☆(ほし)1彼氏。

ぞう3

☆(ほし)1彼氏。

 あああ……また失敗した……。


「まあそう言うなって」


 頭を抱えて項垂れるあたしの目の前で、飛び散るレタスとオーロラソースの波状攻撃の惨劇に溺れたパティが、元いたディッシュプレートから勢い余ってはみ出し、まるで戦場を記した一篇みたいにテーブルの上で暴れ踊ってる。

 品性の欠片も無いならまだ良い方で、大体“それ”だってあたしが払うんだからね!


「常識が無い、お金も無い! 大概はこの時間、みんな仕事か学校なの! なのに、あんたってば!?」


 怒号が疑問を超えちゃったら、大抵修羅場は泥沼の底の底ってな感じ。

「人生って真理を捕まえる、幾星霜の旅をしてるのさ。お前もこれ食うか?」

 つままれ差し出されたのは、バンズの欠片のただの埃みたいな、しかもなお一層の欠片ってどういうことよ!?


 もう嫌だ! 

 何もかもが冗談じゃない!!


      ◇          ◇          ◇


 人生の無常さに、いい加減嫌気が差した会社帰りに何気に立ち寄った、何だかちょっと変わった感じの占いの館。


『わしは……まあ何でもええか。何や? 人生に疲れたんでどうすればええかて? ジ〇リでも観とき。ジブ〇さえ観てたら何もかも忘れられんねん。嫌なことがあったらバ〇ス言うといたらええねん。キツ〇リス相手に、“怯えていただけなんだよね”言うたら男が惚れんねん』


 ぱああ〇ううーーーーーーー!

 しい〇あああああーーーーー!


 じゃないわよ! 時短が過ぎるこんな世の中に至っても、たったの四十秒で支度出来る程、女の朝支度は甘くない! って、そうでもない!

『まあ、そない目くじら立てへんで。つまり、人間は出会いによって何もかも変わるってことや。どやこれ、使つこてみるか?』

 差し出されたのは、“賽げえむ”と書かれた木製の角柱、六角形のいわゆる御神籤おみくじの箱? 筒? の上の真っ平らな所には、神籤棒みくじぼうを取り出す穴が開いている。

 つまり、例のガチャガチャするアレ。

 取り立てても何も、至って普通。サイズ感はまあ、1ℓペットボトル程の高さ?


『スマホでアプリもなんや興が無いさかいな。毎日これでガチャして、理想の男をリアルにゲットしたらええ』


 よくあるテンプレ占い通りの生年月日やら何やら、そんなことすら一切合切すっ飛ばし省かれて、恐る恐る覗き入ってからこっちずっと、この部屋一面素っ気もない畳の上のちゃぶ台向こうで、お饅頭なんか頬張りながら溢れるニコニコ顔の装いもお国柄もアラビアンな感じの結構小柄な女の子占い師がそう言って。

 対面の向こう側、差し出し置かれた湯呑みに立ち昇るふわふわ湯気のそのまた向こうからのんびり笑顔と一緒に、この“御神籤箱”を手渡された。


『遠慮せんと持っていき。獅子屋の饅頭一つ分の代金でも置いていってくれればええから』


 ――って可愛い顔した太っ腹も何にしろ、その愛らしさには到底似つかわない怪しげな関西弁口調だって、だけどやっぱり可愛いが過ぎるんだけどね。

 勿論、胡散臭さが大爆発なお話には間違いないんだけど、法外な鑑定料を強請ゆすられた訳でも無いし、ちょっぴりのお饅頭代と引き換えに御神籤箱まで貰った訳だし、お茶の一杯だって勧められたんだから一層尚更のお得感。


 つまり、纏めるとこう。

 あたしの毎日の行動如何(善行?)によって“意志”が貯まる。それを消費することで、リアル世界の御神籤箱ガチャが一日一回引ける。

 そうするとあら不思議、どうして何だか何故何だか、どこからともなく“レア度”を持った男性があたしへの恋心をわんさか抱え現れて、これこそ運命の大チャンス!

 そのレア度が高い程、イコール財力やら地位やら名誉やら、アレもソレもが目一杯上乗せマシマシされちゃうってことらしい。

 ガチャから排出? される相手のラインナップには、それこそ空に瞬く星の数程の男達が並んでるんだって。

 最高レアは☆(ほし)3。

 出会ったら、先ずはその日限りのお試し期間。

 その日出会った人に運命決めちゃえば、御神籤箱ガチャそのものが終了だそうだ。

 即ち、この☆(ほし)3彼氏候補を引き当てて付き合っちゃえば、この先の目くるめく夢の様な人生が約束される筈! って、なんて素晴らしい運命の巡り合い!

 こんなのどういう仕組みも何も、降って湧いた謎技術のことなんて余計な深堀りなんてしちゃいけない&夢か現かなんて悠長に考えてる暇があるなら、ドドンと貪り平らげないと!


「……なのにさあ!? どうして“☆(ほし)1”のあんたばっかり出るのよ!!」


 あれからの止め処なく当てもない毎日、あっちの霊峰が霊験あらたかと聞けばBダッシュ、そっちの神社に効き目MAX御朱印があると小耳に挟めば赴いて、さんざんっぱら泣き落してあたし専用の特別デラックスVer版をお願いしてみたり。

 迷惑この上ないなんてことは重々承知の上なんだけど、そんな有体ありていだって問答無用!  

 その上で、百万遍の願いを星に月に太陽に、全然知らない銀河の果てにまで込めながら挙句ガチャった結果が毎回これって!?


『よ! 俺はシン! よろしくな! ところでお前金ある?』

『お、またお前か。ところでさあ、金ある?』

『今日はいくら持ってる?』

『今年のN-1面白かったよなあ。金ある?』


 ↑ ↑ ↑(回想)

 どう思い返したって、ファーストコンタクトから全くずっとあんたってばお金のことばっかりじゃない!


「まあ落ち着けって。そうやって人を指差しがなりたてるのは、全くもってマナー違反で罰金刑相当に値するよな。つまり、俺は追加のバーガーを頼めるって訳だ」


 そんな不敬罪でもが成立するなんて、あんたってば一体何様のつもりなのよ!?

 ねえ、もう丸々一か月よ?  

 結局も終局の今も今、店内でテーブルを挟んであたしと向き合い、あらゆるバーガーに塗れ埋もれてるこの男こそがこの謎だらけガチャの結果。

 つまり、☆(ほし)1男ってこと。


 ……☆(ほし)1よ? ほしいちっ! 今時ガチャで☆(ほし)1なんて、所持キャラ倉庫を圧迫する暗黙のスペース拡張誘導課金キャラって意味合い以外なんかあるの!?


 例の箱をオカルティックに“まぶしてみたり”、“テーブル”の存在を疑ってみたり、ホントは占いのあの子がその辺にでも隠れて、あたしのこと笑いながら確率操作してんじゃないの!? 巷なネットでいっつもそういうことって話題になってたりするじゃない!

 ホントーに毎日毎日こいつばっかり、全くピタリと引き当てるあたしの今月のガチャ運最高って星座占いが全然仕事しないのは、一体どうなってんのよ!

「お、店長さんサンキュー。 なあおい、この“とびきり蟹バーガー”って美味いよなあ」

 厨房からバーガーを運んでくれて恭しくお辞儀してからずっと、シンが食べるのを両手をもじもじ組んで見守ってたおじさんコックさんが店長さん。

 もう何度もこのお店には来てるけれど、結構なぽっちゃりに頭の毛は最初からどっかに行っちゃったまま、加えて口髭と顎髭がくっついてる風貌の、正直初見のいかつい感じに恐怖を感じたんだけど、その所作がとっても物腰柔らかくてほっと一安心。

 ……でも、ちょっと待って? この蟹の“8000円”って何よ!? あんたなんてアメリカザリガニで十分じゃない!

「タラバガニって、ヤドカリの仲間なんだってさ」

 そんなの……って、え? そうなの? あれ蟹じゃないの? 知らなかった……じゃなくて!

「ご注文、誠にありがとうございました……何しろ、メニューに加えてから今まで一度も売れたことがありませんでして……ようやくお客様に……」

 結構気軽に立ち寄れちゃうこのお店のランクに、価格設定が合わないとしか考えられないんですけど!

 うるると浮かべた涙を拭った店長さんが、シンの手を取った。

「あなた様は神様です……ポ〇モンで言うならミュ〇ツー的な……」

 それ、お金払うのってあたしだし、“そうかあ”なんて笑って何故か誇らしげにちょっと照れてるそいつはただのゴミキャラ☆(ほし)1だからさあ!?

「出来れば×××バーガーなどもいかが……」

 視線で促した店長さんの向こう、ちらりと覗いたあっちの厨房の台の上に何やらモジャモジャした物が!?

「あ、じゃあそれも(シン)【【絶対要りません!!!(あたし)】】」って、シンの声も掻き消す程に声を張り上げたあたし!

 もう一旦のうるる涙の後、淋しそうに去っていった店長さんがちょっと可哀そうだったかな……って? 

 いやいや! ×××が目の前にドーンっ! は流石に無理だから!

 はあ……もうさあ、期待に胸高まる様な☆(ほし)上げの演出とか無いの? いい加減毎回毎回どうしてなのよ……。


「俺じゃ駄目なのかよ」

 

 危うくあたしの心臓の鼓動をぶっ止めかけた、“ど”ストライクな甘く低い声が真っ直ぐ飛んでき……ち、近い近い! テーブル越しから、あたしの鼻先ほんの目の前に、ちょっと傾げたその顔がおもむろ近づいて!

「な、なによ……!?」

「俺じゃ駄目なのかって聞いてんだよ」


 ぶっちゃけ海P(凄い人気アイドル)な顔。

 つぶらで潤んだ瞳は、もうまるで美少女みたい。

 ミディアムストレートな髪はボサボサ感丸出しなんだけど、それでも“これ”って凄くない?

 断然背が高い&足も長い。

 理想の美青年の中の美青年が、目の前に具現化したみたい。

 つまり、カッコイイが最大限。

 最初に出会った時からずっと、毎回同じな古ぼけたグレーパーカーにデニムなイージーパンツ、ホワイトスニーカーの出で立ちだって、そんなのいつでもどうにでもなる。

 口許には蟹。


 ……カニ?


「結局そういうところ!」

 粗雑な食べ散らかし方ってのは、今までの人生やら何やらを決して誤魔化せるもんじゃない。

「20歳で無職、学生でもないならあんた一体何やってる人なの? 身に付いてるのは、ホストにも到底及ばない薄っぺらな口説き方ってだけ!?」

 正直、この胸のドキドキは止まらない。

 けれど、その感情と一緒になって“この社会における自分の立ち位置”を思い出したなら、押し殺してしまわなきゃいけないのはこの心音の行方の方。

 得体も知れない格好だけの男との将来なんて、現実はそんなに甘くはない。


 あたしは夏生なつき

 21歳、ただの事務員。高校を卒業した後色々あって、今は小さな会社でなんとか耐え生き延びてるだけの、☆(ほし)1キャラにさえなれない、要するに引き捨てられるだけのノーマルガチャのほんの一つみたいな存在。

 この世界で大した意味なんてあたしには無い。

「そう言われてもさあ」

 無邪気さが纏うただの美青年に戻った彼がゆっくりと遠ざかって、元いたソファーにそのまま落ちる。


 だけど。


 純情無垢なだけで生きていける程、この世界は☆(ほし)1キャラ程度に甘い筈もない。

 ましてや、あたしみたいな何も無い人間になんて。

 だからこそ、このチャンスを今本当にこの手に掴めているのだとしたら、☆(ほし)3男性を是が非でも引くことが、あたしが未来を生き抜く為の絶対条件なんだ。

 御神籤箱そのものをアンインストール出来るんなら、勿論未だにリセマラ(交換)中だったんだけどね! 絶対このアカウントが欠陥品なんだってば!

 文句の御託を喚き散らしに例のお店に、一度交換要求しに行ったんだけど。


『そんな都合良くいく訳ないやろ。限定キャラ引く為に、世の中どれだけの人間が廃人になった思うてるんや。ソシャゲ舐めんな』


 なんて言われちゃ仕様がないし、基本無料でスタート出来たんだから文句も言えまい……なんて思ってたら。


「何であんたの1日の食費まで、あたしが毎回毎回全部出さなきゃいけないのよ!」


 今日はお休みだったからこうやって一緒にいるけれど、勤務中にだって『注文の仕方が分からないから一緒にお店に入って欲しい』だの、『どれ頼んだらいいか分からないから来て欲しい』だの! 

 このキャラ、基本性能がホント☆(ほし)1過ぎやしない!?

「よく分かんないんだよ。こっちに直接来ることとか、滅多になかったしさ」

 窓の外の向こうを何となく眺めるシンが両手持ちしてるそのドリンクのストローの先が、”こぽこぽ”と。

 ……腹が立つ程その横顔が悔しい。

 卑怯な程可愛いし、格好良さが増す可愛さは何より大正義でしかない。

 何もかもが足りない筈なのに。

 可愛いは悔しいって、ホント何が何だか。

 結局シン“ばっかり”の出会ってからのこの一か月程、あたしだって全然余裕がある訳じゃないのに、ファミレスもコンビニもファーストフードやら、こいつが勝手にあたしのスマホでちゃっかり遊んでたソシャゲ課金まで! その都度全部あたしがお金出してるんだからね!

 お店での注文の仕方、マナーだって食べ方に至るまで全部あたしが教えてきたんだってばって、これ全部おかしくない!?

 実際、こいつに飯でも食わせるのが目的とか、そういう意味不明の新手の詐欺だったり!? どっかから監視されてたりするのかなあ!?

 でも、見えるんだよなあシンの頭の上に……一個しかない☆(ほし)がずっとさあ……。


『面ろいやろ。あんたが“確認したい”て思たら、相手の頭の上に何や意識を集中すればええ』


 って……頭上に☆(ほし)を浮かべた人間なんている訳無いし、どう考えてもこれが神懸かり的なものだってことも、幾らあたしでも信じざるをえないってのもまあねえ……。

「そろそろ行くか」

 座ったままのあたしの頭のちょっと上、ほんの少し見上げた先に立ち上がった彼が伸ばした手の平が。

「ほら」

 そう言って悪戯っぽく手招きする。

「わ、分かってるわよ」


 そう。

 “分かってる”んだ。


 こんな、一見極ありふれた幸せそうなカップの様な振る舞いなんて、どうせあたしになんか相応しくない。

 それだけは、ちゃんと分かってるから。

「一人で立てるってば」

 シンのその掌に触れるか触れない所を、ただすり抜ける様に立ち上がる。

「そっか」

 そっけない返答が、その手と一緒に下ろされて。

 他のキャラのことは分からないけれど、シンに限って言えば、現金やらカードの類がおまけとして付いてきたこだって一度も無いし、ポケットを裏返したって小銭すら無い。御神籤箱購入(してないけど)後のあたしへのアフターケアも何もあったもんじゃない。


「有償“意志”購入だと思えばさ?」


 ……“さ?”って何? あんたの飲み食いの払いと交換される“意志”って何なのよ一体!? そもそも、配布キャラだって今時☆(ほし)3じゃないの?

 本当の所、実際これって何かしらあたしの日頃の善行に対する“傘地蔵”的な、“鶴の恩返し”的な、“配当金的”なアレやコレとかってことじゃないの?

 目を閉じて胸に手を当て、“あの遠い日”を思い出しながら。

 通り掛かりの見ず知らず、困り果てた誰かを助けたことだって一度や二度位……無い。

 特に無い。全く無い。思い当たる節が無い。

 徳が無いとも言うわよね、実際。

「ありがとうございました……是非、お客様の次の御来店時には×××を使用したバーガーなど如何かと……」

「うん、ありがとう、また来るよ」

 溜息混じりのお会計を済ませてるあたしの傍ら、どうやらこの二人の心はいつの間にやら通い合っちゃった様だけど……でも、どう考えても×××は流石にヤバイでしょ! だし、あたしだけがどうかしてないってこの状況も本当に……はあ。


『家ん中とか、仕事中に引いたらあかん。適当に引いて出て来た神籤棒にキャラの名前が書いてある。そうしたら、向こうからお前に会いに来よるから暫く待っとき。目立てへん場所で引きや』


 ――って例の女の子占い師に言われてたから、実際どんな出会いが待ってるんだろうってドキドキしながら住んでるアパートの程近く、普段あまり誰も立ち寄らない商店街奥、路地裏の小さな神社辺りで初引き後、ウロウロ挙動不審にしてたら近寄って来たのが“こいつ”。

 でも、神籤棒に書いてあった“シン”って何だか響きも良くない? なんて淡い期待をしたあたしもあたしなんだけど。


『よ! ~』


 ――って現れた、その頭の上の☆(ほし)一つ。

 あ(キュン!)、この人カッコいいカワいい背が高い……以前に、はい終了。

 それ以来、どれだけ毎日引こうが何しようがどうしようが、“こいつ”しか現れないって本当にどうなってんのよあたしの“ガチャ運”!?

 “方違かたたがえ”でもしないといけない? ダウジングでもが必要?

 そ、そうだ……生贄でも捧げたら……なんて!


「さて、じゃあそろそろ、お前んにでも行くか」


 じょ、じょ、じょ冗談じゃない!? 

 否応なしに現れるもんだから会ってるってだけで、これまでだって何にもしてないしするつもりもないったら! ほ、ホントに……ホント!

 格好良いとか可愛いとか……そういうことじゃない、人生に必要不可欠なのは、地位とか名誉とか財産とか……。


「お前さあ」


 お店を出た後の道すがら、街の喧騒と人の波に紛れる中で彼が口を開いて。

「本当に大丈夫か?」

「な、何が……」

 どうしようもない毎日にどうでもいいあたしと、それ以上にどうにもなりやしない日々。

「俺のスキルさあ」

 ……そんなのあるの? 全然知らなかったんだけど?

「お前に何かあったらさ、直ぐに駆けつけるって……そういうスキル」

 それって、あたしの給料日までをずっとカウントしながら、お財布の中身まで付け狙ってるってそういうことじゃないでしょうね!

「その時が来たら、心の底からお前自身の“本当の意志”で呼んでくれればいいから」

 あの……あたし毎日☆(ほし)3来い! って、ずっと心の声を枯らしながら叫んでますけれど。


「まあいいや」


 そう言って微笑んだシンのその瞳に、すっかり夕焼けに染まったあの空のオレンジが一面、一杯に広がっていた。

 そして、そっとグレーパーカーの内ポケットに突っ込んだ右手が取り出した一枚の紙切れがあたしに手渡された。

「ほら、レア召喚チケット」

「何よこれ……」

 お札位の大きさのペラペラただの紙切れに、“召喚”って文字だけ書かれてる。

「やるよ。次にガチャったら、必ず☆(ほし)3と出会えるチケットだからさ」

 …………。

 …………。

 !!??


 な、何よ何よ何よ何よなによ何なのよおおおおう!?



 そうよそうよねそうだったんだあ! これって所謂いわゆるソシャゲで言うところの“イベント”だったんだ!!

 もうっ! そうならそうって早く言ってくれたら、あんなこと思ったり言ったりしてなかったのに! やだあ、あたしったら!

 そうだよね!? この一か月程丸々の日々が全部、☆(ほし)1の面倒を見るってイベントだったってことよね? 最低限の挨拶やらマナーやら(今だに全然出来てないんじゃとかそんなこと考えない!)を叩きこむのがあたしの役目!

 さあさあ、今まで培った“人としての基本”を発揮する為に、こんなあたしのことなんて忘れて、違う誰かさんのガチャに排出されなさいって。

 でも、これでやっとストーリークリアってやつ? 体感ホントに長かったけれど、やっと☆(ほし)3確定ガチャに辿り着けたってことなら仕様がない!

 そりゃあやっぱり、タダで“人権キャラ”ゲットなんて甘い訳にはいかないってことだし、こんな神懸かりな摩訶不思議ガチャだって、誰もがみんな無課金じゃ、どこかの運営様だって困っちゃうってそういう当たり前の世知辛さは世の常ってことよね。 

 何にしてもバンザーイ! これで報酬ゲット、万事全部ありがとう!!

「やけに嬉しそうじゃん」

 ぴょんぴょん跳ねながら、方々に向かって手を擦り合わせるあたしに呆れ顔のシン。

「そりゃそうよ。約束された人生が当確、あたしおめでとう! “人権キャラ”でドヤ顔無双するのがソシャゲだし、結局人生だってそういうもんでしょ!」

「そんなものかな」

 少し見上げた先で、その顔が少し寂しそうに……だけど、甘いことなんて考えちゃいけないし言っちゃいけないんだ。

 ☆(ほし)1なんて、こんな世界で簡単に生きてはいけない。

 これでいいんだ、こんな純粋無垢な人があたしと一緒に……なんて。

「じゃあもう、あんた帰っていいわよ。どこに帰るんだかも知らないけれどさ」

 シンの顔を見ることも無く、ぶっきら棒にそっけなくあたしはそう言い放った。

「そっか、じゃあな」

 ついっと後ろに下がってくるりとあたしに背を向けて、上げた右手をちょっと振って、それから直ぐにいなくなった。

 いつもなら『またな!』って、それが毎日繰り返されてたのに。

 ……あたしのこと、冷たい奴だって思ってるんでしょうね。

 でも、人生ってのは一回こっきりで、今手に入る幸せをこの手から逃したら次のチャンスなんて、もう二度と来やしないから。


 その夜、アパートに帰ってもなかなか寝付けなかったあたしの頭の真ん中で『じゃあな』ってシンの声が、ずっと焦げ付いて燻ったままに残ったまま。


 それから暫くの間、何となくガチャを引く気分にはなれなかった。

 シンと出会って一緒に過ごした日々がそんなに直ぐ、何の感情も伴わないただの記録のひとつになってしまう筈も無く。

 でも、気紛れに割り振られた“確率”から生まれたその出会いの扉の鍵を捨ててしまったのはあたしの方なのだから、何もかもが今更だ。

 アパートの狭い部屋ベッドの上のぼんやり頭のあたしに、空色のカーテン越しの向こう側から射し込んだ光が、今日もまた一日の始まりをキラキラと謳ってくれている。

 ……さてと。 

 今日は、待ちに待ったお休みの日だし気分一新!

 心の奥底にまでに届く程目一杯の深呼吸を一つして、気分は何だか虹色確定色。

 ……小さな心の擦り傷は、いつか見えないガーゼで覆ってしまったから。


 今日も今日とて、こそこそキョロキョロと辺りを伺いつつ、いつもの様に近所の神社の境内の裏辺りに潜んだあたしが怪しい人なのは確かに間違いない。

 それで? っと。

 あの日シンから貰った☆(ほし)3確定召喚チケットをリュックから取り出し、裏面に書かれてた注意書きを読んでみる。


『適当に御神籤箱に張り付けて、次の台詞を叫びながらガチャってください』


  適当の大雑把が過ぎやしない? どこに向かって叫ぶ必要があるの? 誰が何を判定してるのかしらなんて、今更の謎仕様には敢えて目を瞑るしかない。 

 頭に浮かんだ疑問の束を即座に放り投げ、書いてある通りのアナログ方式に従って角柱の“賽げえむ”って書かれた一面の、丁度反対の面にペタペタと……糊付けも何にも無いのにピッタリくっ付いて剥がれないし、でも、ちょっと力を加えれば脱着可能のこれってばどんな接合方法が? なんてのも考えちゃいけない。

 御神籤箱は明らか木製なんだけど、チケットを添付した途端にどういう超技術なのか、角柱全体が一面ディスプレイとして機能し始めて、”今週のピックアップ彼氏”なんて映像が、それを両手に“あんぐりあたし”の目の前に次々と映し出された!


 ――凄い凄い! 賢人くんに涼真くんに! 


 次々に映し出され現れる☆(ほし)3彼氏候補達の皆目も全くも、なにしろその見目麗しさの豪華さに加えて、記載されたステータスが本当に凄い! 今まで、何でどうしてこれを見せてくれなかったの? って恨めしや! 

 それに……ホントだ、シンが言ってたスキルってのが各々固有に設定されてて、それが載ってる各ステータス画面が確認出来る、って全然そんなの教えて貰ってないし、今更だけど、シンのステータスなんてどこで見ることが出来るんだろう?

 御神籤箱のどの面もスワイプやらに対応してて、表示される項目は頁毎に遷移が可能な、変わった形のタブレットって感じの使い勝手も滑らかでグッド。

 暫く触ってみたけれど、登場ラインナップの総キャラ図鑑機能らしいものはどこにも無いみたい。

 それにしても各所持スキルが、ブラックカード使用可能だの、七本木ヒルズ高層階永住可能だの、欲望の垂涎に次ぐ垂涎の的があっちやらこっちやら。 

 引く直前までの、頭の中が一人勝手に夢の国状態ってのが結局ガチャってものなんだし、全部運でしかないのは分かってはいるんだけれど、これ全員一度に引けたらなあ……なんてね!

 流れる様に繰り返し現れるピックアップ彼氏候補達の煽り映像に、御神籤箱を両手で掴んだまま血眼で食い入ってたひとしきりのあたし。

 そうね、そろそろ覚悟を決めなくちゃね! 

 さて勿論、確定チケットは1枚しかない、この1度だけ許されたあたしのガチャ運……今試します!!

 でも、確定ガチャって絶対に高レアが出るんだから一安心と言えばそうなんだけど、この謎だらけ不思議ガチャの登場人物が一体どこの誰なのかなんて疑問もまあこの際いっか、難しく考えたって答えが出ないなら、ただやるまでよ!


「さあいくわよ!」


 勇ましいこと言ってる様で、実はこれ結構な小声。路地裏神社の奥境内の裏で、ずっとさっきからこそこそ中腰でこれやってんだから仕方がない。

 でもなあ……意気込んではみたものの、注意書きに“叫べ”って書いてるのよね……裏面の注意書きに更に矢印付き注意書きで“↑※絶対”って。

 ……分かるでしょ? 分かるわよね? 何か大事なことをする際に、言われた所作通りをちょっとでも違えたんじゃ? って思っちゃう恐怖ったら!

 深くお辞儀しなきゃって思ってたのに、さっきのあれって角度的に足りなかったんじゃない!? とか、そういう類の心配から生え伸びる悲観的思考の枝葉がわさわさ。

 でも、今更そんなこと言ってる場合じゃない! 

 さあ、“二度目の覚悟”を決めて今度こそ!!


 ふぉぉおおおおおおおお


「あたしのこの手が光って唸る!! ☆(ほし)3彼氏達を“引き倒せ”と輝き叫ぶ!!」 

               おおおおおおおおおお!!


 注意書きに忠実に従ってる筈だけど、ねえ、こんなのホントに要る!?


「神引きお願い!! しゃっ、シャアアアイ〇イイングふぃんがあああああああ!」

 ドモっちゃったけど自分に喝っ! 周囲なんて気にしてる場合じゃない!!


 ――ガラガラガラ――


 結局は両手に抱えてる御神籤箱を思い切り振るんだから、フィンガーのやり場も何も無いんだけど!


 そして! 


    止めの! 

        

  逆・天地無用!!(ひっくり返すことね、つまり) 

 

 ガラガラガラ……………………ピカァアアアッッッ!!

 !? 現れ出でた金ピカ御神籤棒と一緒に溢れる物凄いレインボーフラッシュ! に、思わずも何も視界そのまんまが一遍に消失して!? ま、眩しい!! 

 演出のレア感が容赦なく桁違い!! シンの時と全然違うんだけど!

 

 ドーンっっっっ!!

 

 下に向けた箱の取り出し穴から勢い良く棒が飛び出して、そして目の前に! ……って宙に……浮いてる……そして、それをこの手に握りしめて!

 

 もうやだっ!! 緊張するっ! まだ見たくないっ! 

 でも……片目を薄っすら開け……ながらそおーっと……。


 【友作】

 

 何となくだけど圧が凄い! 強い! 貯金額が桁違いな予感がする名前!

 ポ〇モンみたいな名前の女優さんと付き合ってた様な気が!

 必死な両手が懸命に握り込んだ神聖なるゴールデンバーに、その名が一際輝いてる。

 シンの時もそうだったけれど、神籤棒にレア度の記載は無い。

 でも、ここまでの演出のお膳立ての向こうから☆1(ほし)男でも現れようなものならば……あたしは決してこの世界を許しはしないいいいいっ!! って、あたしがどーにかこーにか出来たりする範疇にも、まして理解すらもってのほかほかなんだけどね。

 取り敢えず、暫くここで待とう……それだって最初に言われたことだもん。


 路地裏神社をぐるりと囲う石塀の上に向こう側からぴょんと頭ひとつ覗かせてよじ登ってきた、むっちむちなほぼほぼ黒猫があたしを一瞥して直ぐに、先っぽの白い尻尾をうにゃうにゃしながら悠然も泰然と忽然に消えていった。

 白に黒? このタイミングの縁起で言うならこれどっち? なんて今更言うことでもないか。

 境内をグルリと回って、狭い路地裏の入り口鳥居近くに戻る。


『よ、今日も元気か』


 シンなら大体こんな感じ。

 物珍しそうに街の様子を伺いながら、いつも楽しそうにお腹を空かせてた。

 屈託なく遠慮なく、無謀と粗暴と愛敬が純粋無垢に並んだ、例えるなら闇夜に手繰った先にあったおもちゃ箱みたいな人だった。


「待たせちゃったかな」

 路地でぼんやり待ってると。

 ひゃあっ! 背後からの唐突な悶絶イケボ!

 慌てて振り返った先の爽やかイケメン顔のその笑顔の更にその上に視線を凝視、速攻で確認!

「どうかした?」

 

 ☆3(彼の頭上)


 やった……やったぁぁぁああああ!!! 

 やりましたあたし! マジじゃん!? え? マジでホントお!? ☆(ほし)3だあああ!! 違うの、やっぱりドッキリとか! 分かんないけど、ハイテク詐欺とかそういう類の!

 我に返ったあたしの前に、シンとは全然違うタイプの超イケメン! おまけに凄いスーツ! ハイブランドとか!? とにかく高そうな上、それに負けない気品が全身から溢れて出してるう! 凄いすごおおい!? し、さっきからずっと見上げっ放しのその身長が、当然みたいに180位はありそう。

 年齢は……30位かな? トータル、シブカッコカワ短髪イケメンで、およそ考えられるレベルのMAXがずらりと並んでるみたいな人、おまけに何て綺麗な目なのかしら……!

「あ、あたし夏生です! よ、よろよろしくおねえ!」

 挙動もぎこちない上に不審過ぎるペコリお辞儀に……初対面で噛んじゃった!   は、恥ずかしい! どうしよう!

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕は、横浜友作」

 名乗っただけでこんなにカッコいいとかあるの(はあと)。

「ちゃんと自己紹介しておかないとね。大したことは無いけれど、僕は自分が作った会社で働いてるんだ。知ってるかなNONOって」

 イケメン×お金持ちが合体! されたみたいなその御名前にもウットリだし、そ、それって誰もが知らない筈もないあのNONOTOWNですか!?

 凄いすごおい……しか出ないですってば!? 超が幾つも並ぶ超一流企業ですよね! 

 いけないっ!? あたしの心の涎のスケール感がいまやグランドキャニオン並み!

「そうでもないよ。世の中の時流なんて、直ぐに変わるからね。買収されない様に頑張るだけさ」

 なんて謙虚な落ち着き方……! どこかの☆(ほし)1男とは全然違うわ……。

「どうかな。お近づきの印に僕のプライベートヘリにでも」

 プ、プライベートヘリコプター!? そんなの持ってるなんて、これが正真正銘運命の出会いってやつなのかしら!

「よ、喜んで! でもあの、あたしそんな高い服とか買えないから……一緒にいるとあなたに恥ずかしい思いをさせるかも……」

 彼が下を向いたあたしを一瞥して、もう一度見上げたその先に美しい微笑を浮かべてた。

「そんなこと気にしないで。でも、初めて出会ったこの日を記念に、君の為に最高の服を用意させよう。その後は、君にこそ相応しい店で食事でもどうかな」

 は、はいいいいいい! こんなセレブがホントに存在したんだ! いいのね!? そういうお店の出張サービスとかじゃないのよね!?

「じゃあ、行こうか」

 そっとあたしの横に寄り添ってくれた彼に震えるこの肩を抱かれて、もう何もかもがスペシャル過ぎる!

 ……ね? ね? ほらね? やっぱり人権キャラをゲットしなくちゃ! ってつまりこういうことなのよ!

 やっと……やっとこの世界の勝ち組の仲間入りな自分になれるんだ!

 シンなんかとは全然違うんだから……!

 ……そうよ。

 ……シンなんかとは全然……。

 けれど彼にそっと預けたこの体は、本当は少し強張っていた。

 夢の中に迷い込んで上気した体温とは別に、知らず知らず握られてたこの掌の奥に、何か別の光の様な暖かさが宿っていることを、あたしは必死で忘れようとして。


 翌朝の目覚めは、何時までも夢見心地でまどろんだままで。

 見たこともない食事、見ることすら叶わないワイン、あり得ない程の空からの眺め、昨晩のその一つ一つに興奮しながら。


『どうかな? 僕を選んでくれるかい?』


 そっと抱きしめられた感触が、まだ残ってる。

 でも……でもでも! 凄かった! 凄かったけれど!


『あんたが納得いくまで引いたらええねんで。暫くの間、その箱はあんただけのもんでいい。頑張りや』


 って最初に言われてたから。

 このキャラさえ手に入ったら嬉しい! って最初は必ず思うもの。

 推しさえいてくれれば、それだけで良いなんて。

 でも、レア召喚のチケットがあることは分かったんだし。

 人生ってまだまだ長いんだし。

 もしも仮に☆(ほし)1キャラを次に引いたとしても、新しいシーズンイベントでもがどうせ始まって、そのイベ報酬でまたチケットが貰えちゃうんじゃ? なんて都合の良いことこの上ない邪な願望が、脳内に”わっしょいわっしょい! 楽しいガチャ祭はこれからだよ!” なんて甘い電気信号を送り込んでくるの。

 なので、友作さんには”ごめんなさい!”しちゃった。

 もったいないお化けが貞子や花子さんに進化して、BADENDを刻んだチェーンソーでも突き付けてきそうな程に、あまりにも捨て難いお話だったのはホントに重々承知。

 でもだけど、今直ぐこの手に入る幸せの現実感が全く無いっていうか、ホーム画面にキャラを集めてニヤけるだけのお手軽ソシャゲとだって訳が全く違うんだし。

 それに……これがもしも神様からの贈り物だとしたら……もうちょっと……もうちょっとだけこの先を見てみたいって。

 幾らでもやり直しが効くゲームじゃないってことも分かってるけれど。

 通勤用のリュックに、いそいそガチャ箱を仕舞って朝の支度を終らせなきゃいけない時刻になっても、結局悶々と眠れない夜を跨いだまま。

 でも、今日も頑張るしかない1日を、やっぱり神社の片隅からこそこそと始めましょ!


 今までのあたしの人生って一体何だったんだろうってな位、あれからの引き倒し具合の説明なんて最初から全部すっ飛ばした挙句の結果という結果にすらほぼ結果が出てるって……意味分かるかしら!

 終わりないエンドレスの☆(ほし)3、☆(ほし)3、☆(ほし)3が続くパレードの毎日が、まるでさながらお祭り騒ぎで、バラ色に次ぐバラ色がステップアップしながらのレインボー全開演出がてんこ盛り!

 賢人くんに涼真くんですら、今や最早過去の人! 

 オノDやら神谷Hやら! 全然毎日違うレアキャラの出現が、いつまでだって巡り続けるみたいに、それだって今や走馬灯!

 何とかって人には、宇宙にまで連れて行って貰えちゃった! 豪華客船のお試し乗船、超高級リゾートホテルの貸し切り、目の前に現れ続けるあらゆる分野のブランド品、宝石、高級車、この数週間で世界中の富という富の博覧会が目の前に。

 最高の夢の続きのクライマックスが、延々とリピートされ続けるみたいなそんな日々が続き、結局会社は辞めちゃった。大富豪だってこうはいかない筈って毎日を経験しちゃったら、明日をも知れないこんな社会の行軍を続ける行列を支える一匹の蟻になんて戻れないってこと。

 今のあたしという蟻が得たのは、この世の全ての可能性を現実に収束させる甘い蜜。それもこれも、ずっとこれからだってこの目の前で続いて決して消えない筈だから。

 格好良いとか可愛いなんて、もう最低限男性が備えてないといけない身嗜みみたいなものね。

 兎に角、ここ暫くは悦楽の日々を享受しながら、勿論、誰も選ばずに無限の引き直しを楽しんでいる。『俺に決めようぜ』だったり、『君に決めた!』なんて。

 何でもかんでも、みんなあたしにって告白の集中砲火が、最高に気分が良いの!

ずっとこのままで……ずっとこのままが良いなんて……ずっとずっと……。


 けれど唐突に、寝惚け頭のモヤモヤした中身が何となく弾けてしまったみたいな朝に、その何もかもが途端に飽きてきた。手に入るものは結局その日限りの夢なんだし。洋服から装飾品も、勿論、現金に至るまで何もかも次の日にすら引き継ぐことが出来ない現実に気付いたから。

『――君の為に最高の服を用意させよう』って何時ぞや言われたのだって、文字通りの言葉そのまま、その日の為に用意されただけ。

 あの頃は、それでも舞い上がるだけ舞い上がってたんだけどね。

 そうねえ……たまにはシンでも引き当てて、久し振りにあいつの惚やけっぷりでも見てみたいかも。

 今更、すっかり緊張感も無い毎朝のガチャを、サラダでも用意する程度のモチベーションで何気なくカランって引いてみた。

 そういえば、あれから只の一度も☆(ほし)1なんて引いたことがない。まして☆(ほし)2なんて尚更。

 今じゃそれ程人目を気にすることも無いから、適当にその辺でササッと無造作引きではい終わり。たったこんなことなんて、何てこともないし誰を気にすることも無い。


【友作】


 あら久し振りな。なんだったら今まで只の一度もガチャ被りがなかったのが不思議ったら不思議。こんなにあり得ない程のあたしの強運が、まさかこんなに続くなんてね。

 これも、日頃の行いの賜物かな。

 早起きなんて今更必要なくなった、あたしの美味しい毎日。

 なんとなく午前中かなあってルーズな時間に、適当引きして待ってれば良いんじゃないってな心持ち具合で。


 さて、今日は何食べようかなあ……。


「待たせちゃったかな」


 朗らかに向こうから歩いて来たのは、やっぱりあの時の横浜友作さん。

「全然大丈夫ですって。さあ行きましょ」

 あらゆるタイプのイケメン大富豪に出会ったんだし、最初の頃の挙動不審なあたしなんて何処へやら。

 さてと、今日はイタリアンでもどうかしら。

「ちょっと気が早いんじゃないかな。まだ自己紹介すら始まってもないよ」

 もうとっくに歩き出そうとしてたあたしの後ろで、爽やかな笑い声が。

 ん? そういうもんかな? ちょっとあたしってば、この出会いに慣れ過ぎてた? 友作さんだって一流の世界の人なんだから、そりゃ挨拶が先ず大事だとは思うけれど、全然知らない仲でもないんだし……でも、まあそうね、そりゃそうか。

「お久し振りですね友作さん。以前に会ったのは……」

 そう言い掛けたあたしに、ちょっと困り気味な笑顔の彼が。

「楽しいジョークをありがとう。でも、残念ながら僕は君のことは知らないんだ。だから初めまして、横浜友作です」。

 ……何の冗談なんだか分かりませんけれど、お会いしたのは二度目だし、そんなに遠い昔って訳でも無い筈なんですけれど…‥。

「君を困らせるつもりはないんだけれど、こんな可愛い女性のことを僕が忘れる筈はないよ」

 どれだけ歯の浮く様な台詞だって、あらゆる出会いを繰り返し来たあたしには所詮今更だし、今のこのハテナな状況を上手く説明出来る完璧な答えにはそれは全く程遠くて。

「ど、どういうこと? だってあの時一緒に食事をして……その後二人きりになって抱きしめてくれて……」

 顔も声も背の高さもその物腰も……とても赤の他人の空似が連れて来た別の人だなんて到底思えない。何なの? どういう冗談であたしをからかおうっていうの? あれから一度も引いてないからって、あたしの気でも引こうとかそういうこと?

「夏生くん、ちょっと落ち着こうか。場所を変えてゆっくり話そう」

 ほ、ほら! あたしの名前! 夏生って……覚えてるじゃない! どうして忘れちゃったみたいに言うの!

 けれど、何も言わずに黙ってあたしの手を取った彼に連れられて、近所のカフェに入った。


 ……覚えてない!? あたしのこと全部? 何もかもさっぱりって!?

 派手めな主婦層が南国の鳥みたいに集まって、機関銃の撃ち合いさながらの店内の中であたしが素っ頓狂な声を出したところで、そんなことさえ何事もなかったみたいに。

「名前は勿論知っているよ。僕達が出会う為に必要な情報だからね。けれど、君が僕に出会うのが二度目ってことならば、今の僕は君が出会った“一度目に引かれた僕の君に関する情報”に関しては一切引き継がれていないんだ」

 な、何故……そんなのって……だって、たくさんガチャを引いて色んな男性に出会って色んな話をして……その誰かを“推し”にしておいて、そこから誰かを選べば……最初に出会った時に感じたことを覚えておいて、それから……。

「システム的な建前で言うのならば、1回引いたキャラとその日を楽しんで、永久に日毎のリセマラをするってことにもなり兼ねないからね。だから君のことは覚えてないんだ。」

 じゃあ本当に……今まで出会った人達は、誰一人あたしのことを覚えてないってこと……。

「そういうことだね。加えて言うならば、僕達はこの世界に最初から存在している人間じゃない。つまり、君がガチャを引いた際に決定付けられる、ある一定の確率の”仮の”現象としてこの世界に認識されて君の前に登場するんだ。勿論、それが確定されれば全くの本物になる。僕の会社だって、“君の世界”に本当は”そのまま存在”してはいない。けれど、その認識による結果は、君にすら意識されていない。“今の僕がここにいる”からNONOTOWNは存在している。だけど、僕という存在が確定しなければ、その会社も最初から存在していないということになるだけ」

 ど、どういうこと……だって、以前にあなたと出会った記憶もあるし、経験したことだって全部覚えてる! NONOTOWNだって本当にあるじゃない!

「この世界にある全ての“配役”が可変可能なんだ。作り上げられた世界に添った形で僕という存在が生み出される。つまり、君が引いたガチャをベースに作り上げられた世界(夏生がガチャ認識していた世界)では、恐らくこの名前じゃない別の何かがあるってこと。だから、君の本来の記憶とこのガチャで生まれた“配役の結果”が上手く混在した記憶を君が認識しているってことになるんだろう」

 そういえば……ポ〇モンみたいな名前の女優の名前って……。

「分からないな。君の言った名前に似た男性俳優がいるって”僕は認識”しているけれど」

 分からない……名前が出てこない……。

「もちろん、それらのバランスは”世界(ガチャを含んだシステム)”が全てを調整している。だから、そこら辺りについては全くの神のみぞ知る、何もかもが都合良くごちゃ混ぜにされた体の良い舞台が、今君の目の前に絶えず提示され続けているってことだね」

 それを……本来存在していた元々あった世界のことを、あたしが忘れてる? ……いいえ……つまり、ガチャを介在してこの世界の情報が、あたしが目の前に現れたキャラを認識してから世界そのものが、絶えず更新され続けているってことに……。

「何故…‥あなたはそのことをあたしに……」

「さあ……どうしてだろう、本来ならば、こんな説明が出来るようになんてなっていない筈なのに」

 目の前のコーヒーカップの中で渦巻き続けるクリームを見詰め、彼はその目をゆっくりと閉じた。

 何度でも引いて良いって……納得するまで引いて良いって言ったから…‥。

 確定しなければ大丈夫だって……いつまでだって大丈夫だってそう思ったから……。


 “あの人”が、他の誰とも違うことなんて、本当は分かっていた。


『よ! 元気か』


 って、ただそれだけの言葉が。

 一瞬で心を持っていかれてた。


『お前、飯ちゃんと食ってんのか。食ったら笑える時に笑う。それだけだぜ。大事なことだからな』


 彼がそう言って笑って。

 だけど、あたしは何も言えなくて。

 ずっと彼の顔を見つめたまま、頭上にあったその☆(ほし)1のことなんて本当はどうでも良かった。


「飯でも食いに行くか。悪いけど俺金無いんだよね。暫くの間、お前の“厄介者”になるかもだけど? ところで金ある? まあ無ければ無いで別に……』


 そう言われて思わず頷いてた。


 ――多分この人だ――


 一瞬でそう思ったから。

 本当は、心の中で“止めて”って呟いてた。

 ずっと探していた人が、今この目の前にいる。

 だからこそ、今のあたしになんて似合う筈がない。

 彼といることが、ただ楽しかったのに。

 だから、自分の記憶を“自分で捏造”することにした。いつも、“金ある?”ってそれだけ言われ続けてるって“思い込む”ことにした。

 何も無い筈の☆(ほし)1彼氏を掴んだら、それこそ何もかもが終わっちゃう。

 ただ真っ直ぐなだけの彼のことが好きだなんて、絶対に認めちゃいけない。

 醜く歪んだ自分の心が本当は彼を求めているにも関わらず、あたしは一方的に自分の将来への担保を掴もうとすることに躍起になっていた。


 あたしが、彼に対してこの世界で何かしてあげることなんて何も出来やしないから。


 だから、彼を責め続けることにした。

 彼が何も無い人だって決めつけることにした。

 その☆(ほし)の通りに……彼には何もない筈だった……。


 だけど、本当はずっと一緒にいたかった。


「ねえ……シンは、シンに会いたいの……!」

 思わず口を衝いた言葉が、震えていた。

「君はまさか……あの人のことを知っているの?」

 友作さんの顔色が変わって。

 今までずっと忘れようとしてたから、出会った他の誰にも彼のことを話すことはなかった。

 あいつは……今までずっとあいつに何度も何度も会って……でも、あいつはあたしのこと、ちゃんと覚えてた……。

 だけど……あいつの頭の上にあったのは……☆(ほし)1だったから……。

「彼は、このガチャで唯一“たった一人だけ存在する☆(ほし)1”なんだ。出会える確率は0.0000000125%。つまり、仮に全世界人口を80億と考えて、等しくその人口でガチャを引いてたった1人だけ出会うことが出来る“可能性”があるってことなんだ。勿論、各々がその確率に支配されているってことから考えれば、自ずと“誰一人当らない”って方に答えは収束するんじゃないかと思うけれどね。そして、唯一あの人だけが持っている星が“無限大進化”するって言われてる。結局は誰も引いたことがないって話だったし、僕だって存在自体は知っているけれど、実際には会ったことはないんだ。本当は、あの人がこのガチャのシステムを造ったんじゃないかって噂すらされているけれど……恐らくその正体は……」

 そんな……あたし……☆(ほし)の数ばっかり……自分のことばっかり考えて……自分が何も出来ないから……だから、あいつの☆(ほし)のことばっかり見て……。

「何も無いのに何もかも持っている、それがあの人なんだ。今時点で何も無い様にしか見えないけれど、可能性の限界が全く無いってことを示すのが無限大の☆(ほし)だと考えられるから……だから、考えられる限りの全ての可能性が現実になるってことで……そんなことが可能な存在は……つまり……」

「毎日引いてたの、ずっと……毎日彼に会って……」

 掠れ出るあたしの言葉に呆然とする彼が。

「そんなこと……にわかには信じられないことだよ、確率の問題でいえば絶対にあり得ないことだ……君は一体……」

 分からない、分からないの……何もかも。

 会いたい……今はただ、シンに会いたかった。

 何をどうすればいいのかも分からない。

 会って何を言えばいいのかも分からない。

 それでも、ただ会いたかった。


『元気を出して……彼に会った後じゃ僕なんてただの“被造物”に過ぎないと、本当は君も気付いていた筈だから……さようなら』


 そう言って微笑んだ彼があたしの前から去っていく、その後ろ姿をただぼんやりと見送るしかなくて……。


 それからの日々は、虚ろにガチャを引くだけの毎日だった。


 ――だけど――


 シンが言ってた“スキル”のこと……。

 心の底からあたしの本当の意志で呼んでくれればって……彼はそう言っていたけれど………だけど、あたしは……。

 ☆(ほし)3だけが連なる日々。

 約束された幸せをもたらす彼等が、何度も目の前に現れては初めましての挨拶を繰り返した。

 あの占い屋はもう無かった。

 箱を返せとも何も、ただ消えてしまった。

 繰り返し引くしかなかった……ずっと、ずっと。

 一か月が過ぎて半年が過ぎて……あれから一年程が過ぎようとしてた。



「おい! いるのは分かってるんだよ。なあ、開けろよ!!」


 空虚な日々をただ当てもなく無為に過ごしていたアパートの部屋の扉を、その声と共にがなり叩く音が続く。

「何よ……」

 扉を開けるしかなかったのは、相手が昔から知っている男だったから。

 乱暴なまま無造作に部屋に上がり込んできた男は、その後ろで項垂れるあたしに向かって捲し立てた。

「俺に黙って何で会社を辞めたんだ! お前……分かってるんだろうな!?」

 下卑たその怒声も、この胸さえ抉りもしない。

 くだらない男だった……そしてあたしも。



 父親も母親も妹さえ、あっという間に失ってしまった日々が突然訪れた。

 中学生だったあたしは、資産家の親戚を名乗る今まで会ったこともない家庭に引き取られ、その家の厄介者だった息子に突然何もかもを無理やり奪われた。

 持て余した怪物に、体の良い玩具として放り投げられる為ここに連れられてきたのだと知って、行方もしれない恐怖にただ毎日泣いていた。

 誰も助けてはくれなかった。

 誰一人として助けてくれなかった。

 学校も友達も教師も、その全てを形作っているこの世界さえも。

 だから、たった一人でこの身を守る為に生きていくしかなかった。

 一日でも早くこの生活から逃げ出せるように、それだけを考えていた。

 高校をようやく卒業出来た次の日、家を出ようとしていたあたしをこれまで以上の暴力で襲おうとしたこの男の目の前に、初めて逆上したあたしが思わず手繰った机の上のカッターナイフの切っ先を突き付け震えながらにじり寄り振り被ったこと。

 その時この目に滲み映ったものは、醜いまでに焦燥し悲鳴と共に飛び出したその先で、その巨体を階段から滑らせそのまま絶命してしまったその一瞬の出来事。

 呆然とその肉塊を見下ろした後、自分の人生がこのまま終わってしまうことに堪らない恐怖を覚えて、そのまま逃げだしてしまったこと。

 事件にはならなかった。彼が仕出かしていたどれ程かのおぞましい行為の何もかも全てがあたしだけへ向けられていた訳ではなかったらしく、その何もかもがただ忽然と処理されていた。

 そして、あたしのことはただ黙殺された。

 忌まわしいあの地域社会において、それだけの権力が集う家だったのだろう。

 或いは、初めからそうなる様に仕向けられていたのだろうか。

 あたしは、あれからずっと後悔していた。

 もっとずっと前から泣き叫び喚き散らし、必死であの男に抵抗していれば良かったのかもしれなかったと。

 けれど、何もないあたしはただ黙ってそれを受け入れるしかない日々を、何も言わず耐え抜くしかなかった。

 或いは、そう出来ていればあの男のその先も変わっていたのかもしれない、そう考えては何度も自分を責めた。

 そしてあれ以来、自分の感情の幾つかを重ね作り上げることを否応なしに。

 悲しいは楽しいこと。

 辛いことは楽しいこと。

 嬉しいなんて感情が湧き上がることなんて、ほんのそれ程もいつからかなくなったから。


 逃げ出した先、頼る宛なんて何もなかったその頃にこの男と出会った。

 何も無い者同士で、寄り添うしかなかった。

 生きる為に色んなことをやった。

 どれ程の暴力も厭わないこの男を頼ることも覚えた。

 何かの薬や、誰かの命を奪う様なことをしなかったことが唯一の幸運だったとしか。


『自分が駄目になっちゃ意味がないだろ』


 つまらない悪魔の様に笑いながら、男はいつもそう言っていたから。


「金はどこだ!」

 部屋中の目ぼしいどこそこをも荒々と蹴り上げながら、怒鳴り散らす声。

 あたしはそんな生活の中、それでも何とか見付けた繋がりを頼って小さな会社に潜り込んだ。

 けれど、このご時世この男がそれ程上手く渡っていける筈も無く、その行き場を失っていた。

 清算出来る訳もない過去をあたしはいつしか強請ゆすられる様になり、その度に幾ばくかの金銭を奪われた。だけど、あたしもこの男の弱みはどれ程も握ってはいたから、いつも最悪の事態だけは避けられてきたけれど。

「畜生っ! 上手く行く筈だったのにあいつらに嵌められたんだ! 今すぐここから離れないといけないのに金がねえんだよ! ありったけの有り金全部出せ!」


 何も無い二人だった。

 だけど、この男にだってどれだけよこしまかだろうと、幾らかの夢位はあった筈なのに。

 けれどこの世界は、何も無い☆(ほし)すら奪われたあたし達に何かしてくれたりはしないから。

 どうにでもなればよかった。

 どうしようもないままの日々が過ぎていった。

 ただ這いつくばって、全部誰かの所為にしながら……。


「おい! 聞いてんのか!」


 無言のまま項垂れ続けるあたしの髪をその罵声に任せてひっぱり掴み、ちぎれんばかりの力で引き倒した。

「畜生! 何も持ってねえ!」

 横たわったまま動かないあたしの衣服を、荒々しくまさぐり続け探すその手が。


 みんな同じだった。

 誰もみんな。

 あたしさえも。

 たった、ほんの少し踏み出してこの手を伸ばせば良かった全てのことから、あたしは逃げだしてしまったから。

 でも……もういい…。

 もういいから……。


「なあ……いいだろ」


 男はついさっきまでの狂気を、何時しかただ己の欲望を剥き出しにした何か得体のしれないモノへと変貌させていた。


 いつだって同じ。

 いつだって同じだから。

 嘘っぱちの甘い言葉。

 嘘っぱちだらけの甘い言葉。

 あの時と同じ。

 悲しいは楽しい。

 辛いも楽しい。

 目を閉じていれば、全部終わること……。

 そう思い込まなければ生きてはいけない……か……。


 ――本当にそれでいいのかよ?――


 ……声……が、頭の中……こえ。

 

 ――腹が減ってりゃ食べたいって思うんだよ。で、嬉しかったら笑うだけ。ただそれだけだろ。それだけが大事だって言ったろ――


 また……でも、そん……な……そんなこと……。


 ――自分がどうしたいのかなんて自分で決めるんだ。失敗したって、どうしたって――


 わ……からな……い……わからない……よ、だって……あたしは……あたしはあなたになんて相応しくない……だから……。


 ――そうじゃない。お前がどうしたいかだろ――


 ……ずっと、心の底から呼ぶことなんて出来なかった。

 あんなにも真っすぐなあの目に、汚れてきったあたしの心が耐えることなんて出来ないから……!

 あなたとの現在いまを選ぶなんて、絶対に出来る訳がないから。

 これから先、ずっとずっとその先も自分の醜さをあなたの前に晒すことなんて出来やしないから!

 だから……だから……。


 ――今ここから変わるんじゃないのかよ、お前も俺も――


 ……今ここで……今、ここから……。




            ――ただ、願えばいいから――



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……。

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…………………………た。

…………………たす……。

…………たす……け……。

……た…けて……。

……助けて……。

……お願い……。

……お願いだから……。

……ずっと言えなかった……助けてって……助けて欲しいって……。

ただ助けて欲しいって……側にいたいって……!

だから……だから……!!



          ――お願いっ! 助けて!! シン!!!――



 ドンドンドンっ!!


「何だ!?」

 タランチュラみたいにあたしを覆い囲い込んでいた男が、その音に飛び退いた。


 ドドンっ、ドドドンっ、ドドドドンっ!!


 部屋中に、玄関ドアが乱暴に叩かれ続ける音がざわつく。

 「誰だ……!」

 その身を低く息を殺し気配を消そうとしながら、男があたしを睨み付ける。

「何か大きな音がしましたけれど! 誰かいますよね、勝手にここ開けちゃいますよ! いいですよね!」

 扉の向こうから大きな声……あれは……あの声は……シンだ……シンの……こえ……が…‥。

「くそ! 今はマズい!」

 あたしを残して、慌てて乱した服を直しながら男は扉の方に向かう。

「誰だ!」

 そして一際、一層イラついた怒声を放つ。

「あなたこそ誰ですか? おかしいな、この部屋は夏生さんの部屋ですよね? 勝手に鍵開けちゃいますけれど、いいですよね」

「ちっ!」

 舌打ちと悪態と、男が乱暴に扉を開け放ち……そして……男の背中越し、その向こうに……あいつが……シンが……立っていた……!

「誰だテメエは! あいつと付き合ってる俺がここにいちゃいけないのかよ!」

 男は、その凄みを凶器にシンに詰め寄りながら……けれど……。

「あれ? あなた、ついさっき指名手配された人ですよね、何でこんな所に?」

 おかしいなあ? って尚続くその言葉に、一瞬怯み呆気にとられた男から少し下がって、アパートの外廊下の階下向こうへ振り向いたシンが大声で叫んだ!


「さっきのお巡りさーん! こっちですこっち! さっき貰った手配書の男がここにいますよー!」


 その大声に立ちすくんだまま血相を変えただろう男の目の前にもう一度向き直り、後ろで固唾を呑むあたしにひょいっとシンのニッコリ笑顔が覗いて。

 そして、明らか自分の顔が載った手配書を眼前につまみ掲げられ、その動揺と焦燥が頂点に達したみたいな声で。

「畜生おおおおっ!! そこをををを退けえええっっ!」

 なりふり構わない男の猪突なタックルが一閃、突き飛ばされたシンがのけぞり尻餅ついたその横を猛然と、けれど這う這うの体、転がる様に絡まり走り逃げていった。

 あの時と……あの時と同じ光景が……。

 だけど、あの時と違うのは……。

 無我夢中で部屋を飛び出して、あたしはシンに駆け寄った。

 本当に……シンだ! 本当に……本当にシンが来てくれた! どうして! だってガチャも引いてないのに……どうして……来てくれて…‥あたし…‥あたしあんなにひどいことばっかり……。

 辺り一面の雑音すらが幾らでもこの目にまで飛び込んできて、涙が溢れ返った。

「大丈夫だったか?」

 シンが、さっき見たその恰好のままお尻を右手で擦りながら半身を起こし、呆然とハの字にへたり込んで泣きじゃくるあたしの顔を覗き込みながら、余った方の手を差し出した。

 この目の前で、同じ目線に伸びたその手を震えながら……震えながら両手で握り込んで。

「どう”して”」

 押し殺していた感情も緊張も、もう全部どうでも良くなってやっと絞り出したその言葉が、泣き喚き続け流れる涙に溺れてしまった。

「言ってたよな俺のスキル。お前に何かあったら駆けつけるって」

「だって、だって!! ぜんぜん…‥どれだけガチャ引いても出ないんだからあああ!! あれだけ……あれだけ呼んでも……」

 わあああああああああああああああわあああああああんって、子供みたいに泣き続けながら両手で顔を覆うあたしが恥ずかしい駄々っ子みたいだってのも分かってる、分かってるけれどわああああああああああああああああん!

「お前はずっと、俺に“会いたいけれど会いたくない”って矛盾した感情でガチャってたからな」

 ……そう……だったのね、やっぱり……分かってた……分かってたけれど……。

 彼があたしの手を取って、二人が支え合いながらゆっくりと一緒に立ち上がった。

「ほら」

 シンが指差しながら促す、その視線の向こうの路上で。

「お、ああ……もうちょい、もうちょっと……よし! そこで……捕まえた!」


 ――俺に近づくなあああ!! やめろおおおおおお!!!

    

 赤色灯が回るパトカーが走り逃げようとする男の行方を遮り、シンが言ってた近くを警ら中だったらしい警官と、車から降りて来た警官達双方に取り押さえられ、狂った様に喚き散らしている男が、階下の向こうでエビみたいに暴れてる。

 ……人生の終わりに出会った、たったひとつの始まりだった……でも、その始め方をあたし達は間違えてしまったんだ……だから、あたしがあいつに今更何か言うことなんて出来やしない……あたしだって、本当はああなっていたに違いないから。

「さてと。どうだった? 本当は俺がもっと格好良く登場して、あいつを殴るとこでも想像したんだろ?」

 それは……でも……本当は、本当に……もう会えないと思っていたから……。

「警察沙汰でお前がこのまま連れて行かれるのも御免だしな。まあ、手を出さないって勝ち方もあるってことかな。でも、俺が尻餅ついてたってことは絶対誰にも黙ってろよな」

 彼が笑いながら、あたしの頭にそっと右手を置いた。

「警察には俺が話をしに行くからさ。どうだった? 聞き耳立ててるかもしれない他の住人にも、俺がヤバイ奴じゃないって分かるように口調もなるべく穏やかに、さ」

 うん……どうせ管理人さんの振りしたって、誰も声なんて覚えてないだろうし……。

 ……ねえ……どうして……。

「ここ」

 え?

 目の前に、シンから一枚の名刺が差し出されて。

「ここで待ってるから」

 そう言って彼は――またな――ってあたしの前からゆっくりと歩き去ろうとし……え……な、何!? そ、その頭の……上……!

「その頭の上の星……☆(ほし)が……2になってる……!」

 彼が背中越しのあたしの声にちょっとだけ右手を上げて、何も言わずそのまま行ってしまった。

 暫くの間、停まっていた眼下のパトカーの側にいた警官にシンが近づいていくのがここから見えて、何やら一緒に話した後乗り込んだその車が、やがて走り去っていった。

 

 あの夕暮れの空で、輝くオレンジがあたしの心の奥に、その暖かで柔らかな光を精一杯届けてくれてるみたいに。



『胃袋が108』


 ――って、空恐ろしい名前のお店だったことに今更気が付いた程に、あの頃のあたしは☆(ほし)の数のことで頭が一杯だった。

 扉を開けた向こう、あの懐かしいテーブルのベンチシートソファに恐る恐る一人座った。

 シンの大仰な程の世間知らずなさまにあたしは、昔の何も知らずに一人街を彷徨って、さんざんっぱら誰かに騙され続けてた自分を重ねていた。

 だからこそ、ただ無性に苛立ちと哀れみの感情をぶつけた挙句、こんな自分に愛想ついて欲しいだなんて……でも結局、うらはらで逆さまな思いが本当はずっとこっちを覗き続けていたから。

「まあ、これはこれは……何時ぞやのお客様……またお会い出来まして、嬉しいやら何やら……今日は、また何か“真新しい物”でも提供したいと疼くこの心の底がゾクゾクと……!」

 あの日、手渡された名刺にあったのは、あの、シンと一緒に訪れてバーガーを食べた……いや、食べられたお店だった。

「あ、いえ、お客様ご心配なさらずとも。今日はスペシャルでラブリーでハートフルなお品を勿論ご用意致しておりますので、どうぞお気に召すままに……」

 恭しい程の会釈とニッコリと一緒に店長さんがそう言って厨房に下がり、暫くして運ばれてきたのは、ハンバーガーだった。

 テーブルに置かれたディッシュプレートの上、眼下に見つめるその先でバンズの一際な香ばしさが鼻の先で、もうずっと揺れている。

 何の変哲もないそのバーガーが、普通の普通にいつまでだってずっと普通のままに、目の前で彩られていた。

「美味しい……」

 そっと味わい噛み締めて……いつの間にか、あたしは泣いていた。

「お客様。極上の更に最上級の普通の普通に選りを掛けた、“普通に最高”の一品ではないかとあたくし思います……お気に入り頂けたなら、これから何もかもが美味な日々の始まりであったりかと…‥」

 うん……うん……美味しい、本当に……美味しいから…。


「どうよ?」


 滲んだ涙のフィルターの向こうに霞みながら、何時の間にか腕を組んで立つシンが。

「シン……これって……」

 両手で慌てて顔を拭って、一層グチャグチャになったこの顔の向こう。

「俺が作ったんだぜ。晴れてめでたく、俺は今ここの店長ってこと」

 ど、どういうこと……!

「あたくしは、今や彼の手となり足となり……ああっんっ! わんだふるたいむでちぇんじざわーるど!」

 まんまケリーキングみたいな元店長さんが、何だかとっても嬉しそうに身悶えてる。

「バイト始めたんだよ、お前に会わなくなってから直ぐにさ。それから、ずっとここで働いてたんだ。それでもって、最近になってようやく昇格したってこと。つまり、今の俺は雇われ店長で、あいつは元店長兼現オーナーってか、ただのオーナーだな」

 まさか、ずっと……ずっとこの街にいた……の……。

「そういうこと。でも、それがお前の前に現れなかった理由じゃないけれどさ。なあオーナー、俺ちょっと休憩で。後頼むよ、ちょっと外して貰ってもいいかな」

 って、コック帽を渡された現オーナーさんが、シンを見つめる恍惚の眼差しをぶらさげながら下がって行ったけれど。

 そして、あの頃のあのままに、対面するソファにそっと腰を下ろしたシンが語り始めた。

「お前がガチャを通して決定した結果が、ずっと世界の在り様さえ決めてたってこと。俺はここにずっといたし、俺を探してお前がここに来たことも知ってたけれど、その時のお前と俺がずっと交わることはなかった。そしてあの時、“本当に心から俺に会いたい”とお前が思ったからこそ、俺が今のお前の前に存在してるんだ」

 そして、そう話してるその間にも目の前のシンの髪色が、瞳さえも蒼く澄み渡ったあの空の様な色に変わっていくのが……。

「あのガチャに、☆(ほし)2のキャラは“最初からは”誰一人いないんだ。そして、排出キャラの☆(ほし)のランクは、俺以外のキャラが全員3のみ」

 それが本当ならば、本来ガチャを渡されること自体がギフト(贈り物)だったってこと。そして、それはつまり……。

「そう。お前に渡した“チケットを装ったもの”は、本当は☆(ほし)3確定チケットじゃなくて、逆に☆(ほし)3キャラを排出させない為にシステムに介入、確率操作する為に敢えて“取り外した”部品の一部なんだ。要するに話は逆で、☆(ほし)3が出ない様にプロテクトしてたってこと」

 あれ以来、ずっと☆(ほし)3の男性ばかりが現れたけれど、本当はあたしの運がどこかの時点から急に良くなったとかじゃなくて……でも……そんなこと何故……。

 窓の向こうから射す静かな光の中で、目の前のドリンクに挿したストローを少し弄んだシンが、ゆっくりと語り続ける。

「俺はこの世界そのもの……つまり神(シン・shen/shin)であって罪(シン・sin)でもある存在。この世界の可能性の始まりであって、その全てを調整する役割をも担っている。例えるなら“1という現象”を構成する為、その1を形作るあらゆる“数(例え)”の関係を扱っているのが、“あっち側”に存在する俺(神)であって。人間という存在の現象すら、そのちっぽけな一つの具材だってことかな。そして、そこで煮込まれるその具材の一つ一つが、そこから至る幸せな結末としてのスープとして、結果煮込まれてる訳じゃ勿論無いから。こっちを言わば“調理”しているのが、ここにいる俺(罪)なんだ。“そのままの意味”でこっち側に留まってる訳じゃ無いけどさ」

 これがあの時、友作さんが言いかけたことの続き……。

「“向こう側から”覗いてた一方の俺にとっては、全てがシステム上の泡沫に過ぎないものだった筈なのに。だけど、この世界を傍観していた俺が見たものの一つが、お前が辿ってきたお前の人生そのものだった」

 あたしの人生……だからこそ、“大丈夫か”ってずっと。言えなかったこと、言いたくなかったことも、全部あなたは最初から知っていたからこその言葉が。

「お前がずっと、俺を引き当ててた訳じゃない」

「それって……」


「俺がお前をずっと前から知ってたんだ」


 その目を閉じたシンが、深い溜め息を吐いた。

「四方八方で塞がりつつあった人生に絶望したお前が、いずれどんな結末を選択するのか。けれど、お前にはこのガチャで出会う☆(ほし)3男達との享楽の日々だけでは決して癒えない“何かが”あるのだと」

 このガチャは、あたしにとっては最初から……。

「この世界に存在するお前達のその日々の中で、上手くいくこともそうでないことも、それら全ての因果の撚糸よりいとを紡いだ演算結果が、つまり全部俺の所為なんだ。だけど、それは俺が意図したことに起因してる訳じゃなく、只“そういうこと”なだけなんだ……1が“1”である為に。だから、ほんのこんな“ガチャ”を与えることに……けれど、これがこのシステムの総体にどれ程かの影響も与えられる訳じゃないし、その変化がましてこの“外”に向かうことも無いんだ」

「でも、この俺(罪)の意志は一つの現象の具現化として世界に影響を与えるから、そこに繋がり続ける人間達の欲求の表れ方に、いつの間にか伝わり生み出された全く別の意味のガチャが、今や何処かで大流行なんてな。本来は“何かを奪うもの”じゃなくて、“与える為のもの”の筈だったのに」

 彼は自嘲気味に笑っていたけれど……つまり、あなたが新たな死生観の一つとして、廃課金地獄なる仕掛けを“生き地獄”として世界中にばら撒いた張本人って訳だ?

「そうじゃない。けれど悪意も善意もそこに群がる欲求も、全体を“1”に保つ為に仕方なく処理されているものなんだ。いつか、このシステムが次の段階に移行出来るまでの」

 テーブルに両頬杖をついたままのシンが、あたしの向こうで自嘲気味にそう言って寂しそうな顔をする。

「結局さあ、“幸せじゃない”なんて現象は、このシステムのどこにでも常に現れ続けて……それすら、いつの間にかにかまた消えていって……ただそれだけのことがずっと続いていって……」

「けれど、この連鎖に俺(罪)が結局耐えられなくなったんだ」

 止めようもない世界のほんの小さな結果の連鎖でしかなかったものは、このあたしの人生のほとんどを占めるものと同じで、ただ流れ消えゆくだけのもの。

「だから、もう色々考えあぐねるだけじゃ何も始まりはしないから。お前と直接会うことが出来れば……お前と一緒に過ごすことが出来るなら、俺が感じる“違和感の正体”が何なのか分かるかもしれないからって」

 あたしがお金を持ってるかってずっと聞いてきてたのは、いつもあたしがあいつに幾らも渡していたのを知っていたから……それを止めさせる様にずっと……。

「持ってたらあいつに渡すだろお前。飯代に使えばそれで終わり。これから人生の分岐点のその更に向こう側に進む為のきっかけとしちゃ、俺の言い方が分かり難かったなって」

 彼が、そう言って笑った。

「それでも俺が見付けた筈のお前が、この“八十億分の一の確率”を潜って最初の一度だけは俺を引き当てたんだ。この世界を管理する為に搭載されているシステムAIとラインナップキャラとの間で、情報が一方通行とはいえクラウドで共有されているから俺の存在がまことしやかに囁かれていたけれど、本来俺が排出されること自体ほぼ0に等しい。そして、それでもお前が俺を引き当てたこと、そこには何か必ず意味があるに違いない、だからこそ」

 本当にそんなことが……。

「横浜友作をノード(端末)として、お前に真実の一端を語れる様に仕組んだのは俺だ。けれど、お前があいつを引き当てないと結局どうにもならないし、それも極僅かな運でしかなかったんだ。まあそれにしたって、被り無しであそこまでの引きを発揮してたお前こそ何者なんだって話だよな」

 あたしがこのガチャで、何度も友作さんと会えるかどうかまでは仕組まれてたことじゃないってこと……。

「無限大進化は俺(罪)だけが持つ“隠しスキル”だ。それは、俺の“上位”の存在に対して、これがカモフラージュされたプログラムだからだ。俺が“お前達”にアクセスすれば、勿論その履歴がサーバー上に残る。しかし設計上、お前達(ノード)の中の何者かのこちら側に対するアクセスの想定も事例も無い。だからこその“ガチャ”でもあるんだ。供与するデータとの関係性をP2Pとして“受け手”と対等になれる本来この世界において有り得なかったこのシステムが、一方通行の絶対的定義に初めてゆらぎをもたらすことが出来たんだ」

「そして、それこそ星の数程の確率すらも打ち壊し巡り会ったこの奇跡が、☆(ほし)1として現れた俺を“本当に必要としてくれた時にだけ”、この無限大進化が発動する様にソースコードを改変し、元のプログラムが走っている様に見せ掛けながらこの膨大な流れの中に、今や“露見し難い”簡単なIF関数を紛れ込ませたんだ」

「その分岐の“条件”をこうやって満たした結果、本来は☆(ほし)を持たない絶対的管理者である自らに付加したこの☆(ほし)が、この世界の定義に沿いながら進化出来ることが分かった。この世界の総体にとっては、けれど俺がずっとこちら側で進化する存在として留まることが本来イレギュラーでしかない筈だし、このガチャのシステムを作ったのは俺だけれど、さっきも言った“もっと上位の存在”によって、設計段階から本来別の意図が組み込まれてあるからこそ、☆(ほし)が上がった俺がバグやエラーで処理されてないんじゃないかと思えた確信にも繋がったんだ」

 あたしが、あなたを必要としたから……。

「他の☆(ほし)3が出ない様にしていたのは、俺の☆(ほし)ランクを上げる為にこちら側に留まる必要があったから。そして、一度でも引いてくれさえすれば、俺とお前の間には“一度は引かれた(引いた)ことがある”という確率が、どれだけそれが低かろうと存在出来る様になる。だから、二度目からは俺が幾らかの細工をしようが、その理屈さえ通れば元々のプログラムも騙し通すことが出来る。最初にお前と出会った時に、こっそり御神籤箱に細工を施したんだ」

「俺にはお前が必要だ。人生を不器用に生きるしかなかったお前自身が、お前の経験が。俺を引き当てたお前こそが、俺が行う演算の限界を打開することが出来るかもしれない。そして、お前に感じた違和感の正体、それが何なのか分かるかもしれない。その為にも、向こうにいる俺すらこちら側に存在する俺自身に付与する☆(ほし)を上げることが出来ないことも検証済みだったのに、お前といることで俺の☆(ほし)を上げていけるなら、”こちら側から”何もかも全てを変えることが出来るかもしれない」

 あたしも一緒に……。

「無作為に垣間見たサンプルの中にいた存在、それがお前だ。だけど運命なんて、この世界では本当はいつだって“決まっている”し、俺だって結局このシステムの一部でしかない。けれど、言わば上位の存在に対してのクラッキングでしかない無限大進化プログラムに、本来なら使える筈もなかったお前という存在を結果、変数として使用出来たんだ。いつからかもたげたこの世界の疑問を解く鍵をお前が持っているかもしれないなら、お前との出会いが俺にとっては正に運命なんだ。そして、このガチャに本当はどういう意図があったのか……作った筈の俺にすら知らされてないモジュールが動いていたのか……それを知る為にも」

 だから、友作さんもあんなことを……。

「勿論、“シン”は表裏一体だ。全く違うことを同時にやらないといけない俺には矛盾しか生まれなくなるけれど。俺(罪)は俺(神)に抗い続けながら、一方の俺(神)は、このシステムのより良い解決法を見つけていくしかない。でも、お前が一緒にいてくれれば、この世界にある筈の“本当の答え”にいつか辿りつけるかもしれない」

 そこまで言って彼は、あたしの側に立って手を伸ばした。

「俺と一緒に世界のその向こう側さえ、いつか変えてみないか」

 あたしは……これまでだって沢山悪いこともした。だから、あなたのその瞳に、その真っ直ぐな心にもずっと気圧されていたんだと思う……どうにもならない過去は、もう取り返しがつかないから。

「後悔して反省して、そこからまた進んでいくんだろ人間ってのは。いつまでも昔のことに拘ってうずくまったまま、どうしてこれからだって生きていけるんだよ」

 本当に、本当にあたしも……こんなあたしでも、あなたと一緒にこの先の先まで、この手を伸ばした先にまでいつか辿りつけるのなら……。

 俯く顔を上げた先に差し出された右手に触れた温もりをこの両手に。

 そして、座ったままのあたしを彼が優しく抱きしめた。

 やがて暫くの時が、いつか憧れた魔法に包まれたみたいにゆっくりと流れていく中で、目を閉じたその直ぐ向こうでシンの唇がそっと……。



「さてと。どうだ? 美味かったか?」

「うん、本当に美味しかった」

 すっかり平らげきったバーガーが乗っていたディッシュプレートには、その欠片の欠片さえ残ってはいなかったから。

「差し当たって、先ずはこの店を世界中に出せるようにするかな。俺が持つ☆(ほし)の無限大進化は、この世界の言わばコーディングルールさえ破壊した先に待つ何かに辿りつく為のものなんだからさ」

 それで、最終目標はどうするの?

「この世界の向こう側の、その“向こう”へ行く」

 その為の第一歩がハンバーガーだなんてね。こんなこと、誰も信じやしないって。

 あたしは、これからもずっと続く冒険の彼方を想像しながらそう言って笑った。


「そのバーガーは7万円(税込み?)だ」


 いや、たっか!? 仮想現実っぽい話だったのに、急なリアル感の半端無さがいきなりのシュート決めてきやがった! ちょっと嘘でしょ! おかしいってば! 本当に美味しかったけれど! どうなってんのよそれってば!?

「6万9900円分(税込み?)までは、さっき俺が試作と賄いを兼ねて作って全部食べた」

 これ、あたしの分って消費税入れても100円なのやっす! その割にはメチャメチャに美味しかったけれど! やっぱり、あんたホントはこっちであたしを利用したいだけなんじゃないの!?

「さあ、今日から忙しくなるぞ。お前はもう、ここに住み込みで働くことになってるからな。必要書類はあらかた色々に色々しといた」

 何がどうなってんのよ! もう、あんたの方が色々知ってるんじゃないの!? なんかもうそういう方面の人なんじゃないの!!

「日給はマイナス1500円スタートだ」

 どこからどこまでだって全然意味が分かんないんだけど!!

「つまり、俺の日々の食費分ってこと」

 あんたも結局、あの男と全然何にもやってることが変わんないじゃない!?

 シンが、ずっと笑ってあたふたなあたしを見ながら、それからそっとあたしの頭に手をおいて。


「お前のことが好きだ」


 って……。

 ……。

 ……?

 ……!?

 ……!☆!(真っ赤)

 ……う、ぅぅぅうううう……うううううっっ……。

 うううううううううううううううううううううっ!!

 ううううううううううううううううううううううううううううっっっ!!!

 ひ、卑怯なのよ! 結局、その顔もそのやり方もその存在も何もかも!

 そんな言葉一つで何もかも! そうよ何もかも全部上手くいっちゃいそうで! もうどうにでもしてってばあああっ!

「おほおっ……何やら楽し気な雰囲気の所申し訳ございません……どうでしたか……××が××して×××したものを××しましたので、お安くもけれど極上な一品に仕立て上げられましたバーガーは……」

 だから安かったんやないかーい! って殊更安っぽい突っ込みしか出てこなかったあたしなんて、もう本当にどうにでもしたらいいじゃないっ!!


 そんなやり取りの中、笑いながら厨房へ戻っていったシンがまた振るい始めたフライパンの中で見たことのない様なメニューが、これからだってそしていつだって、きっと生まれてくることを!



エピローグ



『ほな返して貰おうか。ガチャガチャするやつな』


 突然に、あの女の子占い師があたしの目の前に現れてそう言った。

『あなたは一体……』

『作ったのはシンやけど、一応の持ち主はわしやからな』

 シンから言付かって、あれこれ食材を仕入れに行ってたあたしの両手がえっちらおっちらわんさかな帰り道の途中、ふと迷い込んだみたいな路地裏で。

『色々知ってしもうたんなら、もう後戻りでけへん。さて……この世界、一体“誰のもん”やろな』

 そう言うといつの間にか、あの御神籤箱が彼女の小さな掌の上にのっていた。

『あなたが……向こう側の』

 小さな亀裂が、固まった感情の奥底に走った。

『本当は何の為に“意志”が貯まってたんか、それはまだシンも知らへんことやさかい……あいつと一緒に、これからあんじょうやっていったらええ……』

『あんたがホンマに出来るんかどうか見てるさかい…‥まあ頑張り……』

 その言葉が終わるのを聞いていた筈なのに、いつの間にかあの子は、目の前からいなくなっていた。



 雲が、違う雲を連れて少し悲しそうに泣き始めた空が、仰ぎ見る向こうで黒く染まった青に広がり始めて、やがて降り始めた雨の音色が、いつまでもこの耳にずっと悲しげなメロディーを奏でながら。

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