第2章 待ち合わせの地へ決死行

 憧れの地、許昌へ向かう日がやってきた。

 現地大学の日本語教師、太郎先生と待ち合わせの約束をしているのは許昌最寄りの鄭州空港だ。

 海外へ一人で旅立つのも、海外で待ち合わせも初めてだ。しかもなんということでしょう、私は中国語が全然わからない。辛うじて「ニーハオ(こんにちは)」「シェシェ(ありがとう)」の二語だけだ。


 このステータスでよく行こうと思ったものだと当時の無鉄砲さを今でも振り返る。そのくらい、この機会はありえないほどのチャンスだった。


 九割の不安と一割の希望を胸に地元空港へ向かい、飛行機の時間を待つ。まず日本から上海へ飛び、上海から国内線で鄭州空港へ向かえば良い。飛行機に間違えずに乗れば、待ち合わせの場所へ到着できる。


 待ち合いの手持ち無沙汰で私は飛行機のe-チケットを確認した。航空券を自分で取るのも初めてだ。見慣れないチケットをよく見ると、背筋に冷凍マグロを突っ込まれたような悪寒と衝撃が走る。


 なんと、上海の国内線乗り継ぎが別の空港だった。飛行機に乗る寸前にその事実に気付いたのだ。


 慌ててネットで乗り継ぎ方法を確認する。

 上海には大きな空港が二箇所あり、ひとつは国際線が多く飛ぶ浦東空港、もうひとつは国内線が多い虹橋空港だ。この二箇所は離れており、電車やバスで移動することになる。


 なんてこった。海外で公共機関など使ったことがない。

 行く前から詰んでしまった。どうしよう、言葉もわからない国で公共機関に乗るなんて自殺行為だ。頭の毛が全部抜けるんじゃないかというくらいのストレスが一気にのしかかる。


 しかし、もう行くしかない。東方航空の機体がすぐそこで待機している。ここで引き返すことなどありえない。私は不退転の覚悟で飛行機へ乗り込んだ。


 初めてのひとり中国上陸の感動も、次の行程の不安にかき消された。

 浦東空港で荷物を受け取り虹橋空港へのバス乗り場を探す。バス乗り場の売店のおばちゃんに虹橋と書いたメモを見せた。

「アあん??」

 怖い、怖すぎる。ひるんでいると、言葉が通じないことを面倒がって無視されてしまった。到着して三〇分も経たないうちに中国の洗礼を受けてしまう。


 やっと見つけた虹橋行きのバスに乗り込んだが、支払いの作法も、何分で到着するかも、どこでバスを降りればいいのかもわからないことだらけ。すべてに不安が過ぎる。


 バスが高速道路を走っている間も、目的地に向かっているのか不安でたまらない。虹橋空港の看板が見えたときの安堵といったら、思わず神様に感謝したほどだ。


 そして、無事に虹橋空港に到着できた。初めての別空港乗り継ぎ、公共機関の利用。旅慣れた人からすれば、へそが茶を沸かすことだろう。しかし、海外初心者チキン野郎にはこれだけでも決死の大冒険だったのだ。


 飛行機の遅れに怯えながらも無事に鄭州空港へ到着し、太郎先生に会えたときには背後に後光が見えた。かくして、私は念願の許昌の地を踏むことができた。


 



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