていた奴らのせいかと一瞬疑ったが、すぐに違うと分かった。

 地面の湾曲した陥没は、まるで巨大な蛇が体を引きずったようだ。

 それにしては牧場の外縁で陥没跡が消えている。地中からやって来たか、空を飛んできたかのどちらかだろう。

 そして特徴的な大小のクレーター。これは吐いた岩石が衝突してできたものに間違いない。


飛蛇竜リンドヴルムか」


御明察ごめいさつ……です!」


 リンドヴルムは蛇のような長い体とコウモリのような翼をもつ翼竜だ。

 口から吐き出す岩石は『流星』と呼ばれ、恐れられている。

 聖王国の山岳地帯で戦ったことがあるが、目の前の痕跡を見る限り非常に巨大なようだ。

 おそらく長さは30メートル以上。魔王城の尖塔に巻き付けばへし折れそうに思えた。


「魔王スルト様が崩御なされたあとから……でしょうか。に……西にある化石森の山から飛竜ワイバーンの群れが来るようになってですね。……飛蛇竜リンドヴルムはその親玉のようなんです……」


 さすがにそんな騒動が起きれば俺も気が付かないわけがないから、俺が生き返る前の出来事だろう。

 ルーナさんの話によると竜の大群が家畜を喰らい、農場を破壊しつくした、ということだった。

 町も襲われたが、駆け付けたセレーネ率いる魔王軍がなんとか追い返したらしい。


 魔王スルトの結界が消えたせいって、セレーネも言っていたな。

 ということは、俺に責任がある。

 ……俺が魔王を倒してしまったのだから。


「自分の不始末は自分で責任取らなきゃな」


「……え? そ、そそ、それってどういう……?」


「いや、こっちのこと」


 今の俺は流浪の旅人ブロードなのだから、ローランの話をするわけにいかない。

 とはいえ俺のやることは決まっていた。


「そのリンドヴルム、俺が駆除するよ」

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