チック、バースト。
くろ飛行機
第1話
今日は変わった日だと、そう認識せざるを得なかった。
おれは目の前の光景を疑っている。口をあんぐりと開け、放心している者はおれだけではない。
巨大なひよこだ。
高さは家よりも高く、十メートルは軽く超えているだろう。
綺麗な黄色、つるつるの体、かわいい顔。しかしそれらは当然本物ではない。作り物だ。こんなもの、誰が、何のために作ったのか。
ひよこがいる場所は、おれたちが住むサンサール帝国の首都、“ポカル”の一等地。帝国を支配する皇帝“ヒガ・テッテール三世”の豪邸前だ。朝、皇帝が日課の『らじおたいそう』なるものをしようとして外に出た際、驚きすぎて腰を抜かしてしまったらしい。皇帝は病院に運ばれ、こうしておれたち軍隊が派遣されたというわけだ。
おれたちの国サンサール帝国と、お隣ジメニミア王国が戦争を始めてからすでに一年。戦況は泥沼化していた。昔から仲が悪かった二国だが、戦争のきっかけは非常に不可解なものだった。
ヒガ・テッテール三世が突如こう言った。
――――――余はジメニミアの菓子がたらふく食べたい。
しかし、仲が悪すぎて国交を開いていないため、菓子を輸入することができない。内政を任されていた大臣たちは皆そろって頭を悩ませる。
――――――どうするべきか。
――――――工房を作ればいいのではないか。
――――――そんなことをすればジメニミアは黙っていないぞ。
――――――待て。そもそも陛下は、そんな下らぬことをおっしゃる人か。
思案に思案を重ねた結果、聡明な皇帝陛下は遠回しにジメニミアを侵略せよと仰っている、という風な解釈がなされ、宣戦布告をして今に至る。ジメニミアの菓子工房が集積している南部の都市バイウを真っ先に攻めたが、予想外に敵からの報復が激しく、現在も膠着状態である。
国民は皆、皇帝の行動を疑問視していた。情報統制が敷かれてはいたが、噂好きの市民たちがこぞって情報を集めた結果、お菓子が食べたいから戦争に発展した、という答えにたどり着くまでそう時間はかからなかった。政府は、戦争に反対する市民をなだめようと、様々な策を講じたが、内政の乱れは止まることを知らない。
おれたち軍隊だってそうだ。そんな理由で隣国を攻め、多くの命を散らすなんてもってのほかだ。士気も低く、掘った塹壕から誰も出たがらない。遠くから平和そうなバイウの街並みを眺め、おれたちもお菓子が食べたいな、なんて呟く程度には心が死んでいた。
さて、おれたちの目の前にいる巨大なひよこは、そんな戦いに疲れたおれたち兵士の心を完全に憔悴させるには十分だった。
おれたちは近辺約一キロメートルの距離を立ち入り禁止にし、皇帝やその家族を避難させる。そしてサンサール帝国お抱えの科学者たちを招き、ひよこの分析が始まった。
たった一晩で誰が作ったのだろう。科学者が言うには、最近遠くの国で開発されたという“びにいる”という物質でできているらしい。中に空気を詰め、風船のように膨らませているとかなんとか。それならなんの脅威もないのだろうが、科学者たちは中に何が入っているかわからないと言う。おれたちの不安は募る。
――――――もし、爆発物だったらどうする?
――――――毒ガス兵器かも!
中には発砲して確かめろ、と言う過激派もいたが、結局おれたちは手が出せなかった。
ひよこが出現してから一週間、事態が急変する。その日、大臣たちの反対を押し切ってひよこを視察しに来ていたヒガ・テッテール三世が、突如ひよこに近づいたのだ。陛下はどうも、巨大ひよこが前から可愛いと思っていたらしく、近くで見ようとしての行動だったらしい。
その時、突風が吹いた。
風に煽られたひよこは、皇帝の体にのしかかり、一回転して邸宅の壁に激突する。
科学者たちは絶叫した。もし中身が漏れ出したら――――――爆発するか、ガスが撒かれるか、どちらにせよこの国は終わるかもしれない。
このことに最も驚いたのはヒガ・テッテール三世自身だった。泡を吹き、意識を失った皇帝は、すぐに病院に運ばれた。おれたち警備の者があたふたしているうちに、ひよこはしぼんでいた。
※ ※ ※ ※ ※
目が覚めたヒガ・テッテール三世は、顔を真っ青にして降伏を宣言した。
もう、戦う意思はない。すべて自分が悪かったのだと、素直に国民の前で謝罪した。
戦いは終わったのだ。おれたちは負けたが、悔いなどないし、遺恨もない。国民は皆、この結果に喜んだ。
それから五年が経ったある日。サンサール帝国内でまた巨大なひよこが出現した。
『平和のためのコンセプトアート、ピースひよこ』
新聞の巨大な見出しには、たくさんの人たちに囲まれるひよこの姿が写っていた。そして満足そうに微笑む、ジメニミア出身の芸術家がコメントを寄せている。
「ひよこの中にはジメニミアの菓子を入れていたんですけどね。皇帝に食べてはもらえなかったみたい」
チック、バースト。 くろ飛行機 @kurohikouki
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